6.協力
ハンターが頻繁に利用する宿では、早朝から食堂や一階の酒場を開放していることがよくある。
早朝から鍛錬に励むハンターが少なくはないからだ。前日に暴れすぎて疲労から昼まで寝ている事もあるが、そうでない場合は宿の庭で剣を振っていたり、同じように早朝鍛錬に出てきた同業者と剣を合わせてみたり、街中を走ってみたりと思い思いに身を鍛えている。
鍛錬すれば水や軽食が欲しくなるものである。そして、需要が見込めるのであれば商売しないのはもったいないという者だ。
もともと宿の人間は仕込みや掃除のために早起きしているのだし、仕込むついでに軽食を作るくらいであればそう手間でもない。鍛錬の合間に何か口に入れるものを欲しがるハンターがお金を落としてくれれば儲けものである。
ルトが泊まっている宿でも庭の方からは活気のある声が聞こえ、何人かのハンターが宿を出て外に走り出していた。
何となく居辛さを感じないわけでもないが、それでも自室にいるよりはましだろう、と。昨日と同じテーブルに着いているルトは溜息を吐く。
昨日鍛冶屋を出た後はそのまま宿に戻り、適当に時間を潰して夕食を食べて寝る事にした。ベッドは使用したのはアクィスであり、ルトは昨晩も床で寝ている。
街に着いたときは半ば気を失っていた一昨日とは違い意識がはっきりしていたアクィスがは、仮にも主と呼ぶルトを床に寝かせる事に難色を示したのだが、しかし、怪我人に無茶をさせられないと言う言葉にしぶしぶと従ってくれた。
一緒に寝るという選択肢はルトもアクィスも提案しなかった。怪我人と一緒に寝て気が抜けるわけがないというのは自明の理だったからだ。
そして、何時もの習慣で早朝に目を覚ましたルトは、ベッドで眠るアクィスを視界に入れないように気を付けながら部屋を抜け出し、こうして一回の酒場兼食堂で時間を潰しているのである。
部屋から出はすれど宿からは出ないのは少女と言う気がかりがあるからであり、意識は頭上の自分が借りている部屋へと常に向けている。もし何かしらの動きがあり、間に合いそうにないなら天井をぶち破る覚悟も昨日の内に決めていた。
「ルト?」
掛けられた声に目を向ければ、そこにいるのは昨日も見た顔。蒼髪の鬼人の少女、ウツホが信じられないものを見た、と言う表情をしている。
「どうされたのですか? ひょっとして、お金が尽きていたりするのですか?」
「……朝早くに宿にいるだけで、なんで金の心配をされるんだ?」
昨日武器が壊れたのかと問われたのには一応反論こそして見たものの、そう思われても仕方ないとは解っていた。自分の普段の行動がどうみられるかくらいはルトも知っている。
今日も朝から宿にいるのに驚かれるだろうと思ってはいたが、ウツホの口から出た疑問はルトにとって予想外過ぎた。
「いえ、その。お金がなくて昨日の内に剣を買えなかったのではないか、と」
「お前らの中じゃ俺は武器がない時しかのんびりしてないのか」
人生の時間の大半を魔物狩りにあてているという自覚はルトにもある。あるのだが、だからってまったく休まないわけではない。偶には武器が壊れていなくてもゆっくりする日だってあるのである。
イーシャとウツホが持つ自分への認識をいつか正してやると心に決める。どちらかと言えば、ルトと言う人間は怠け者なのだと教え込んでやる、と。
「それでは、剣を買う事は出来たのですか?」
「出来たよ。……一本だけで、一本は今打ってもらってるとこだけど」
「では、やはり武器がないから残っていたのでは……」
ルトは返す言葉に詰まった。宿に残ってる理由は気がかりがあるからであり、その気になれば剣一本あれば魔物狩りに向かうのに問題はない。しかし、双剣を用いるルトが剣を一本しか持ってないのであれば、武器がないから宿に居ると思われても仕方がないのも確かである。
――世界ってのは俺にデレてくれないもんだな。
頭に浮かんだネタにもならない言葉にただため息を吐くしかなかった。
「まぁ、いいや。……ってか、おはよう、ウツホ」
「……ぁ。済みません、おはようございます、ルト」
なんだかいろいろ諦めるように肩をすくめた後に朝の挨拶をすれば、謝罪の言葉をはさんでからウツホも挨拶を返す。少しばかりばつが悪そうな様子を見せるのは、挨拶と言う礼儀を忘れてしまっていたからか。
