OP:後悔は先に立たず(一の序)
星が煌く夜だった。その話をしたのは。
記憶から離れない夜。忘れたくても忘れられない、とても印象深い夜。俺が彼女と共に居られた、その一番最後の夜だった。
そもそも、彼女との出会いは突然だった。突然、俺が住んでいた村に彼女達はやって来た。
月の明りすら霞む様な輝く銀色の髪。その肌は、“透き通るような”なんて表現されるモノが現実にあるのだと初めて思うほどに白く。赤い、赤い、幼心に一番赤いと思っていた紅葉よりもなお紅い瞳。噛み千切るのに苦労しそうな肉を噛み千切るのにとても便利そうな尖った歯。
全てが全て、幼い俺には初めて見るものだった。
純白のドレスを着て。その裾をつまみ、軽く持ち上げて礼をする。その動作すらも綺麗で、綺麗過ぎて見惚れる事しかできなくて。
だけど、それを表現するための言葉も態度も知らなかった、幼い俺は。
とりあえずその少女を蹴倒した。
今から思い返せばお子様特有の照れ隠し暴力が発動したんだろうと思う。だが、当時の自分としてはなんだか良く解らない衝動に駆られるままに、その綺麗だった少女を蹴倒した。予想外だったらしい少女はそりゃぁもう綺麗に蹴倒された。実行した幼い俺もびっくりなくらいに。
二人して暫し、顔を見合わせて。少女は何事もなかったように身を起こし、立ち上がり、ドレスについた汚れを手で払ってからにっこりと笑みを浮かべて……。
……その後の事は思い出したくない。敗北の記憶と言うものはとても苦くて辛い物なのだから。
とにかく、そんな俺達が柄にもなく煌く星空を見上げていた、そんな夜だった。その話をしたのは。
「――には、むりだよ。できないよ」
「そんなことはないよ、ぼくはできる!」
ただ彼女に一方的に『できない』と言われるのが悔しくて、幼い俺は精一杯反発した。自分にはできるんだって、絶対にできるんだって。
「ほんとう? ぜったい?」
「うん、ぜったいだ!」
なぜそんなに強く主張しようと思ったのか、それは今となっては思い出せない。ただ幼くても男なのだから、見栄を張りたかっただけなのかもしれない。彼女に認めてほしかっただけなのかもしれない。
今となっては、そんな疑問も遠い。
「けーやくできる?」
「けーやくできる!」
そう、この時点でおかしいと気づいていれば。何故契約などと言い出すんだ、と気づいていれば良かったのだ。けれど、幼い俺は無知でしかなく、そして彼女は悪意無く、無邪気で。
だからこそ、手順を無視した筈のその契約は成立する。成立してしまう。
「じゃぁ、おしえる。わたしを……おんなのこを、まもりたかったら、ね。ひとりでね」
そして彼女は、心から嬉しそうに――
「どらごんだって、かれなきゃいけない」
――いくつかの条件とともに、幼い俺に死刑宣告を下す。
「そうじゃなきゃ、おんなのこをしあわせになんてできないよ」
「わかった。ぜったい、できるんだからな!」
遠く幼い自分を思い出し、しみじみと思うのだ。
無知とは罪であり、無邪気さとは残酷さなのだ、と。
それは、彼女達が……彼女と彼女の家族がいなくなる、その前夜の出来事だった。