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18/30

小鬼不在

噴水前広場。

うちの学校から徒歩十分という近場にあるそこは、遊具やバスケットリング、それからグラウンドなどがある大きな公園の敷地内にあった。

噴水の周りを円でも描くように花壇やベンチで囲ってあり、煉瓦道の端には移動販売のクレープ屋さんなんかもいて行列を作っている。

それに近くにコンビニもあるため、飲み食いしている学生が多数。

みんなベンチや噴水の縁に座り友達同士、カレカノ同士おしゃべりに勤しんでいた。

私と大原も今現在、他の学生と同じようにその風景に溶け込んでいる最中。

二人でベンチに座りながら、私はクレープを大原は缶入りの緑茶を飲んでいた。


「――じゃあ月山のお父さんは、もしかしたら小鬼が視えているかもしれないのか?」

「んー。それがなんとも言えないんだよね」

クレープを齧りつつ、私は昨日の事を思い出していた。口の中身に広がる甘さとは違い、あれはマズイ。あの反応は視えているとも取れる反応だって思う。

「具合が悪くないか」とか「病院行け」、それから「神社」「寺」の発言は、もしかしたら小鬼が疫病神か何かに見えたのかもしれない。

けれども、小鬼の話を聞くと違うようにも捉えられる。

果たしてどれが正解なのだろうか。それはお父さんしかわからない事だ。


「ねぇ。大原でもわからないの?」

私はふと隣に座る大原を見上げた。

「相手に霊感があるかないかを?」

「うん」

「難しいな。それに霊感があったとしても、それをスルーしている人もいるし。でも、もし視えているならば、今回の件について話が出来るな。黙って家を抜けるのはさすがに月山も後ろめたいだろう?」

「それについては、もしものために書き置き残していくから平気。それに当日は大原のおじいちゃんという保護者も同行してくれるし」

さすがに真夜中だという事、それから幽霊関係だという等を考慮して、今回大原のおじいちゃんが一緒に行ってくれる事になった。

車も出して貰えるみたいで、真夜中に自転車に乗って職務質問という形は免れる。

それに大原のおじいちゃんがいれば安心。なんせプロだ。


「土曜の夜に車で爺さんと雷蔵と迎えに行くから。着いたら連絡を入れるよ」

「うん、ありがとう。とりあえずは義弘が最後を迎えた場所――背丈石の捜索だよね」

「あぁ、そこに居るといいな……なぁ、そう言えば小鬼はどうしたんだ? 朝から姿が見えないようだが」

「地獄に行っている。なんか調べる事があるんだって」

朝起きたら『調べ物をするため地獄に行って来ます』という書き置きがテーブルの上にあった。そのため今日は朝から静かな生活をさせて貰っている。

ただちょっとだけ……ほんのどっか寂しいって思っている自分に戸惑う。

それはきっと煩いのに慣れてしまったからなのかも。

だから今日は大原と二人だけだ。

学校が終わって一緒にこうして放課後を過ごしているのは、なんだかくすぐったい気分。


――ん? なんだか本当に足が。


右足首に感じた違和感を確認しようと視線を落とせば、そこには猫が体を摺り寄せていた。

「みゃ」

「可愛い~」

ふかふかの黒猫だ。甘えているらしく、足首に纏わりついている。時々爪で右足を靴下ごと引っ掻いたりしているため、アンクレットもひっかかってしまっている。


「こんにちは」

猫を飼っている者としては、触らずにはいられない。

私は体を折り、体勢はちょっとばかりキツイけど背からそっと撫でた。

艶のある毛並みは、きっと飼い主さんがマメに手入れをしてくれているのだろう。

それにしても人懐っこい猫ちゃんだ。

こんなに近くまで来てくれているし、触らせてくれるなんて。

うちのマタタビは、家族意外には懐かないのに。


「首輪を付けているな。飼い猫か」

「そうみたい。大原は猫大丈夫?」

「あぁ。月山は猫好きそうだな」

「うん。うちでも飼っているんだ。ブチ猫でマタタビって言うの」

すごくカッコイイ猫。きっと擬人化したらイケメンだと思う。

……なんて思うのは、飼い主だからなのかも。


――あれ? そう言えば、博物館で見た映像にいた猫。あれもマタタビと似ていたっけ。ただブチ猫だからそう思うのかもしれないけれども。もしかしたら、月山家って先祖代々ブチ猫と縁があるのかもしれないわ。


