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仲良さそうで安心したよ

千鶴に案内された個室は、六畳ほどのスペース。紅色に黒を足した様な、くすんだ障子が外の光を室内へ取り入れ、クリーム色の壁と襖へと差し込んでいる。

左壁に飾られているのは、額に入った牡丹の花の刺繍。これは千鶴のお母さんの手作りの品。

部屋ごとに花の刺繍が違う。

テーブル席といえども、こうして外装と合わせてちょっとだけ和風を取り入れている。

たとえば椅子。木製の横に細長いチェアなんだけど、畳が敷かれている。

その上に紺色の座布団が二つずつ置かれている。


「小鬼。本当に金魚鉢パフェでいいの?」

「ちょっと待って下さい! どうしてこんなに人間界には、メニューの種類があるのでしょうか」

「いいじゃん。それだけ選択肢が広がるし」

「だからですよ。抹茶パフェも食べたいし、わらび餅も食べたい。全く。この僕の心をどれだけ乱せれば気が済むのですか」

私の膝の上に座っている小鬼が、メニュー表とにらめっこしながら唸っている。

小さいから力がないと思っていたが、こいつ以外と力があるらしい。

ファッション雑誌並みの厚さを誇るメニュー表を両手でもっている。

千鶴は甘味だけではなく、がっつり系の食事類も多いため、こんなに分厚くなってしまうのだ。


そのためさすがに小鬼の手がプルプルと震え始めていたため、代わりに持ってあげた。

それぐらいの優しさぐらいは持ち合わせているから。


「なんかちょっと安心したよ」

「え?」

顔を上げテーブル越しに座っている大原を見れば、もうすでに決まったらしく、メニュー表を閉じテーブルの左端に置いていた。

それはそのままお客さんが来ても平気なぐらいに、綺麗に束ね整頓されている。

きっと性格の差。私だと、乱雑になるのが目に見えている。


「何が安心したの?」

そう尋ねると、大原は微妙に目尻を下げ私と小鬼を見つめた。

「月山と小鬼。心配だったけど、少しずつ良い感じになってきたなって」

「そうでもないよ。小鬼ってば人の事すごく扱き使うもん。博物館での雷蔵見たでしょ」

私の言葉に彼はただ苦笑いを浮かべた。閻魔様が地獄に帰還後に、タイミングがいいのか悪いのか、ちょうど雷蔵と小鬼が私達の所へ戻ってきて合流した。

小鬼は余程楽しかったらしく、展示物がどんなにすばらしかったのかを身振り手振りで力説してきた。

だが、その一方小鬼を乗せた雷蔵はぐったり。

私と大原の足下へやってくると、へたり込んでしまったのだ。


――……あの時、目が死んでいたよね。


その後雷蔵は「疲れたから帰る」と、足取りも覚束ないままに私達から離脱。

それで今に至る。大原曰くどこかで英気を養って、自宅へ戻るから心配無用だって。


「でも初日よりは、大分打ち解けたように見えるよ。慣れてきたみたいだね」

「自分では実感があまりないのだけれども。小鬼とは最初からぶつかり合っていたし。私はどちらかと言えば、大原との距離の方が変わったかなぁって思うよ。だって教室でもしゃべるようになったし」

「たしかに。しかしあれは――」

大原から笑いが漏れる。かみ殺そうとしているつもりなんだろうけど、こちらに聞こえているから。

なぜ大原が急に笑い出したのか。それを想像するのは訳もない。どうせあの時の事だろう。

それは小鬼に出会った次の日に起こった出来事。


元々大原と私は教室内での会話はゼロ。それは空き教室での出来事が起こっても変わらなかった。

私は友達とおしゃべりしているし、大原はいつものように席で読書。

でも全くしゃべらないってわけでもなかった。

それは教室だけで、夜にこれからどうするかっていう相談電話をしたりしていた。

でも一方、教室で何度か話しかけようとしたけど、結局思いとどまった。

話しかけてしまえば、大原の生活を壊す事になりそうって思ったから。

そんな中、とある出来ごとが起こる。


古典の宿題をやってくるのを忘れたのだ。

しかも最悪な事に、その時に私が当てられる予定の範囲。古典の担当の先生・柏井かしわい先生は、タレ目の目が印象的な一見大人しそうな中年男性。だがそれは猫被っているからそう見えるだけ。


