異世界編③ 〜そして本編へ〜
『オーダー』と自称するスーパー戦隊みたいな連中がド派手な登場をしたまではいい。
だがここは城下町のとある通りの一角に過ぎない。
そんなところで爆発を起こしたらそこに煙が充満することくらい分からなかったのだろうか?そう降旗は思う。
「くっ…煙で見通しが悪いな」
「卑怯だぞ『イレギュラー』!さっさと姿を現せ!」
「ゴホゴホッ、私煙に弱いのに」
煙を撒いた本人達がこれである。お約束を貫くとか言っていたがこれじゃあ存在自体がお約束ではないか。
「仕方ないな……おい降旗、さっさと逃げるぞ」
「えっ、あれって俺たちの敵役みたいな人達ですよね?そんな人達を前に逃げるんですか?」
「いいか降旗、あいつらはあんな感じで馬鹿だけど鬼強いからな?かくいう私も対戦成績は70勝76敗だぞ」
「ん?5人対1人でその戦績ってむしろあのゴレンジャーはクソ弱いじゃないですか」
そんなやり取りをしていると煙がどんどん晴れていく。
マスクを被っているので表情は分からないのだが彼らの一挙手一投足からはその姿からはあり得ない位の真剣さが伝わってきた。
その中のリーダーらしき赤色が一歩足を出して演技くさい台詞を言い始めた。
「おい『イレギュラー』!もうお前達の好きにはさせないぞ!」
「珠希さん、いきなり始まりましたけど何ですかこれ?」
「ああこれはあいつらゴレンジャーの持つ特殊能力みたいなものでな」
「ゴレンジャーではない!オーダーだ!」
「ええいうるさいぞ赤色!こっちは初めての降旗に事情を説明してるんだよ!」
吠えた珠希の威圧感に圧されて赤色が出した一歩を後ろへ戻した。
それを見て頷くと再び説明に戻る。
「あいつらは自身を中心に半径25mを『お約束的展開』で満たしてしまうんだ。だから戦隊物の彼らもその影響を受けてああいった演技くさい行動をしてるんだよ」
「つまりあれって自爆してるんですか?ただの馬鹿じゃないですか」
「馬鹿ではない、オーダーだ!」
「だからうるさいって言ってるだろ赤!説明中には何もしないのが『お約束的展開』だろうが!」
再び吠えた珠希に今度はゴレンジャー全員が一歩下がった。
とにかく、と前置きをして再び説明に戻る。
「あいつらに関わると私達まで『お約束的展開』に巻き込まれる。だからとにかく逃げるぞ」
「分かりました。とにかく僕の魔法で遠くの町へひとっ飛びしましょう」
降旗はそう言って珠希の腕を掴み何かを念じるように目を瞑る。しかしいつまで経っても二人の身に何も変化は起こらなかった。
首を傾げる二人を見て小柄なピンク色が悪役の如く低い笑いをする。
「フッフッフ、先程そこのイレギュラーが説明したように、お前らは既に『お約束的展開』に囚われたのよ。よって今ここには逃げるという選択肢は存在しない!」
ババーンと何処かから効果音が響く。
隣を見れば珠希がこちらも悪役の如くしかめっ面で唸っていた、いや悪役としての『お約束的展開』に巻き込まれていた。
彼女が悪役としての『お約束的展開』を辿るならどう足掻いたところであのゴレンジャーにボコボコにされて最後には敗れるのだ。
その部下として働いている降旗なんか最初の雑魚軍団の特攻みたいな感じで倒されるのがオチだろう。
そんな感じで降旗が77敗目を覚悟したその時、ふと誰かが肩を叩いた。
「なんだか良く分からないが助太刀するぜ。あいつらを見てると現実世界での出来事を思い出してイライラするんだ」
振り向けばそこにいたのはタカシだった。
なぜ彼がと降旗は一瞬疑問に思うがすぐに気づく。彼もまた『主人公』としての『お約束的展開』に飲まれた一人だ。
「いいのかタカシ、俺たちはお前のハーレムをぶち壊そうとしてるんだぞ?あいつらが消えたら、お前の周りには何も無くなるかも…」
「そんなこと知ったこっちゃないね。今はこの町で暴れてるあいつらを倒すのが先だろ」
そう言ってタカシは笑う。
二人は頷くとそれぞれ腰に付けた剣を抜きオーダーへと向けた。
それを抵抗の意思と見なした彼らはそれぞれ近未来的な銃を構える。
風の音さえも戦闘の合図となりそうな静寂が辺りを包んでいく。
限りなく長い一瞬の間の後、滴り落ちた降旗の汗によって戦いの火蓋は切って落とされた。
先手はタカシが取った。
タカシは剣を掲げると全ての力を先端に集中させ、一気に振り下ろす。
「でえいやああああああああああ!!!!!!」
