推理の世界編 終
降旗は人生の中で一番緊張していた。
何せ物語で一番の見せ場である『関係者の前で犯人をフルボッコにするアレ』を飛ばして犯人を捕まえようというのだ。
「しかし本当にこんなことをやっていいんですかね」
「相手の都合なんて知らないね。そもそもとしてベッドのセッティングの時に台本を落として気づかないスタッフが悪いだろ」
「そりゃそうですけど……」
「いいから薄井母の居場所に行くぞ。たしかこのペンションの地下だったな」
「えーっと、ダイニングの本棚の裏が地下に繋がってるみたいですね。これは第一夜で銀田一が本を読もうとして違和感に気付くらしいんですが、そこで小五郎のおっちゃんにどやされて結局第二夜の最後までそのままにされるらしいです」
「あっそう。それじゃあ行くぞ」
「俺達が本棚に触れてないんだから少しはこういったところにも触れておかないと読者が混乱しますよ」
「皆が各々の部屋に篭っている今がチャンスなんだよ。ほらさっさと行くぞ」
以上回想終わり。
そんな感じで降旗達は二人ぽつりとダイニングにいた。
ちなみに本棚はある本を押せば開くという仕組みになっていたのだがその本がまた物語に関わっていたりするのだ。
コナンと任三郎が第二夜でやっとのことで見つけたその本に手を置き降旗は浮かない顔をする。
「でもこれって読者からすれば投げっぱなしのクソ展開ですよね」
「仕方が無いだろ。これも私達の仕事なんだから割り切れよ」
「まあやらなきゃ俺達の命もないわけだし仕方ないですかね」
覚悟を決めた降旗は本を押し込み、棚を横にずらした。
その先には地下へと続く階段があった。ただよくあるような洞穴チックなものではなくしっかりと整備されている。おそらくここの主人がからくり好きだったりするのだろう。
意を決して下へと進むとそこには頑丈そうな鉄の扉があった。
見るからに怪しい仕掛けに二人は思わず顔を見合わせる。
数秒の間の後、降旗がドアノブに手をかけ勢い良く扉を開ける。
鉄の扉はこじんまりとした部屋に繋がっていた。
部屋の中に幾つか扉があるのだが二人で調べるとトイレと寝室であった。おそらくだがここはこの家の主の書斎なのだろう。
しかしその部屋には足りないものが一つだけあった。
「それにしても薄井母がいませんね」
「その通り!!」
そんな謎の声とともに突如鉄の扉は閉められた。
珠希が扉をこじ開けようとするもびくともしない。
「おい誰だお前! 薄井母を何処へやった!」
「もう別の場所に移したわ。全く手間ばかりかけさせないでほしいものね」
扉の向こうから聞こえてくるその声に降旗は聞き覚えがあった。
このハリのある若い女性の声はたしか昨日の夜ダイニングで聞いた
「薄井美咲、お前が『オーダー』だったのか!」
「ふっふっふ、今更気づいたところでもはや手遅れ! お前達には物語が終わるまでそこにいてもらおう!」
その言葉を最後に向こう側からは音が消えた。
彼らの手持ちで使えそうな道具は台本とスマホくらいだった。ただし電池は残り僅か、本格的に部屋を漁ってみるが食糧は一切なかった。
「降旗、この状況はやばいぞ。水はトイレの水を飲むとして食べ物がないっていうのはキツイ」
「待ってください。俺はトイレの水なんて飲みたくもないんですけど。それよりもどうやって脱出するかを考えましょうよ」
「じゃあどうやって脱出する?」
「それは………どうしましょう」
「な? 考えても意味がないんだからどうやって生き延びるか考えようじゃないか」
「はあ、じゃあとりあえず台本でも見てみましょうか」
降旗はそう言うと台本を後ろからめくり始めた。どうやらいつ物語が片付くのかを確認しているらしい。
「えっとですね、この物語が終わるのはこの時間軸で5週間後ですね」
「よし、脱出する方法を考えようじゃないか」
「だから言ったじゃないですか。とりあえずトイレを掘り返せば下水には繋がっているとは思いますがどうしますか?」
「そんなの却下に決まってるだろ」
そんな一悶着をしている時、降旗はあることに気づいた。
「そういえば薄井母はここにどうやって入ったんでしょうか」
「私達がダイニングで飲んでいる時には誰一人として通らなかったな……もしかして別の入り口があるのか?」
二人の表情に希望が溢れた。
手当たり次第に壁を叩いていき隠し扉を見つけ出そうとするもなかなか見つからない。