そんな些細な事を突いてからかう気はルトには無いので、気にしないことにして話を進めていく。
「イーシャはまだ寝てるのか?」
「情報集めに昨日街の中を歩き回っていたようですから。そう遅くまで寝てはいないと思いますが、私が部屋を出た時にはまだ休まれていましたよ」
「成程。今日は狩りに行く予定とかあったりするのか?」
「街の北側の森で魔牛頭が発見されたそうなので、そちらを狩りに行こうかと」
ルトの問いかけに淡々と答えていくウツホ。イーシャと共有した情報を隠すつもりは彼女にはなかった。今ここにいるのがイーシャであったとしても同じように情報を隠すことはしない、とウツホは知っている。
持っている情報を提供したところで、ルトが二人にとって不利益になることをするはずがないという確信が二人にはある。
「ミノか。ってことは二人で行くんだよな」
「えぇ。取り巻きは居ても豚鬼程度でしょうから、そこまで手こずる相手とは思えませんし」
「んー……朝から行く予定か?」
「いえ。発見されたのが午後らしいので、午後から向かおうと思っていましたが」
「ん。そういえば、二人は当分この街で狩る気なのか?」
「そうですね、イーシャの気まぐれが発動しない限りは、少し腰を落ち着けるつもりでいます」
そこまで答えてから不意に、はて、とウツホは首を傾げた。今日は何処に何を狩りに行くか程度であれば雑談の範囲だが、何時をとか、ここにいる期間まで確認するのは雑談の範囲を逸脱している気がする。
ふむ、と何事か考える表情を浮かべているルトを眺め、ウツホは今までの話の流れを思い出し、ルトが何を言おうとしているのかを考えてみた。
さして時間がかかる事無くその答えが頭に浮かんでくる。
「あの、ルト? 何か私達に用事でもありましたか?」
「うん、ちょっと頼みたい事があってな」
頼みたい事。その単語を聞いた瞬間に、ウツホの氷青の瞳が輝いた。
ウツホとルトの縁はそれなりに長いが、ルトがウツホに頼みごとをすることはめったにない。年に一度あるかどうかという程度。
だと言うのに、ウツホやイーシャに何かあったと耳にすればこの青年はすぐに飛んでくる。結果、助けられて恩は重なれど返す事が中々できなかった。
恩返しの機会があるというのならば、それを逃す気はウツホにはない。
「何でもおっしゃってください、何なりと致しましょう」
「……いや、そんな喰い気味に反応されることじゃないんだけどな。取りあえず、イーシャが起きたら一緒に俺の部屋に来てくれるか?」
「解りました」
急にテンションが上がったように見えるウツホに思わず一瞬引いたルトだが、それでも頼む必要があることは頼んでおかねばならない。
ルトからの願いに頷いて、部屋の場所を聞いたウツホは「それでは、私はこれで」富をひるがえし、今降りてきたはずの階段を上っていく。外で鍛錬か走り込みに行くんじゃないのか、と思ったルトだがそれを口にしてツッコミを入れる事は何となく憚られた。
なんだかすごくやる気に満ちていて楽しそうだったのだ。ウツホが。
「……なんか大失敗をやらかした気がするぞ、俺」
何となく悔いるように零し、溜息をついて立ち上がる。ウツホと話している最中に、頭上の気配が動いた事は認識している。
起きてから少し時間も置いた事だし、寝起きを見たと怒られることもないだろう。そう判断して、ルトは先ほどウツホが上って行った階段を上ってゆく。
2階に上がってくれば、自分が借りている部屋の向かいにある部屋からフードを深く被った小柄な人がちょうど出てくるところだった。何とはなしに会釈を交わしてすれ違い、ルトはノック無しに自分の部屋の扉を開けて中に入る。
「お帰り、主殿」
「ん、只今、アクィス」
扉を閉めながらかけられた声にこたえるルト。其処には着替え中のアクィスが、などと言う事は起きない。風を聞くアクィスなら、街一つくらいの範囲であればルトが今何処にいるのか把握する程度は容易い事だ。ルトの歩む速度に合わせ状況を調整するくらい訳はない。
逆に言えば、アクィスが望めば着替え中にばったりなどと言う事もできるという事になるのだが……少なくとも現在のアクィスにはそんなつもりはない。
足程度ならばまだいいが、身体を見せるのは一度で十分である。その一度だって、緊急時で無ければ避けたろう。
乙女の肌は安くないのだ。
「多分、もう少ししたら知り合いが部屋を訪れに来る」
