異世界編 序
暗闇を抜ければ、そこは雪国…ではなかった。
降旗はあちこち痛む体を起こし、辺りを見渡す。
珠希の言っていたことが本当ならばここは先ほどまで居た世界とは違う何処か別の世界のはずだが、目の前に広がるのは草原だった。
所々に小さい小屋のような物が立ち並んでおりそれはそれはのどかな風景だが、これくらいなら群馬辺りで見れるんじゃないかというにが降旗の感想だった。
なんか期待外れだなと彼はため息を付く。
「いやいや、ワープしたんだから少しは驚けよ」
隣から声がする。
声の在り処を振り向けば珠希が立っていた。
その珠希の姿を見て降旗は顔を歪める。
「珠希さん、その格好は一体何のコスプレなんですか?」
これか?と珠希はくるりと一周する。
彼女の格好は何処かの特殊部隊のように全身を墨色のぴったりとしたボディスーツを纏っていた。
その上から要所に防弾用の装備が付けられており、腰回りにはハンドガン、そして背中にはライフルが携えられている。
ボディラインが強調されてて凄いエロいのだが明らかに世界から浮いている。
「これはな、近未来の極秘部隊の装備だ。ステルス機能も付いてるぞ」
そう言うと本当に彼女の姿が消える。
降旗がワープした時以上に驚くのを見て彼女はステルスのまま笑う。
降旗は自分も透明になれるのかもという淡い期待を寄せて服装を確認し凍りつく。
彼の格好は中々にファンタジーだった。
スカーレットの衣服の上に眩い輝きを放つ白銀の鎧が装備され、腰には鞘の中からでも圧倒的威圧感を放つ剣が付いてる。
いかにも「俺は伝説の騎士です!」といった降旗の格好は珠希とは真逆のコンセプトだった。
降旗は明らかに不満そうな顔で珠希に異議を唱える。
「あの、俺の格好おかしくないですか?」
「この世界ではそれは普通の格好なんだが、何か不満か?」
「この格好で普通って…この世界は大作RPG的な世界なんですか?」
「まあそんな感じだな」
予想以上のあっさりとした返事に降旗は呆れる。そういえばまだ聞いていないことがあるな、と彼は質問する。
「それにしてもここは一体何処なんですか?」
「ここはな、"異世界"だよ」
「"異世界"ですか?また随分アバウトな……」
「そこまでアバウトではないぞ。まあ一から説明してやるからとりあえずあっちを見てみろ」
降旗は彼女の指差す方を見る。
そちらにあるのはいかにも平和そうな村なのだが時々空が黒く曇り、そこから青白い光が地上へと落ちているのが伺えた。
「あれは……雷ですか?」
「いや違うな、あれは誰かが現世からこの世界へ"転生"する際に起きる現象だ」
「"転生"?誰が転生してるんですか」
「現実世界では引きこもりだったり、上手くいってなかったり不幸で死んだり、まあ起きたら異世界だったっていうのもあるが、そんな人達ががこの"異世界"に運良く、或いは神のお告げで転生してくるんだ」
「ほーそうなんですか。で、その人達は何をするんですか?」
「何を、と言われてもな………王様に仕えたり錬金術師になったり魔法で遊んだりハーレム築いたり……そんなところじゃないの?」
「大分適当ですねそれ」
「仕方が無いだろ。各々が好き勝手に死んで好き勝手に思い描いた"異世界"に転生してるんだから」
「そういうことですか。でもそれぞれが好き勝手に"異世界"を思い描いてたら転生する"異世界"はそれぞれ別になるのでは?」
それはだな、と珠希は一旦間を置く。
「逆にお前に聞くが小説とかアニメとかで"異世界"ってやつが出てきたらそれって大体同じ感じじゃないか?"異世界"に転生して魔法がどうのこうのは最早お約束的展開だろ」
「そう言われればそうですね。異世界といえば魔法が飛び交ったり魔物が出てきたり」
「だろ?つまりはそういうことだ。大勢の人にとって"異世界"といえば大体そんな感じなんだよ」
「だから大体は大作RPG的世界観なんですね」
そういうことだと珠希は頷く。
そこからワンテンポ置いて彼はあることに気づく。
「そういえば何で転生してまで普通の家に産まれてるんですかね。どうせなら平和な国の王様とか勇者とか超絶イケメンに生まれ変わればいいのに」
「それはまあ、奇を衒ってるとかじゃないのか?衒いすぎて最近ではそれが普通になってるのが気に入らないがな」
「現世の知り合いなんていないのに誰に対して奇を衒うんですか」
「それは私も知らん。だから私達はあえて超絶エリート家系に産まれた勇者と世界観ぶち壊し系特殊部隊として転生したんだろ」
「なんかやりたい放題で申し訳ないですね…ん?異世界でエリート家系ということは俺ってもしかして魔法使えたりするんですか?」
「『もちのろん』ってやつだ。その剣を居合切りみたいにこう、シュッと抜いてみ」
彼女の言われるがままに格好をつけて抜刀する。
その刹那、途轍もない爆音と共に衝撃波が太刀筋をなぞるように走った。
衝撃波はそのまま向こうに見える村の上空を飛んでいき、光の筋をぶった切っていく。
爆音の残響が耳に残る中、降旗は震え声を絞る。
「あ、あの、これ、ちょっと強すぎませんかね」
「そりゃそうだろうな。お前はエリート中のエリートの騎士でその武器もまた伝説中の伝説なんだから」
降旗の抜けた腰が治るのを待つついでに二人は草原に座り"異世界"を満喫していた。
爽やかに吹き抜ける風、何処かから聞こえる家畜の鳴き声、そして子供達の笑い声……やはりここは群馬なんじゃないか?と錯覚するような光景だった。
そんな景色に飽きたのか珠希は執拗にハンドガンを弄り始めた。
それを見てエリート勇者こと降旗は顔をしかめる。
「誤射とか絶対にやめて下さいよ」
「知らないのか?拳銃は安全装置を解除しない限り使えないんだぞ」
「それ安全装置付いてませんよ」
そんなやり取りをしていると珠希が先ほどの村の方に何かを見つける。
「なあ降旗、あっちから何かが近付いてきてないか?」
「うーん、俺は視力が悪いんでちょっと見えないですね」
「お前は何のために魔術を使えると思ってるんだ?」
「あっ魔法を使えばいいのか………どうやって使うんですか?」
どこまでも要領の悪い降旗に珠希は呆れかえる。
「あのさ、お前はさっき呪文でも唱えてたのか?念じるだけで使えるに決まってるだろ」
「たしかにそうでしたね………おお、なんか遠くの方までくっきりと見えるぞ!」
そう言う彼の左眼はキュインキュインと紫色に輝いている。俗に言う「魔眼」という奴だ。
目が見違えるほど良くなったことに喜ぶ降旗だったがの顔はすぐに歪んだ。
「あー、なんか露出狂みたいな人が村の方から歩いてきてますね」
「露出狂?この世界でもそんな酔狂な奴がいるのか」
珠希はそう言うと自身の腰についている双眼鏡を覗き込んだ。
お前も大して変わらないだろと降旗は言いかけて止める。
そんなことを気にせずに珠希も顔をしかめた。
「あー、あれは女戦士だな」
「女戦士?戦士ともあろうものがあんな露出度の高い防具でいいんですか」
「あれこそ『お約束』というやつだな。転生してきた人達に会いに行くつもりだったが、まあ丁度いい機会だな、お前にも仕事を覚えてもらおう」