「マタタビ……? もしかして猫が酔うマタタビから取ったのか?」

大原が首を傾げたのに対し、私は首を縦に振った。


「うん。あれから取ったの。家猫にしているんだけれども、たびたび脱走しちゃうんだよね。そんでふらっと帰って来るの。酷い時なんて一ヶ月も帰ってこなかった時あったもん」

「一ヶ月も?」

「うん。元々マタタビは野良猫だったから、餌とかは心配してないんだけれども。ただ車がさ……最初拾ったのが、車に轢かれて怪我して動けなくなっている時だったの。だから心配で……気がつけばいつも居なくなっちゃうんだ。今は二週間帰って来てない」

「帰って来ないと不安だな」

「うん。飼った最初はすごく心配したよ。怪我が酷くて入院していたぐらいだし。でも、ちゃんといつも伝えて貰えば戻って来てくれるから」

「伝えて貰う?」

「うん。この黒猫ちゃんにお願いしても良いのだけれども、うちから遠いから無理かな」

「まさか猫と会話出来るのか?」

至極真面目な顔で尋ねてきている大原に、私は笑いが漏れた。


「もしかして俺、からかわれているのか?」

「ううん。直接は話せないよ。それが出来るならば、とっくにマタタビと話しているって」

「たしかに」

「でもさ、会話は出来ないけれども動物って、こっちの気持ちが伝わっているのかもしれない。『マタタビに会ったら、そろそろ帰ってきてって言ってね』って猫にお願いすると、マタタビがちゃんと帰って来るんだ。朝起きると私のベッドに潜り込んで寝ているの」

毎回思うけれども、一体どこから家に入ってきているんだろうか。

ちゃんと戸締りしているのに。まさか猫が合鍵使用して、玄関の鍵を開け入って来るはずないだろうし。

それなのに何事もないかのように私の隣で寝ている。

そしていつものように餌を食べたり、部屋で雑誌を見ている私の膝の上で眠ったりと、数日から数ヶ月の間中、家を堪能したかと思えばまたふらりと居なくなってしまう。

これがマタタビのサイクルだ。


「にゃ~」

「あっ」

撫でるのを辞めていたせいか、猫ちゃんは一つ鳴き声を残し、急に走り出してしまう。

名残惜しかったので視線で追いかけていくと、私達から少し離れた場所にある街灯の下に白猫がいた。

尻尾を揺らし、黒猫が来るのをじっと待っている。

やがて白猫が黒猫の元へ辿りつくと、「にゃー、にゃー」と、何度か鳴き声をあげたかと思えば、ふと黒猫が私の方を見て来た。

そしてまた視線を外し「にゃ」と、トーンを上げ鳴きながら白猫へ視線を戻し、二匹仲良く並びながら歩いて行ってしまった。

時折顔を見合わせながら、会話するかのように鳴いて仲がいいみたい。


「行っちゃったな」

「うん。もしかしたらマタタビもどこかに彼女作って、入り浸っているのかも。うちのかなりのイケメンだから」

「イケメンなんだ、マタタビ。なぁ、今度会いに行ってもいいか? 見たい」

「うん。是非来て。ちょうどお父さん出張中で今がチャンスなんだけれども、肝心のマタタビが……今日帰って来てくれているといいなぁ。家に一人だと寂しんだよね」

「一人?」

その私の言葉に、大原は小首を傾げている。

「そう。今日はお母さんが夜勤で、おじいちゃんとおばあちゃんは町内会のゲートボールチームの旅行なの。だから私だけ。ほら、小鬼も居ないし」

「大丈夫なのか? うちに来る?」

「平気だよ。さすがに高校生だしね。でも、夜はちょっと怖いかな。いつもはマタタビに帰って来て貰うんだけれども、お父さんの出張が急だったから呼ぶのが間に合わなくて。それに一人だと、ご飯作るのが面倒なんだよね」

