推理の世界編②
今回のはちょっと長いです
あと前回の最後ら辺に誤植がありました
5月の瀬戸内ではなく正しくは12月の瀬戸内です本当にごめんね(・ω<)☆へへぺろ
つまるところ二人は『お約束的展開』に囚われすぎて『いかに人々の裏をかいていくか』という『推理物の本質』を忘れていたのだ。
未來貴子がずっと犯人を演じていては、羽場裕一がずっと悪役を演じていれば、視聴者は飽きてしまう。
「それにしても、『お約束的展開』って本当に凄いんですね」
「どうしたいきなり?」
「12月の瀬戸内に雷雨を降らせるんですよ? あの一本道は土砂崩れで通行止めになったし、色々とテンプレ通りに進むなんて凄すぎますよ」
「まあそうなんだが、他に考えることがあるだろ」
「行方不明になった薄井母の件ですか」
その通りだと珠希は首を縦に振る。
あの時、管理人室には血だまりだけで薄井母、つまり薄井美咲の母親の姿はなかった。
血だまりのところで薄井母は鋭利な刃物で急所を刺され、そのまま血痕の通りに外へと運ばれていった、というのがこの場にいた天才達がひとまず導き出した結論だった。
だがそこには疑問が幾つか残る。
「まず第一の疑問、何故犯人は薄井母を建物の外へ運んだのか…」
「珠希さん、その前にどうやって犯人は俺たちの目をすり抜けて管理人室に行ったのかを考える方が先なのでは?」
「それは犯人は自室の窓から外に出てそのまま管理人室へ侵入したんだよ。そうすれば私達に気づかれずに犯罪を行える」
「なるほど…でも今は12月ですよ? 初冬の夜に窓を開けておく人がいますかね?」
「別に窓自体は開いてなくていい、鍵がかかっていなければいいんだ」
「そういう考えもありますね。でも窓を閉めるなら普通は鍵も閉めると思うんですが」
「それは……犯人がなんやかんやで鍵を開けて、なんやかんやで刺して、なんやかんやで外に連れ出したんだろ」
「なんやかんやってなんですか?」
「なんやかんやは、なんやかんやだよ!」
「そういうみんなが忘れてそうなネタ※を使うのはやめて下さいよ。基本的に推理小説で時事ネタを使うのはご法度ですよ」
※その昔、犯人が分かっているのに事件を33分持たせるため奮闘するというドラマがあった。
そんなやりとりをしていると珠希と降旗がある部屋に呼び出された。俗に言う「取り調べ」というやつだ。
部屋に入ると二人の中年の男性がいた。
彼らは降旗らが椅子に座ったことを確認すると警察手帳を提示して自己紹介を始めた。
「警視庁特命係の桐下と申します。それでこちらが…」
「今畑です」
「(どういうことですかこれ? あの人達って杉下と古畑ですよね?」)」
「(そのままの名前で出てきたら色々と面倒だろ。だから名前だけを変えてもらったんだよ)」
「(あーそういうことですか)」
「あの、どうかなさいましたか?」
「いや、まさか一緒に夕飯を食べた方が警察の方だとは思いもしていなかったもので。僕は降旗錦です。それでこちらが…」
「私は定兼珠希と申します」
「えーでは降旗さん、事件当時何をしていたか教えていただいてもよろしいでしょうか?」
いや、形式的なものですよと前置きされて今畑にやんわりとアリバイを聞かれる。だが降旗は知っていた。この前置きは犯人に使うやつだ。
「僕は隣の定兼とダイニングで酒を飲んでいました。僕は日本酒で彼女はワインを」
ちょっと失礼、と桐下が質問に割り込んできた。今畑は少し顔を歪めるも首を縦に振る。
「降旗さんは飲んでいたのは日本酒とおっしゃっていましたが、ダイニングに置かれていたのはワイングラスとシャンパングラスでした」
「ああ、最近流行りのスパークリング日本酒を飲んでいたんですよ。やはり泡立ちがメインなのでそれに一番適したシャンパングラスで飲みました」
「やはりそうでしたか。実は僕も一度飲んでみたかったんですよ」
「まだ1本余ってますけど後で一緒に飲みますか?少しパンチは弱いですがフルーティな感じでなかなか美味しいですよ」
「これはこれは。では、この事件が解決してから頂きましょう」
続きをどうぞと桐下は今畑に続きを促した。
案の定やりにくそうな顔をした今畑はやりにくそうに質問を再開する。
「えー二人で酒を飲んでいたということですがそもそも二人はどういったご関係で?」
「ああ申し遅れましたね。私達はこういったものです」
そう言って珠希は懐から名刺を二枚取り出し二人に配る。
「定兼探偵事務所、んーということはあなたが所長でそちらの彼は助手ですか」
「ええその通りです。せっかく休暇が取れたのでたまには二人で羽を伸ばそうかと」
「あーそういうことでしたか。それにしても男女二人で旅行だなんて随分と中がよろしいことで。二人は一体どういったご関係で?」
「まあそういったご関係なんじゃないでしょうか」
「そういったご関係なんですか?」
「違います。彼女は酔っているんであまり構わないでください」
「そうですか。えーそれで本題に入りたいのですが事件があった時間ダイニングを通り過ぎる人物を見たというのは」
「もし人が通っていたら気づきますよ」
「そうですよねどうもありがとうございます。すみませんが桐下さんにしばらくお任せしてもよろしいですか? 私はちょっと川崎へ向かうので」
「僕は構いませんがペンションから町へ出る一本道は封鎖されているはずでは?」
「ああいえ、おトイレのことです」
それを言うなら横浜では?と降旗は疑問に思うが突っ込まない。古畑任三郎がこんな言い間違いをして、それを周りの人に突っ込まれるというお決まりのパターンがあった気がしたからだ。
「じゃあ僕達もここらへんで失礼させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええもちろん……ああ最後に一つだけ、よろしいですか?」
ああ、このやりとりなんか見たことあるなと降旗は嬉々として振り返ろうとした時、珠希の掌が彼の後頭部に思いっきり食い込んだ。
「すみませんが私達ちょっと急いでるので」
「おや、こんな時間に急ぎの用事が?」
「ワインの栓をしていなかったものですから」
「ああそれなら僕が閉めておきましたのでご安心を」
「…………分かりました。なんでしょう」
「昨日の夕方ロビーでお二人が話していた『お約束的展開』とは一体何のことでしょうか?」
桐下の口から飛び出してきた予想外の言葉に二人の全動作がフリーズする。
本当に彼は一体何者なのだろうか?
