異世界編①
二人は女戦士を尾行していた。何故かステルスで。
傍から見れば、まあ透明な二人を見れればだが、水着みたいな鎧を装備したムチムチの女戦士を変態2人がストーキングしているようだ。
「(ねえ珠希さん、普通に話しかけて普通について行きません?得体の知れぬ何かに目覚めそうで嫌なんですけど)」
「(それだとお前に仕事の説明をできないんだよ、てか何に目覚めるんだよ)」
ちなみに珠希は例の光学迷彩を、降旗はステルスの魔法を使っている。
しかし気配というのは科学でも魔法でも消せないらしく前を歩く女戦士は時折後ろを振り向いては首を傾げていた。
女戦士の後ろ姿はまた凄かった、というよりほぼ裸だった。
彼女の顔は堅物でとっつきにくそうなのだがどういう経緯であの鎧を買ったのか、もしかして彼氏の趣味なのか、そんなことを降旗は考えていた。
そんな女戦士は見るからにモンスターが出没しそうな鬱蒼とした森へと入っていった。後方を歩く2人もそれに続いて中へと入っていく。
「(おい降旗、彼女はこれからどうなると思う?」)」
珠希は降旗に不意にそんなことを聞いた。
「(うーん、森を抜けて何処かへ行くんじゃないでしょうか…城下町に行ってちゃんとした鎧を買うとかどうですか?)」
「(まだまだ甘いな、あいつはこの後モンスターに輪姦されるぞ)」
突然の下ネタに降旗は思わず噴き出した。
それを感じ取ったのか前方の女戦士は勢い良く振り返り腰の剣を抜き取る。
気配を消そうという2人の賢明な努力のおかげか女戦士はしばらくキョロキョロと辺りを見回した後、剣を鞘に納めて再び前へと進む。
「(馬鹿野郎!何いきなり噴き出してるんだよ!)」
「(いやだって、急に変なこと言ってきたから)」
「(本当なんだからしょうがないだろ……ほら、そんなことを話しているうちにオークのお出ましだぞ)」
前を向けばそこでは大男みたいな奴が女戦士と対峙していた。
しかしその顔は猪の如く醜く、下半身には人の腕はあろうかというほどデカくドス黒いモノが付いていた。
「(えっちょっと待って下さい、あの腕みたいなやつが女戦士をブチ抜くんですか?)」
「(そういうことだ。もしかしてあんな不細工に対してジェラシーでも感じてるのか?)」
「(そんなわけないじゃないですか…でもあの人は女性とはいえ戦士ですよ?あんな下等生物には勝てるんじゃないですかね)」
「(ビキニアーマーを来た女戦士はどう足掻いてもモンスターに犯される、これこそ『お約束的展開』だ)」
そう言う彼女の横をオークが2、3、4匹と通り過ぎて行き、何時しか女戦士を取り囲んでいった。
オークの一人は彼女の持っている剣をいとも簡単に薙ぎ払うとそのまま殴ることもなく抱え上げる。
「(ほら、何故かオークはあの女戦士をボコボコにしないで抱き上げただろ?てかそもそもとしてあんなムチムチした奴が戦士やってるなんておかしいだろ)」
「(そんなのんびり構えてないでさっさと助けにいきましょうよ!あいつらなんか変な汁ぶっかけてますよ!)」
「(ま別にいいけどさあ…どうせお前じゃ勝てないぞ?)」
「(そんなのやってみないと……あ、もしかして俺もその『お約束的展開』に入っているんですか?)」
降旗は自分の姿を見て蒼ざめる。
今の彼は確かに勇者だ。だが余計な要素が付いている。
彼はエリート中のエリート、という設定なのだ。
そういう奴は格下の奴に突っかかって惨敗を喫するというのが『お約束的展開』ではないだろうか?