料理ぐらいしなさいと、お母さんに口うるさく言われるけれども、なんか作る気が起きない。

基本的にものぐさだから、面倒事は嫌いなのだ。

食器洗うのすら憂鬱。誰かが居ればまた話は別。

自分一人ぐらいならばという、そんな考えて表面に出てしまう。


「それなら月山さえ良ければ、一緒に夕食を食べて行かないか? 行きたい店があるんだ」

「うん。私は助かる。でも、大原の家で夕食準備してくれているんじゃないの?」

「電話しておけば問題ないよ。俺、月山とゆっくり話してみたかったんだ。いつも小鬼や雷蔵がいたりして、あまり二人で話せた事なかっただろ?」

「うん」

「だから今日は折角のいい機会だと思って」

「そうだね。私も大原といろいろ話したいかも。なかなか二人だけって、話をする事なかったし」

教室だと大原も誰かとしゃべっていたり、私も友達としゃべったりしているから、なかなかタイミングが。それ以外だと、あのちょこまか動きまわるちびっこの存在がある。まずあいつが煩い。

「楽しみだね」

そう思わず本音が零れれば、大原が目を細め笑う。

こんな風に最近みんなの前でも笑うようになった。

それがちょっとだけ残念というかなんというか。もう少し一人占めしていたかった気がする。

笑顔っていうのはみんな輝いて、一番その人に似合うモノだ。っていうのが、お母さんの受け売り。

大原の場合はあまり笑わないから、余計惹きつけられるのかも。


私はクレープを齧りながら、そんな彼を凝視していた。

「どうかしたか?」

「ううん。なんでもない。ねぇ、それよりそれまだ入っている?」

私は大原が両手で包むように持っているそれを指差し尋ねると、彼は「あぁ」と、缶を持ちあげて左右に振った。すると波のような音が耳に届く。

実はさっきからクレープばかり食べているせいで、口の中が甘くてしょうがない。

やっぱり、飲み物が欲しくなる。

小鬼は甘いのだけでも平気っぽいが、私はちょっと飲まないと駄目だ。


「半分以上入っているよ」

「じゃあ、ちょっと飲ませて」

そう言って左手を差し出すと、大原はきょとんと間の抜けた表情をしている。

かと思うと、目にゴミが入ったかのように大きく瞬きをした。


「月山。これ、飲みかけなんだが」

「うん。知っているよ」

プルタブ空いているし、飲んでいるのを見ている。

だからそんな事は知っているのに、何故改めて訊くのだろうか。

大原は缶をじっと見つめていたかと思えば、なぜか瞬時に顔を赤らめ出した。

そして何かを振り払うように、首を左右に振りまくっている。

それは後で痛くなるよというぐらいの力強さ。

やがてそれが収まったかと思えば、今度は大原は頭を抱え出した。

この短時間で彼に何があったというのだろうか。

私はそれがわからず、ただ見つめるだけで役に立たなかった。


「……ごめん、月山」

「どうして大原が謝るの? あっ、もしかして潔癖症とか?」

やっと導き出したそれが答えだとばかりに尋ねたが、返事も反応もない。

「ごめん。私の周り結構回し飲みするから、気づかなかった。今度から気をつけるよ。そうだよね、そういうのが苦手な人もいるもんね」

「月山はあの……異性……そのたとえば……男友達に対してもそうなのか……?」

大原は相変わらず頭を抱え、うな垂れたままそんな事を口にした。

「あー。そういう事か。うん、回し飲みはするよー。みんな気にしないし。あ、でも千鶴とかはしない。そういうのが嫌いだからって。自分の分はどんなに親しい相手でも無理って言っているの」

「ごめん」

「いやだから大原が謝る事ないってば。こういうの個人差だし」

「……違うんだ。これは俺が悪い……ちょっと過剰反応しすぎた……」

そう言って折っていた背を元へと戻し、いつものように姿勢よく正す。そして眉を下げて曖昧気味に笑うと、深く息を吐きだし、自分の持っている缶を私に差し出してくれた。

「どうぞ」

「いいの?」

「あぁ」

「ありがとう」

手を伸ばしそれを取ろうとした瞬間、なぜか私の手がそれをかすった。





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