「あぁ、聴いていた。それで、私はどうすればいいのだろうか? 流石に窓からぶら下がって覗くような変態の真似はしたくはないのだが」
「何故そんな事が思いついたのか、先ずそこから解説願いたい」
「男が部屋に女を呼ぶ。その意味くらいは、竜であろうと知っているさ」
ふっ、と器用に口角を片側だけ上げて笑ってみせるアクィスを見て、ルトは呆れたように溜息を吐いた。思った以上に翠竜様とやらは世俗に塗れているようである。昨日の鍛冶師にこのことを報告すれば彼はどんな顔をするだろうか。
案外、翠竜様らしいな! と大笑いするかもしれない。
「ってか、解ってていってるだろお前」
「うむ。私と顔合わせをさせようとしているのだろう? 狙いは自分が狩りに向かう間の私の護衛か」
「半分正解。いや、理想はアクィスの言うとおり護衛について貰う事だけど、彼女らにだって生活があるからな。流石に二人に『ツレが治るまで護衛に付いていてくれ』なんて言えねぇよ」
「……成程。少なくとも三人で組めば、私を連れ歩いても一人は私を護る戦力に裂けると言う考えか」
「正解」
ルト一人でアクィスを護りながら魔物を狩るのは厳しい。彼が魔法使いや弓使いであればまだ方法はなくもなかったかもしれないが、彼は剣士である。近付かなければ魔物に攻撃は出来ず、魔物に近付くにはアクィスから離れる必要がある。アクィスがルトの動きについてこられるなら問題はないのだが……多少飛んだり跳ねたりしても大丈夫とは言え、対戦した時のルトの動きを考えれば到底ついて行けるものではない、とのこと。本性は竜ではあるが人の姿をしているときの身体能力は人に準ずる。つまりは、今はか弱い少女に過ぎないというのだ。
そして、アクィスを置いて狩りに行くという選択肢は無い。アクィスの験が真実であれば、見た目相応の身体能力の上に怪我をしているのだ、街中とは言えどんなことに巻き込まれるかわかったものではない。“もしも”が起きた時、彼女が自衛できるかと言うと事で疑問が残る。……竜の姿に戻れば確実ではあるのだが、こんな街中で竜に戻ったら大騒ぎでは済まない。
だからと言って、ずっとアクィスとともに街に閉じこもっている、と言うのは流石に問題がある。主に金銭的に。街の中の雑用だけで日銭を稼ぐ事も不可能ではないだろうが、雑用が都合よく転がっているかと問われれば首を傾げるところだ。
金を稼ぐために狩りながら、同時にアクィスを護る。これを熟すのはどう足掻いたって一人では無理。ならば、信頼できるものを頼ればいい、と決めたのだ。
幸いな事に昨日付き合いの長い二人に会ったばかりだし、宿も同じなので連絡も取りやすく、何かの際にアクィスを預けに行くのもやりやすい。
「ま、彼女達が同じ宿をとってくれたのは幸運だったよ。昨日会った時にはそんな気はしてたけど」
肩を竦めて零した所で、部屋にノックの音が響いた。一度アクィスに目をやってから、立ち上がり、部屋の中が見えないようにルトが扉を開ける。
部屋の外に立っていたのは、先ほど声を掛けたウツホに金髪の森人のイーシャの二人である。
「……思ったより早かったな。部屋に帰ったらちょうど起きてたりしたのか?」
「い――」
「うん、丁度起きたところにウツホが帰ってきたんだ。それで、部屋に呼んでるって聞いたから、着替えて出てきたよ」
少し驚いた様子のルトにウツホが何事か答えようとして、笑顔のイーシャが遮るように前に出た。ウツホの方を見れば何故か明後日の方に顔を向けている。
――起こしてきたのか。いや良いけど、早い方が助かるし。
内心で理解しつつもそれを口に出すほどルトは馬鹿ではない。どうぞ、と二人を招き入れる。二人が部屋に入ったところで扉を閉めて振り返れば、ベッドに座る包帯だらけのアクィスの姿に吃驚した表情をするイーシャとウツホも、二人同時にルトの方へ顔を向けたところだった。
「ルト、治療魔法掛けて上げなくていいの?」
「流石に女性をこのような状態のままにしておくのはどうかと思います。一刻も早く包帯が不要なようにしてあげるべきかと」
「いや貴殿ら、男が借りた部屋にいる包帯だらけの少女を見てその感想はどうなのだ」
二人が挙げた声にアクィスが思わずツッコミを入れた。正直な所、状況を考えて二人がルトに詰め寄る光景を若干ばかり楽しみにしていたのだが、詰め寄る理由がアクィスが期待した物とは全く異なっていたのである。
