番外編☆七夕☆
授業が終わってから、ショッピングモールの広場へと来ていた。一人……いや、頭に乗っている小鬼と一緒に。
大原も誘ったのだけれども、今日は用事があるらしい。
――しかし、以外と人が多いなぁ。
広場は休日にちびっ子の戦隊ショーなども開催されるため、上の階からも見られるように吹き抜けの空間になっている。その開けきった場所に、大きな笹の葉が五つ間隔を置きながら並んでいた。
星や網目状の飾りなどでデコレーションされたそれは、光沢のある紙で作られているせいかキラキラとして可愛らしい。
すでに短冊が括り付けられているのが、より彩を添えている。
「小娘―っ! あれ、なんですか?」
頭の上に乗っている小鬼は身を乗り出したらしく、私の頭ががくんと前方へ。
腕を伸ばして小鬼を掴むと、そのまま脇に抱えた。
これ以上の首へのダメージは阻止したい。
「七夕飾り。短冊に願いごとを書くと願いが叶うって話があるのよ」
「本当ですかっ!?」
「さぁ? でも叶ったら儲けもん的な感じで書くつもりだけどね」
「僕も書きます!」
「……言うと思った。まぁ、私も書くために来たんだし」
本屋に寄りたかったのだけれども、友達から話を聞いてその前にちょっと寄ってみようって気になったのだ。
誰も書いている人がいなかったら恥ずかしいと思ったけれども、以外と人もいて、ちびっ子から私のような制服を着ている人まで色々と姿が窺える。
「えーと、空いているスペースは……」
数か所設置されているテーブルを視線で見回せば、一つだけちょうど空いた箇所を発見。そちらへと足早に進めて行く。
鞄と小鬼をテーブルの上へと置き、短冊とペンが置かれた籠から二つずつ取り出すと一つを小鬼へと渡した。
「はい」
その時にふと頭に過ぎった。あれ? こいつ字書けるの? と。
だが、それは余計な心配だったらしい。
小鬼は受け取ると、するすると紙にペンを走らせていった。
「……達筆すぎるだろ」
古文書か!? というぐらいに崩されていて読めない。
「あぁ、そう言えばあれも達筆だったなぁ」
私が地獄の手伝いをする羽目になった、あの誕生日に無理やり渡された書状。
あれも博物館に飾られている古文書みたいで読めなかった。
「もしかして地獄の人達って、字上手なの?」
「可愛い下僕。それは個人差だと思うよ? 人間だってそうじゃないか」
「まぁ、確かに……――って、はぁ!?」
隣りからさりげなく割って入った声に、つい友達と話すようにしてしまっていた。そんな警戒心の欠片もない自分よりもまず、反射的に振り返った先にいた人物に頭を抱えてしまう。
――ここは地獄じゃなくて、何の変哲もないショッピングモールなのにっ!!
目の前にいるのは、黒曜石のような髪を一つに結んだイケメン。
真っ赤な瞳を細めこちらを見つめている。
服装はいつぞやのように、蜘蛛の巣柄の着物。
燦々と照り付けている照明により、その肌がより白く病的に見えた。
彼が小鬼の上司であり、死後の人間を裁く役割を担っている閻魔大王だ。
「やぁ、下僕」
「だから下僕じゃない! っつうか、なんでここにいるんですかっ!?」
「ちゃんと仕事しているかな? って、気になって。鏡で君達の様子をみたら、ちょうど七夕の短冊書くみたいだから来ちゃった」
「……そんな簡単でいいのか」
やっぱり小鬼の上司だけある。
「閻魔様」
「小鬼も短冊書いたのか」
「はい」
短冊を持ちながら楽しそうに閻魔様へと話しかける小鬼。
それを眺めながら、この二人の面倒を見る事をはたして私は出来るのだろうか? と考えていた。
大原がいればなんとかなるのだが。
「では、僕も書こうかな」
「あぁ、そうですね。折角来たんですから」
私は籠からペンと短冊を取ると、閻魔様へと渡した。
彼はテーブルに短冊を置くと、高い身長を屈め、白魚のような手でペンを握るとさらさらと書いていく。
――って、こっちも達筆かっ!
やばい。書きづらい……
私は字は下手ではないが、上手でもないのだが、二人にあんなに達筆に書かれるとさ……
なんとか腕で隠しながら願い事を書き、笹の葉の元へ。
早速空いている箇所を探すと、そこへと紐を結びつける。
「小娘―っ!」
「はいはいはい」
頭上に乗っている小鬼が、私の顔の前へと短冊を降ろす。
達筆すぎて読めないけど、なんて書いたのか気になる。
そのため、私は尋ねる事に。
「ねぇ、なんて書いているの?」
「お菓子大量に食べたいって書きました」
「……今以上に食いたいのか」
地獄の住人が、菓子か……
いや、おどろおどろしい願い事書かれても嫌だけどさ。
「上の方! もっとです!」
「はいはい」
手をめいいっぱい伸ばしながらつま先立ちになるが、「もっと!」という小鬼。
だがしかし、これ以上は限界。
というか、こいつが擬人化した方が早くないか?
軽く180センチは越えるんだし。
そんな事を思っていると、ふわりと体が宙に浮いた。
「えぁっ!?」
「さぁ、どうぞ。可愛い下僕。特別だよ」
どうやら閻魔様が抱きあげてくれたらしい。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
いいのだろうか? 閻魔様にこんな事をして貰って。
死後の裁判に影響しないだろうか?
いや、私は問答無用で天国に行くけどさ。
小鬼の分を結べば、閻魔様が私を降ろしてくれた。
「さぁ、僕も結ぼうかな」
まるで歌うかのようにそう告げると、彼は腕を上げ、紐を結んでいく。
なんとも微妙な光景だ。地獄の番人が七夕……
「閻魔様はなんて書いたんですか?」
「ん? 休みが増えますようにって」
「休み?」
今も休みみたいなものではないのか? 人間界に来ているようだし。
小首を傾げれば、くすくすと喉で笑われてしまう。
「……というか、地獄って休日あるんですね」
「小娘は本当に勉強不足ですねー。あるに決まっているじゃないですか」
「煩い」
自分はおやつ食べたり、スマホゲームしたりと自由に遊んでいるじゃないか。
それが仕事ならどれだけホワイトなんだよ。
全員転職希望だぞ。……いや、やっぱり地獄は嫌だな。
「地獄の休日は地獄の釜の蓋があく時だよ。聞いた事ない?」
それには首を左右に振った。
「その2日が地獄の休日」
「ブラックじゃないですか」
年に2回って……
それは仕事抜けてくるって。
「……あの、閻魔様。アイス奢りますので、それ食べて帰って下さい」
「アイスですか!? 僕、トリプル!」
「お前、お隣さんからの御裾分け食ったじゃん! 某高級アイス! しかも私の分も!!」
「あれはあれです」
「え? 本当? アイスって食べた事ないんだよね。じゃあ、ご相伴にあずかろうかな」
「是非。小鬼はシングルね」
私は労いのために、心から奢りたいと思った。
だが、それは半分。あとの半分は、徳を積んで天国へという邪な想いからだ。




