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彼女が視える意味

東棟校舎の一番奥にある空き教室。

あれから私が大原に連れて来られたのは、保健室ではなくここだった。

そこは机も椅子もなく、ただ教壇だけがあるという何もない場所だ。   

ここら辺一体は殆どが似たような造り。

特別室がある棟でもないので、おそらく誰もこんな所まで来ないと思う。

だが一応念の為、私達は窓際から覗かれるのを防ぐためにカーテンを閉め、外から死角になる扉側部分の壁際側に二人して座っている。

私も大原も壁に背を預け、彼は胡坐を、私は足をのばし楽な体制を取っている。


「――で? 大原はどうしてそいつが視えるの?」

私は顎でその物体を指しながら大原に聞いてみた。

もちろんそれは、彼の膝の上にのっている小鬼。

なぜか大原にだけは懐いて、彼の言う事だけは必ず聞く。

今も「大人しくしていて」と大原に頭を撫でられ、言う通り置物みたいにちょこんと座っているのが激しく感に触る。

私の言う事はちっとも聞かないくせに。本当にこの差はなんなのだろうか。


「俺の家は代々拝み屋をしている家系なんだ。だから俺も子供の頃から他人に見えない者が視えるんだよ」

「へ~。だから、このチビが見えるのね」

「誰がチビですかっ!」

小鬼はかな切り声を上げ、器用にさっきまで座っていた場所へと立ち上がり、仁王立ちになった。

そしてこっちを見て声高らかに抗議している。

だが、すぐに大原に「少し静かにして」と言われ、「はい」と忠誠心宜しくとばかりにあっさりと引きさがった。


「ねぇ。こっちの狼みたいな生き物は?」

今度は大原と私の間に座る狼みたいな生き物に視線を向けそれを触ると、その狼は子犬のような甘える声を上げ、自分で自己紹介を始めてくれた。


「俺は雷蔵らいぞうだ。悟の家を守護する妖。悟をはじめ、仕事は大原家のボディガード。その能力ゆえに悪しき物の怪やあやかしにも狙われているからのぅ。主に悟の爺さんの手伝いだが、こうして時々学校に息抜きがてらに遊びに来ておるのだ。ここは桜のような可愛い女が大勢おるから好いておる。女子高生というやつだそうだな。目の保養は必要だからのぅ」

「……え~と?」

もしかして、女好きという事ですか? それって微妙。

なんだか妙に何か言い知れぬものが胸に残るが、とりあえずすり寄って来た雷蔵を撫でておく。

すると右手を私の膝に乗せ「膝を貸せ」とばかりに軽く撫でるように叩かれたので、要求通りにとりあえず正座に体勢を移し、私の膝を貸してみた。


――あれ。以外と軽い。


それはまるで羽毛を膝の上に乗せているかのようだ。

少しだけくすぐったくて、温かいぬくもり。

柔軟剤で洗濯してお日様に干したバスタオルみたいな感じだ。


可愛いな~。うちの小鬼とは全然違う。――……ん? うちの?


一瞬よぎったその間違った方向に傾きかけた天秤を、いっきに元のバランスへと戻す。

……って、うちのじゃないっ!


慣れとは恐ろしいものだ。

まだ数時間しか経ってないのに、あのチビを身内のように接してしまうなんて。

なぜこうなったと自分に問いたい。

入学式から今に至るまで、結構学校生活はいろいろ気を使って慣れるまで時間かかったのに、この小鬼はすんなりと受け入れてしまっている。

こんなに適応力があるなら、もっと他の場所で発揮したいのだが。


「それで? 今まで霊感がなかった月山が、どうして急にこの小鬼や雷蔵が視えるようになったんだ?」

「あ、うん。それが実はさ……――」

私は軽く今までの事を説明した。今朝あった出来事を。


ほとんどが小鬼の愚痴になっちゃったのは、仕方がないって思う。

だって、朝一であんなに騒がしかったのだから。せっかくのすがすがしい朝だったのに。

しかも私の記念すべき誕生日。一年でたった一回しか回って来ない特別な日だった。


「なるほど。それで地獄の空気を纏っているわけか……」

「うん、そうなの。でもすごいよね、大原って。そういうのもわかるんだもん」

「別にすごくはないよ。厄介なだけ。それより、小鬼以外に何か視えるものはない?」

「ううん。それは大丈夫。でも、雷蔵は視えるの。小鬼は、地獄特製の呪われたアンクレットによって、波長を無理やり合わせているから理解出来るけれども……雷蔵はどうしてなのかな?」

小鬼の姿が視えるようになってから、私の心臓は羽のむしられた鳥のように弱々しくなってしまった。

もしかしたら何かしら急激な変化により、世界が苛まれてしまったのかもしれないと。

もしも零感だったのに、急に霊感が備わってしまったら恐怖以外存在しない。

でも、意外なことに拍子抜けするほど普通の世界。澄み渡る青空に、いつもの通学路。

これほどまでに普通の日常が一番ありがたいと思った事はないだろう。


「原因がわからないな……雷蔵はうちの家族や、力の強い者以外見る事は出来ないはずなんだけれども……」

首を傾げる大原に対し小鬼は、彼の膝の上で足をぶらぶらと前後に揺らして遊びながら口を開いた。


「だからですよ、悟様。悟様のお父上様も霊感ないのに、この獣が見えますよね? それと一緒です」

「……小鬼。なぜうちの事?」

「それは、書類を見せて貰ったからですよ。僕はこの小娘――月山桜に関するデータは一通り把握しています。家族構成から友人関係に至るまで全て。なんせ閻魔様の右腕ですからね」

「あぁ、なら知っていても当然か。クラスメイトだしな」

「いいえ。それだけではありません。悟様のお父上様――まもる様がこの獣を初めて見る事が出来るようになった日を御存じですか? たしか悟様のお母様とお付き合いされている最中ですよね。そこの獣。お前なら理由はわかるはずです」

どっから目線なのだろうか。確実に上から目線なのは確実だ。


「まさか桜は……――」

雷蔵は何か思う所があったのか顔を上げ、私と大原を交互に見つめている。

何だろと疑問には思うが、その理由が私には想像する事も出来ない。

綺麗な空色の瞳に見られながら疑問符を頭に散らしていると、小鬼の口から想像もしていなかった答えが吐き出され、それが耳に飛び込んできた。


「えぇ。実に残念な事ですがそのまさかですよ。この月山桜と悟様は縁で結ばれています」

「縁も何も俺と月山は今まともに話したばかりだが?」

「運命は定められている。ですが、それは不確定なもの。未来は人の力次第で吉にも凶にも変わる。ですから悟様。吉に運ぶためにも、こんな小娘ではなく悟様にぴったりの才女を娶った方が宜しいですって」

小鬼は大原に対し、両手を使い興奮気味に力説している。







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