名前からは想像もつかないイケメンボイスの叫びとともに青白い光線が爆音を纏って駆け巡った。
対するオーダーも負けていない。
ピンク色の奴が一発光線を放つと光の壁が彼らの前に出現し、いとも簡単に光線を跳ね返した。
その壁の向こうから青と緑がそれぞれレーザー光線をぶっ放すも降旗の手から出る黒い波動により全てかき消される。
降旗が反撃を開始しようとしたその時、戦場の丁度真ん中に隕石が落下したかのような衝撃が走った。
「ぐおおっ!!タカシ、俺の見せ場なんだから邪魔するなよ!!」
「違う僕じゃないぞ!!地属性の魔法は苦手なんだよ!!」
なんじゃそりゃと思いつつも降旗は衝撃の中心地に目を凝らす。
舞い散る土埃が晴れていく中、その中心にあったのは巨大な人型の鉄塊だった。
結局その鉄塊が美味しいところを全部持って行ってしまった。
オーダーの5人が放つレーザーを片手で弾き返し、もはや鉄骨のような剣を一振りしていとも簡単に戦闘は終わった。
そんなゴリアテも真っ青な鉄塊はあまりの出来事に呆然としている降旗達の方を振り向くとフェイスガードを上にずらした。
「いやーなんとか間に合いましたね勇者さん」
鉄塊の中にいたのは件の女戦士だった。
ニコニコな彼女の顔を見て降旗は顔を顰めた。
「助けに来てくれたのはありがたいんだけど、それってもしかして鎧?」
「そうです!ご指示の通り頑丈な鎧を着てみました!」
人型の鉄塊は地面をミシミシと軋ませながらおどけて見せる。
たしかに頑丈な鎧を着ろと珠希は言っていたが鎧というより寧ろ壁なんじゃないかと降旗は頭を抱えた。
そんな降旗の肩をタカシがどつく。
「お前にもあんな奴がいたのかよ」
「いや、あいつの目当ては多分俺じゃなくてあっちだぞ」
降旗は珠希の方を指差した。
見てみれば女戦士はいつの間にか彼女の前で剣を振り回して遊んでいた。
タカシはそれを見て笑いを漏らすと何処か虚しい顔で平和になった空を仰いだ。
「これでお前らの言っていた『お約束的展開』が壊されたわけだが、僕のハーレムは解散しちゃうのかなあ」
「まあ、ハーレムに関しては完全に崩れただろうな。あの女の子軍団も消えたみたいだし……でも、まだ希望はあるみたいだぞ」
降旗はそう言うと彼の後ろを指差す。
そこに立っていたのは、珠希と火花を散らしていた彼女だった。
彼女はタカシを怒ったように睨み、ふと笑った。
「どうやら、あの子だけは本命だったみたいだな」
カップルと別れた後、降旗と珠希は城下町のとある酒場で休息をとっていた。
こいつらが酒を飲んではいけないことくらい自明なのだがそんなことお構いなしに酌み交わしている。
ウオッカをストレートで飲んでいる珠希が唐突にこんなことを降旗に尋ねた。
「それで、どうだ?」
「どうだって、何がどうなんです?」
「何がって、そりゃ今回の任務よ」
「まあ楽しかったですよ。魔法も使えたし、本物のスライムとか見れましたし」
「そっかーそれは良かった。今回のチュートリアルを楽しめたなら明日からの仕事も楽しいと思うよ」
ん?と降旗の頭がフリーズする。今回のがチュートリアル?
「これって仕事じゃないんですか?てかもう帰るんですか?もうちょっとここにいましょうよ」
「だって、これ以上やることないだろ。それとも『現実世界ですら成功してない奴が魔術という追加要素がある世界で一発逆転とかどんなアメリカンドリームだよ』とでも言っちゃうか?」
「そんな身も蓋もない話をしたところでただ四方八方に敵を増やすだけじゃないですか……というよりチュートリアルって一体どういうことです?そんな説明受けてませんけど」
「説明はしてないけど伏線は張ったぞ。今までの話って専門用語が出て来たり所々説明臭かったろ?それじゃああらすじと合わないじゃないの」
「また微妙な伏線を張ってきましたね……それで、次はどこの世界に行くんですか?」
この返しを聞く限り降旗はだいぶ酒にやられているようだ。
珠希はそんな彼を見て満足げに頷く。
「次に行く世界はな――」
チュートリアルが終了しました。
次からはこんな感じの短編を並べてどの節からでも読めるような感じにしたいと思います。
ちなみに最後にタカシ君がヒロインと結ばれたのは「タカシという名前の登場人物はダメな奴」という『お約束的展開』が破られた結果です。
ついでに言うと降旗が勝てたのも彼に『主人公』と『勇者』という属性が付いていたため『お約束的展開』が発動したからです。