一旦スイッチが入れば、あなおそろしや。

なまはげが包丁を振り回す様に、指示棒を動かし宿題を忘れたものに雷神の如く雷を落としていく。

そのため古典の宿題だけは忘れないようにしていたのに、あの時は忘れてしまい顔面蒼白。

そこで誰かに写させて貰おうと、教室を見回した時に大原が目に入った。

これ以上最適な人物がいるだろうか。いや、いない。

……ということで、ノートを借りする事に決めたんだけれども、話しかけていいのかわからないため、『古典の宿題を忘れたので、ノートを貸りたいから行ってもいい?』と、ヘルプメール送信。

すると即返信が来た。

絵文字も何もないシンプルな文章。『まだ時間があるから自力で頑張れ』と。


たしかに大原の言う通り時間があった。授業開始まで五分。

そんな短時間でやれと言われれば、やれるはずがない。

辞書も引かなきゃいけないから、その分タイムロスがある。

それでつい、「んな短時間でやれるか!」とスマホに向かって逆切れツッコミ。

しかもメールなのに、トランシーバーか何かのように受話口に向かって吠えた。


それがどうやら自分が思ったより声量が出ていたらしく、教室が一瞬にして静まりかえり、みんなの視線を一人占めという人気者。

気づいた時にはもう遅くみんなの目が針のように刺さりまくって、誤魔化しなんてきくような状況ではなかった。背中に冷や汗をかきながら言い訳を考えていると、何処からともなく笑い声が耳に届いてきた。


そこに目を向ければ大原だった。

彼は何がそんなにツボに嵌ったのか、俯きながら肩を震わせて笑っている。

そんな光景を目撃して、クラスの子達に二度目の衝撃が走った。


――あの大原が笑っていると。


目を大きく見開き、私から大原へと矛先が変わっていく。

……まぁ結局、その後大原にノートを借りて難を逃れたから良かったけどね。

その件があって、私は大原と教室内でもたまに会話をするようになった。そんな些細な変化のせいだろうか、クラスの子達も大原に話しかけたりしている光景を見る。


特に女の子。殻が取れたのか、近づきやすくなったらしい。

大原は密かに人気者。「あんたのクラスで入学式に祝辞読んだ人誰? 彼女とかいるの?」と、他クラスの友達にも聞かれたぐらいに。


「あの時の月山おもしろかったな。思っている事が顔に出やすいから、何考えているのかすぐわかる。顔色が悪く目が泳いでさ。必死で言い訳考えているんだけど、思いつかなくて。クラスの奴らの月山に対するイメージをぶっ壊した瞬間だったよ」

「イメージ?」

「そう。『月山桜は顔も性格も完璧な人間』それが宿題忘れたぐらいでブチ切れるという大人げない行為で崩壊」

「何それ。私完璧じゃないんだけれど。というか、初めてそんな事言われたよ。私の何処をどう見たって不完全にしか見えないのに」

「前にも言っただろ。クラスに馴染めない人をフォローしたり、休んだ奴の代わりに自分が日直をする優しさを持っているって。その上、誰とでもすぐに仲良くなれるコミュニケーション力の高さ。あとは月山の笑顔かな。いつも楽しそうに笑っているのを見ると、こっちも顔が緩む」

「それはかなりハードルあげられているのですが……」

自分の事を話して貰っているのに、他人の事を話されている気分だ。


まだ五月で自分の地が出ていないから言える事であって、もっと時間が経って内面を知ったら引かれるかもしれない。いや、あの古典の件でもう中身がバレたか。


――でも、みんな普通に接してくれているんだよね。


「勝手に俺達が一方的に見ていただけだからな」

「どうしよう。大原も知っていると思うけれども、結構いい加減なんだよ私。しかも言葉使い悪くなる時あるし、すぐ喧嘩腰になるしさ」

「あぁ。だから俺も月山と初めて話した時すごく驚いた。教室での月山からだと想像出来なかったもんな。ほんと月山っていろんな面あるから飽きないよ」

目を細めて笑う大原を見て、私もつい口元が緩んだ。

大原は最近笑うようになった。どっか子供っぽさを含む表情が、いつもの大人な大原とのギャップを生んで良い感じになっている。それを見ているとなんだか春の温かな日にお花見をしているような温かさの中に、どこか懐かしさを含む。

そんな気分に浸っていると、襖を控え目にノックする音が室内へと広がっていった。





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