「ぁー……一応、それには理由がある。まぁ、追って話すよ。それより先に紹介していいか?」
ルトからすれば二人の反応は予想通りでありつつも、アクィスの言いたいことも否定できない。包帯だらけの少女を部屋に連れ込んでいる男を見て当たり前に『保護した』と認識し、その上で問題点を指摘するなど一般的な思考とは言い難いだろう。
とりあえず苦笑を浮かべながら、とりなすようにルトは紹介を始める事にした。
「えぇと。イーシャ、ウツホ、ベッドに座ってる包帯だらけのなんか偉そうなのがアクィスだ。アクィス、こっちの森人がイーシャで、鬼人がウツホ」
「誰が偉そうか。……イーシャ殿、ウツホ殿、アクィスと言う。どうかよろしく頼む」
「あ、うん。私がイーシャだよ、こっちこそよろしくね」
「ウツホと申します。以後よしなに」
適当な紹介ではあるが、文句をつけたのはアクィスだけである。額に手をやり溜息を吐いてから頭を下げるアクィスに、イーシャとウツホは小さく苦笑に近い笑みを浮かべて礼をした。
そして頭を上げれば、さて、とイーシャが零し。
「で、ルト。納得いく説明してくれないなら治療魔法発動させるけど?」
「気が早いなおい。……魔化しかけたののすぐ側に彼女がいたんだよ。で、魔素とか魔力が魔化の原因かもしれないって話があるだろ? それでちょっと控えてた」
「それに、見ての通り体を動かすうえではさして問題はないでな。魔法で無理に治療をすると傷が残りやすいと言う。なれば、多少不自由でも魔法無しで治したい、と私の方から申し出てな」
二人で口裏を合わせている、という訳ではない。ルトの理由もアクィスの理由も互いが魔法を使う事を言い出さなかった理由であり、使わない、と言う事は結果的に合意となっていたので話題に上る事すらなかったのだ。
「……成程。まぁ、確かに傷が残るのは嫌だよね。そんな包帯巻くような傷だったら、下手すると大きいのになりそうだもんね」
二人の理由に納得したように頷くイーシャ。ウツホからのツッコミもないことを考えて、二人共説明に理があると納得したようである。
「それで、ルト。話と言うのは彼女の護衛について、でしょうか?」
「護衛、と言うか。当分二人の狩りに混ぜて貰えないかと思ってな。こいつも連れて行きたいから」
「ん? ……ぇ、この子も狩りにつれて行くの?」
「街の中はまだ安全である……とはいえ、やはり私のような少女を一人放置して狩りに行くのは不安だそうでな。過保護だと思うのだが」
「誰が過保護だ、誰が」
苦笑と共に零された本心に近いアクィスの言葉に、ルトが不満そうな顔をする。アクィス本人はそこまで警戒しなくても、街中なら放っておかれても大丈夫だろうに、と思っていたりするのである。だが、アクィスの言葉にイーシャもウツホもただ苦笑を浮かべただけだった。
それなりに付き合いが長いのである。ルトが保護した相手に対し過保護に接するという事を、二人は実体験として知っている。
「ま、それがルトだからね、仕方ない。基本ルトが護りに付くと思って良いんだよね? あと、今日の午後からミノ狩り行くつもりだけど、聴いてるよね」
「どういういみだイーシャ。……まぁ、当然そのつもりだし、聴いてるよ。そこから混ぜて貰いたいって思ってる」
「解ってるなら私は良いよ。ウツホは?」
「そう……ですね。私も問題はありません」
あっけらかんと笑って頷くイーシャに、少し考えるも結局は頷くウツホ。そんな二人に少しばかり信じられないものを見るような目を向けてから、アクィスは仕方なさそうに眉尻を下げて息を吐いた。
「……火精は火により、水精は水によると言うが、成程。似た者同士なのであるな。済まぬが二人とも、世話になる」
「気にしないで。もし万が一があった時、誰かの責任にしたくないって言う只の我儘みたいなものなんだしね。それに相手は所詮ミノ、私やウツホはともかくルトの敵じゃないから」
「イーシャ、私達の敵だという時点で問題があると思うのですが」
頭を深く下げるアクィスへと、イーシャは笑って退け、それにウツホが突っ込むのであった。
※「火精は火により、水精は水による」……性質を同じくするものに集まりやすい、と言う事。「類は友を呼ぶ」である。
副題を「魔物狩り」→「協力」へ変更。今回で魔物狩りまで至って無かったです…。