今の彼が助けに行ってもオークの一振りで気絶するのがオチだ。
「(珠希さん、何で俺の設定を華やかな感じにしたんですか!)」
「(なぜそんなことを怒られなきゃいけないんだ…まあいい、ここは私に任せておけ)」
珠希はそう言うとステルスを解いていく。
彼女はこの『お約束的展開』に囚われないためにあんな格好だったのか、鬱々とした森に突如として出現した珠希の姿を見て降旗はやっと理解した。
「ふう…おかげで助かった。礼を言うよ」
そう言う女戦士の表情は何故か恍惚に満ちていた。多分先程かけられてた変な液体のせいだろう。
二人はそんな女戦士を森の外まで連れて行き一休みしていた。そこからは先ほどの小さな村が見える。
「いえいえ、困っている人がいたら助けるのが常識ですよ。それで、どうしてこんな森の中に入ろうとしたんですか?」
「実はな、先程凄まじい衝撃波が私の村の上を掠めて、それの発信源をがこちらだったからそれを辿っていったらこの森に」
100%俺が悪いじゃんと降旗は彼女から目を背ける。この場で「俺が剣を抜いたらあれがでました」なんて言えるはずもない。
「あの、貴女はまたどうしてそんな鎧を装備していらっしゃるのですか?」
一人で気まずくなった降旗は少し強引に話題を変えにいった。
女戦士は不思議そうな顔をする。
「どうして、と言われてもな…私が戦士だから、という理由ではダメか?」
「そういうことじゃなくて、その鎧カバーしている面積が狭くないですか?」
「あー………言われてみればおかしいなこの鎧」
そう言って女戦士は自分の体を隠すように手で覆う。
今更かよと二人は突っ込みそうになるがやめる。これは女戦士の『お約束』なのだ。
「その鎧もおかしいですけど、一番おかしいのは貴女の体型ですよ。そんなムチムチした体でモンスターに勝てると思ってるんですか?」
「う、うるさい!体型のことは私もちょっと気にしてるんだ!」
「気にしてるんだったらまずは鍛えてみたらどうです?この本にトレーニングの方法とか書いてあるんで参考にして下さい」
珠希はそう言うと何処かから一冊の本を取り出した。その表紙では筋肉隆々の男が笑顔でポーズを決めている。
あれって男性用のトレーニング雑誌だよなと降旗は首を傾げる。
「これやれば1ヶ月で体が鍛えられるらしいぞ………一応言っておくけど、『使う』なよ?」
「つ、使う?こ、この私がそんなことするわけないだろ!読むだけだよ!」
「そういうのは口から垂れてる涎をふいてから言ってくれないか?」
彼女の言葉に女戦士は慌てて口を拭う。
だが降旗は見ていた。彼女の口からは何も出ていない。
涎を指摘されたのがそんなに恥ずかしかったのか女戦士は顔を爆発的に紅潮させる。
「と、とにかく、助けてくれたことと本をくれたのは感謝する。そうだ、まだ名前を言っていなかったな」
「いや、私達はこれで失礼するよ」
「えっ、でもこの流れって助けてもらった私がお前らの仲間に加わるみたいなパターンじゃないのか?」
「あいにくと私達はそういうパターンをぶち壊す為に旅をしているんでね」
珠希はそう言うと勢い良く振り返り再び森へと向かっていった。
「せめて村まで送っていってよ!そこの勇者さんでもいいから!いやそこの勇者さんだけ置いていってよ!」
そんな女戦士の誘惑に勇者さんこと降旗は全く動じず珠希の後に従っていく。
それから数ヶ月後、そこにはムキムキのバキバキになった肢体を明らかに頑丈そうな鎧で隠し、遠距離攻撃で魔物を潰していく名も無き女戦士の姿があった。
一方その頃現実世界では、"異世界"に忍び込んだ人間を潰すためにある組織が動き始めていた。
「どうやら例の"異世界"に『イレギュラー』が侵入したようだ」
「マジすか?それって結構ヤバくないすか?」
「ヤバいですね。私達『オーダー』に招集がかかるほどに」
「ついこの間、あれだけ痛めつけたというのに中々懲りない人ですね」
「なあ、俺の衣装がないんだけど」
そんな五人は普段は各々別々の仕事をしている。例えばカフェのオーナー、例えば大工、例えば女子高生――
『お約束的展開』が歪められた時のみ集められる彼ら5人組『オーダー』はまさしくお約束的なタイミングで動きだした。
お約束的展開が続きますね。
え?なんで透明になっているはずの2人が連携を取れているのかだって?そりゃもちろん手を繋いでるからだよ