推理の世界編①
二人は夕食を終えた後自室に戻って今回の事件の概要を確認していた。
殺されるのは先程このペンションを訪ねてきた二人組のカップルの誰か。そして犯人はその狙いを隠すため所々で別の人間を襲い、しかしそれが周りの名探偵達にヒントを与える。
「そして犯人はペンションのオーナーだな」
「珠希さん、推理物でのネタバレは犯罪ですよ」
「いやいや、多分読んでいる皆は分かってたぞ?コナンも金田一も任三郎も杉下も犯罪を犯すわけがないし、私達が死体と犯人になったら物語が終わるし、さっきのカップルが犯人だとベタすぎるし…」
「それにペンションのオーナーに関する描写がまるで隠しているかのように少なかった、でしょ?こんなこと言うのもあれですがここのオーナーは未來貴子※1ですからね。テレビの前から動かないババア共なんかは一瞬で犯人見抜けますよ」
※1未來貴子 サスペンスでよく犯人をやっている女優。視聴者の情を誘うような犯人役が多い。
「そんなことを言ったらさっき来たカップルの一人は羽場裕一※2だぞ。どうせ今回もペンションのオーナーを脅してて、みたいな過去があるんだろ」
※2羽場裕一 よく悪役をやってる俳優。犯人役もやったりしてる。
「俺から切り出してあれですけどこの話はもうやめましょう。なんだか嫌になってきます」
「だが確認しておかないと殺人を阻止できないぞ?まあこれも仕事の一つだと思ってくれ」
「そうですね……ちょっと横浜に行ってきます」
「横浜?ここからかなり離れてるが一人で行けるか?」
「トイレの隠語ですよ。それに横浜くらい一人で行けるわ」
ここでペンションの構造の説明をしておこう。
この建物は寝室がある客室ゾーンとダイニング等の共用部屋や管理人室がある共用ゾーンの二つに分かれている。
件の横浜は共用ゾーンに一つあるのみ。つまるところトイレに行くにはダイニングを通る必要があるのだが、降旗はそこで見てしまった。
「これ以上払うお金なんてありません!」
「そうか、じゃあこのペンションをもらおうか」
「そんな…このペンションには家族の思い出が!」
未來貴子と羽場裕一がこんな感じで言い争いをしていたのだ。
これは完全に羽場裕一の死亡フラグであった。やはり羽場裕一は未來貴子にたかっていたのだ。
それにしてもこんな目立つダイニングでやらなくても、と家政婦みたいに壁に隠れていた降旗の肩が不意に叩かれた。
「あの人達には触れないであげて」
振り返ればいつの間にか降旗より少し若い、高校生くらいの美少女が立っていた。
美少女は驚いている降旗に構うこともなく話を続ける。
「あの男、中井さんっていうんだけど、ここにくる度ああやってお金をせびってるの」
「そうなんだ…ところで君は……えーっと、あの、受付をしてた…」
「私は薄井美咲、あそこにいるのが私のお母さん。あなたは降旗錦さんよね?たしか定兼さんとご一緒の」
「そうだけどよく覚えているね。受付をやったのは珠希さんのはずなのに」
「ああそれは、貴方達みたいに若いカップルはここにはあまり来ないから印象に残るのよ。今日はそんな若い人たちが二組も来てたから余計にね」
「そのことなんだけど俺達は別にカップルとかそういうわけではないんだよね。ところで横浜に行きたいんだけど」
「横浜?もうこんな時間だし明日タクシーを呼ぶのではダメですか?」
「ああいやそういうことじゃなくて、トイレに行きたいんだけど………」
「ああすいません、ここら辺でドン!ってやればあの人たちも気づきますよ」
薄井は有言実行な性格なのかそう言うや否や壁を思いっきり叩いた。
耳を震わせるような鈍い音に言い争っていた二人は我に帰り、辺りをキョロキョロと見回した。
「ほら、今のうちに済ませてください。私はここで待っていますから」
「ああうんありがとう。あと待ってなくてもいいからね」
もしかして横浜って地域限定なのか?そんなことを考えつつ降旗はトイレへと向かった。
この時彼の頭には羽場裕一に立った死亡フラグしか頭になかった。
しかしこの時点で彼にも薄井美咲に関するフラグが立っていたのだ。
これははたして恋愛フラグなのか、それともまた別のフラグなのか、結末はまさに神のみぞ知る。
「それでこのダイニングで夜を明かすことにしたのか」
そう言う珠希の顔は少し不満げであった。
そりゃあの後本当にトイレを待ってくれていた薄井と30分位話し込んではいたが、その中で「このダイニングからは星がよく見えるんだねー」みたいなことが話題に出たからこうしてダイニングに張り込めるということを忘れないで欲しい。
まあそんなことを言ったら目の前に星が散りそうなくらい顔面を殴られそうなのでやめておくが、降旗はそんな言い訳を頭に浮かべる
。
「それにしても、本当に綺麗ですね」
「それは私のことか?」
「今の僕は星しか見てないんですがまあ別にそう思うのは自由なんじゃないですかね」
スパーンと降旗は頭をはたかれる。ただ彼女はツッコミ慣れしているのか大して痛くない。
そんな感じで二人は星を肴に飲んでいた。珠希はワインを、降旗は日本酒をそれぞれ自分で持ち込んでいたのだが二人ともかなりの値段のものだ。
「それにしても本当に事件が起こるんでしょうかね?」
「私達がここにいるんだから起こらないだろうな。というか面倒だし起こらないでほしいな」
「俺的には殺人事件以外の事件は起きて欲しいんですけどねえ。だって今回の俺の役割って探偵の助手でしょ?」
「私は探偵だからなあ、しかも今回は任三郎とか杉下とか警察がいるし探偵はシャットアウトされるパターンだぞ」
「限られた条件、証拠の中いかに警察を出し抜いて犯人をとっ捕まえるってやつですか。たしかに面倒ですね」
「だろ?だからここに座って星を見てるだけで…………ん?おかしいな、雲行きが怪しいぞ」
珠希は上を指を差す。
それは夏に起こるゲリラ豪雨のように突発的だった。
窓に映された星空はみるみる黒雲に隠されていき、代わりに水玉模様が稲光と共に映し出された。
つまりこのペンションが『巨大な密室』になる『フラグ』が立ったのだ。
「ねえ珠希さん、ここって12月の瀬戸内でしたよね」
「そのはずなんだが………もしかして」
その先を言うことを珠希は何故か躊躇った。
普段見せないようなシリアスな表情を浮かべる珠希の姿に降旗は思わず息を飲む。
「もしかして、なんですか?」
「もしかして……いや、今はやめておこう。口に出したら、それこそ現実になってしまいそうだ」
ちょうどその頃、管理人室にて一つの悲鳴が上がった。
悲鳴の主は薄井美咲、彼女の悲鳴を聞きつけた宿泊客は一斉にダイニングを通って部屋へと向かい、一様に目を見張る。
そこにあるのは血だまりとそこから窓へと点々と続く血痕であった。
即座に事件と判断した任三郎と杉下は現場を保存するために部外者を部屋の外へと追い出していく。
各々が各々の反応をする中、珠希達だけが別のことを頭に浮かべていた。
「このあからさまな『お約束的展開』ってもしかして……」
降旗は先程の珠希のようにその名を口に出すことを躊躇う。
珠希は一つ深呼吸をした後、覚悟を決めて口を開く。
「この中に『オーダー』が潜んでいるな」
かくして、彼らの犯人捜しは始まった。