「なるほど、しかしこんな便利な用語解説集があったとは随分準備がいいんですね」
60秒くらいで分かる用語解説を5秒くらいで読み終えた桐下はゆったりと座り直した。
「定兼さんが先程のやりとりで一度逃げようとしたのもこの『お約束的展開』を破るためなんですね」
「ええその通りですが…このことはくれぐれも他言無用でお願いしますよ」
「ええ勿論。ところでどうやってこの『お約束的展開』を見抜くのでしょうか?」
「それは色々とありますが、例えば殺される人はテレビで初めて見るような人だったり、犯人役の人は結構有名だったり…」
そこで珠希は説明を止める。聞いている桐下の全身から何を言っているのか分からないといった感じのオーラが溢れ出していたからだ。
一つ咳払いをしてから珠希は話を再開する。
「まあそんな感じで『お約束的展開』を壊していくんです。まあそれ故に私達を潰そうとする組織もあるんですけど」
「それが『オーダー』ですね?」
珠希は苦い顔を浮かべて頷く。
「しかし今回は私達が迂闊でした。もっと早くこのことに気づいていれば『推理物では人が死ぬ』という最大の『お約束的展開』を阻止できたんですから」
「今はこれから事件を起こさないことが重要です。その『お約束的展開』に気づいたら、できれば私にそれを知らせてほしいのですが」
「それは構いませんが、私達の意見は参考程度に聞き流してください」
「それは一体?」
「私達に見えているものは物語の本筋ではなく、本筋を組み立てる上での規則性みたいなものなんですよ。時には外れたりするのであまりアテにならないのではないかと」
「そういったことならご心配なく、たとえ外れたとしても準備をしておけば安心ですから」
そんなやり取りを終えて二人は今度こそ退室をする。
降旗はドアノブに手をかけ、ふとある可能性に辿り着く。
もしかしてあの桐下とかいう人間こそ『オーダー』なのではないだろうか?
思い返してみれば珠希が桐下のやりとりを無視しようとするもいとも簡単に引き戻されてしまったではないか。
もし彼が『オーダー』ならそれはそれですごい面倒臭そうだなと降旗は誰にも見えないように顔を顰める。
「それにしても事情聴取なんて初めて受けましたよ」
「それは私もだよ。それにしても超疲れるなあれは」
二人は自室に戻って飲み直していた。
今度は降旗がワインを、珠希が日本酒をといった感じだ。
「それにしても、降旗は今回の犯人は一体誰だと思う?」
「俺ですか?俺は…言い争いをしてた羽場裕一…じゃなくて中井とかいう男だと思います」
ここまで言って降旗はあることを思い出す。中井と薄井母が言い争っているところを目撃したと彼らに言い忘れたのだ。
明日の朝一に報告しても画面からでも面倒臭さが伝わってくるような二人の刑事につきまとわれるんだろうなと降旗は頭を抱える。
そんな彼のことを気にもせず珠希は話を続ける。
「私はあの薄井美咲でほぼ決定だと思うんだが」
「えっ、彼女に動機とかなさそうじゃないですか」
「だってあいつが犯人なら一番意外性があるだろ? それに情も誘えそうな感じの過去とか持ってそうだし」
「またテレビにかじりついてるババアみたいな推理を……もう少し現実的に考えてくださいよ」
「うーん…私達がダイニングにいたあの状況だとあいつにしか犯行はできない、とか」
「それじゃあ推理物として成立しないじゃないですか」
「………お前は意外に面倒な奴だな」
珠希はそう言って一つため息をつくと日本酒を瓶で一気に飲み干した。
「ふう、睡眠薬も飲み終わったところだし、そろそろ私達も寝ようじゃないか」
「俺はこのまま起きてるんで珠希さんだけ寝ていいですよ」
「なんだよ、もしかして睡姦プレイでもするのか?」
「相変わらず女性としては3点くらいの発言ですね。そういうことじゃなくてほら」
降旗はそう言って窓の外を指差した。
相変わらずの鉛色の空はほんの少しだけ光を帯びていた。
いやー真面目な世界だけあってギャグ成分が非常に少ない。
次回はもっとコミカルにしますよ