「そういえば薄井美咲もいつの間にか私達の後ろにいたしもしかしてあの鉄扉の向こう側にもう一つの通路があるんじゃないのか?」
「ああそういえば……なんか一気に疲れが出てきましたね」
彼らは精魂尽きたのかカーペットの敷かれた床に体を預けた。
二人でぼんやりと電球を見ていると珠希がふとこんなことを漏らした。
「そういえばさ、ここって電気通ってるんだよな。たしか階段にも通っていたな」
「ええまあ明るいですしね。もしかして電気を食べるなんて言わないですよね」
「バカかお前は。ここに電気が通っているということは、ここを電気工事士が工事したということだろ?」
珠希はそう言ってにやりと笑う。
このとき『オーダー』は一つ誤算をしていた。
それは今回の彼女の役割が探偵だということ。この世の何処に頭の切れない探偵がいるというのだろうか。
その頃上では珠希たち二人の捜索が行われていた。昨日のあの事件もあるが彼らの部屋にまたしても血がばら撒かれていたのだ。
懸命に探す皆の中に勿論今回の黒幕である薄井美咲もいる。
それぞれが持ち場を見回った後、一同はダイニングに集まって各自の報告をしていた。
「えーロビーを探して見ましたがあそこには誰もいませんでした」
今畑はそう前置きをし、ニヤリと笑う。
「ですが薄井さんこれを見てください」
今畑が背中に隠していたものを前に掲げると薄井の顔が僅かに強張る。
今畑が持っていたものはただのジッパーであった。だがその中身が問題だ。
「えーこれは調理室を探していた時に出てきた代物です。薄井さんはこれに見覚えがありますか?」
「それは……血ですかね」
「ええその通りこれは血なんです。おそらく動物の解体をした時に出てきたものでしょう」
今畑が薄井をじわじわと追い詰めていくとき、その異変は起こった。
突然ダイニングの本棚が横にスライドしたかと思えばそこから人が出てきたのだ。
その人物の顔を見て今度こそ薄井の顔が崩れていく。
「よお薄井さん、先ほどは丁寧なおもてなしどうもありがとう」
「お前はイレ…じゃなくて定兼! それに降旗まで! どうやってあの地下室を抜け出したんだ?」
「電気が通っているということは電気工事士が配線をしたということ。つまりコンセントやスイッチの後ろには隙間ができてるんだよ」
「お前らもしかして壁をぶち抜いたのか?」
「ああその通りだ。何か文句でもあるのか?」
「文句とかいう次元の話じゃない、そこは監禁のお約束を守れよ!」
薄井はそんなことを喚いていたが彼女らにそんなことが守れるはずもない。なぜなら彼女らは『お約束ぶち壊し隊』なのだから。
結局そのあとすぐに薄井母の居場所がわかり事件は一人の死亡者も出さずに解決した。
もしかしたらテレビ関係者は憤死していたりするかもしれないがそんなことはどうでもいい。
薄井親子はまだ事件を起こす前の段階だったので不問となった。
桐下が納得いかない様子だったがそれは降旗達には関係のない話だ。
そんな帰りのタクシーにて、降旗はポツリとこんなことを漏らした。
「それにしても事件の動機とか聞いてないですけどこれでいいんですかね?」
「もうネタバレしたのにこれ以上誰が聞きたというんだ」
「それはそうですけど……そういえば今回は『オーダー』一人しか出てきませんでしたけど、あとの四人はどうしたんでしょうか」
もしかして誰かに変装してたりして、と一人で頭を捻る降旗を見て珠希は笑う。
「残りの三人は知らないが一人だけならしってるぞ」
そう言って珠希は首のあたりに爪を引っ掛け、一気に皮膚をめくっていく。
「私こそ『オーダー』の一人、オーダーレッドだよ」
その姿を見て降旗は顔を青ざめた。
「お、お前も変装してたのか」
「お前『も』?じゃあもしかして降旗も」
オーダーレッドが驚いている間にも降旗の顔もベリベリとはがされていった。
「俺はオーダーブルーなんだけど…レッド、なんでお前が珠希に変装を?」
「いやあ、この世界に入った時からずっとなんだが……じゃあ本物は何処なんだ?」
「ふう、バカの相手も疲れますね」
銀田一はやれやれといった感じで肩を竦める。
隣にいた小五郎の娘も頭を掻く。
「あいつらもあいつらで不便な能力を持っているからな。『お約束的展開』で周りを縛れるのはいいんだが、自分たちまで縛ってはなあ」
そう言ってため息を一つついた。
それを合図にするかのように二人は顔の皮膚をはいでいく。
「じゃあ俺たちも帰るとしますかね」
「あいつらには悪い気もするがそうするか」
とりあえず終わり