9
ガンバレ岡野君。
『なんっでこんな…あぁもう!ばか!…好きだよ、ばか!』
さっきの牧田さんの言葉が未だに消化できない。頭の中をぐるぐるぐるぐる…ってあれ?どど、どういうことだ?落ち着け落ち着け。
さっき咄嗟に受け止めた袋に目をやる。青と白のストライプの紙袋に紺色のリボン。
少し震える手でそれを開けてみると、出てきたのはスポーツタオルとお菓子と…カード。
袋と同じく青いそのカードをどきどきしながら開いてみる。
『岡野君へ
16歳のお誕生日おめでとう。
良かったらタオル使ってください。
これからも仲良くしてくれると嬉しいです
牧田紘乃 』
しばし呆けてしまう。
誕生日。牧田さん、俺の誕生日知ってたんだ!正確には明日だけど、土曜日だから授業ないし。
ってことは、これは正真正銘牧田さんからの俺へのプレゼントってことで…。「仲良くしたい」ってのは俺がちゃんと告白できたら彼女になってくれると思っていいのかな。
さっきの「好きだ」って信じてもいい?俺も牧田さんに「好きだ」って言ってもいい?
どうしよう、顔が緩んでどうしようもない。だって牧田さんが俺のこと好きだって…くぅぅぅ。これを幸せと言わずに何と言う!!
デレデレとだらしない顔で一人教室で幸せを噛みしめる。
これが両想いってやつか……!!
しかし、牧田さんからのサプライズに狂喜乱舞したのもつかの間、俺は絶望のどん底に落ちることとなる。
「淳哉、何やってんの?」
他でもない橘によって。
「ああ、牧田さんちゃんとお前に渡せたんだ。それで?「好きです」とか言われちゃった?それともお前から?あーあ、いいよなー初々しい彼女。…ところで牧田さんは??なんで一緒じゃないわけ。」
………ちょーっと待て。そうだよ、牧田さんは俺の前からとっくにいなくなってるんだよ。
浮かれてる場合じゃなかった…そういえば、さっきの牧田さんとのやり取りで、決定的な失敗はなかっただろうか。できればなかったことにしたいくらいの大失言が。
(只今記憶を整理しております。しばしお待ちください。)
『牧田さんの好きなやつって橘なの?』
『牧田さんじゃ無理だって。さっさと諦めた方がいいんじゃない?』
『相手にされないんじゃ虚しいだけだよね。』
『さっさと諦めればいーのに。橘が牧田さんのこと好きになる可能性なんてゼロだよ、ゼロ!』
…………何やらかしちゃってんの、俺?!勘違いして橘に嫉妬してたとしても、これは好きな子に言う言葉じゃない。例え牧田さんが俺のこと好きだったとしても、もしかしたらさっきの暴言のせいで「ええー岡野君ってそんな人だったんだー、ゲンメツー」みたいなことになっちゃってるかも…。
あまりの俺の顔色の悪さに、橘も状況を察したらしい。
「お前が牧田さんに何したのかは知らないけど、さっさと謝ってこいよ。」
俺が悪いのは決定なんだな。いや、間違っちゃいないけど。
「ついでに告ってお情けで彼氏にしてもらえば?たぶん…牧田さん、お前のことずっと好きだったよ。」
+:+:+:+:+:+
橘との会話のあと、とりあえず学校を飛び出した俺は駅に向かった。今日ほど電車が来るのを遅く感じた日はなかったと思う。
そして今、俺の目の前には牧田さんの家があるマンション。まさかこんなタイミングでの初訪問とは予想もしていなかったが、確実に牧田さんと話をするためには仕方ない。
震える指で五階の部屋番号を押す。ピンポーンという音がエントランスに響き、これ以上ないくらい緊張してきた。牧田さん、俺と話してくれるかな。まだ嫌われてないといいけど…。
「…はい、どちら様ですか。」
いた!牧田さんだ!
「あ、あの!俺、岡野ですけど!」
え、と小さく呟く声が聞こえて、まさか俺が牧田さんを追いかけてくるなんて思ってなかっただろうな、と苦笑する。
「さっきのこと謝りたくて。あと、少し話したいことがあるんだけど、時間もらえないかな?」
+:+:+:+:+:+
場所は変わってマンション裏の公園。まだ外は明るいというのに、公園にはまったく人影がない。
俺の目の前で落ち着かない様子で俯く牧田さんをじっと見る。
ちゃんと誤解を解こう。そして気持ちを伝えたい。
「牧田さん、さっきはひどいこと言ってごめん。本当はあんなこと思ってないんだ。ただ、あの時はちょっとおかしかったというか…。」
ダメダメ!これじゃ言い訳じゃん!
「あー、そうじゃなくって!俺、橘に嫉妬した。牧田さんに笑ってもらえてプレゼントみたいのもらってるから、なんで俺じゃないんだってすごく悔しかった。あいつは俺より恰好いいし性格もいいから、牧田さんもそういう男がいいのかって落ち込んだ反動で牧田さんのこと傷つけた。謝ってももう遅いかもしれないけど、ちゃんと言わせてほしい。」
いつの間にか顔を上げた牧田さんが、俺のことをじっと見つめている。
「さっき言ったことは全部嘘だから。ひどいこと言ってごめんなさい。俺は―――ずっと前から、中学の時から牧田さんが好きです。」
漸く言えた。ずっと言えなかった俺の気持ち。
もう遅いかな?怖くて牧田さんのことを直視できないや。ほんと俺って小心者…。
「…私だって。私も中学の時から岡野君のことが好き。」
その時、恐る恐るというのか、囁くような声で牧田さんが言った。俺のこと「好き」って言った!!
バッと牧田さんの顔を見ると、少し潤んだ瞳と可愛らしい笑顔を浮かべて俺を見つめている。
か わ い い
何これ。鼻血出そうなくらい可愛いんですけど。今すぐ抱きしめてほっぺとひざこぞうすりすりしちゃいたいくらい可愛いんですけど。唇が腫れるまで延々とキスしたいくらい可愛いんですけど。
なーんて煩悩丸出しの欲求を必死で抑える。
でもさ、両想いなんだって実感すると、なんかこう…鼻の奥からこみあげてくる何かがね、うん。あるよね。鼻血ではないけど好きな子にはあんまり見られたくないようなやつが。
あーすげえかっこわりい。ずっと好きだった子と両想いだって分かって、嬉しすぎてボロ泣きとか、俺すげえ女々しいじゃん。ああほら、牧田さんがおろおろしてるよ。普通立場逆じゃね?
でも止まんねえ!まだまだ伝えたいこといっぱいあるのに!
「牧田さんが好き。すげえ好き。大好き。」
「……!うん。ありがとう、私も好きだよ。」
「好きなんだよ、ずーっと。ずっと言いたかったけど勇気出なくて…。」
「わ、分かったからもう泣かないで、ね?」
「もう嫌われたと思った。ダメかと思った…ほんとごめんな。」
「気にしてないから!ほんと大丈夫だから!」
「俺の彼女になってくれる?こんな頼りないやつじゃダメ?」
「めめめっそうもない!私こそ彼女にしてくれる?」
「うん…ずっと俺のこと好きでいて。俺も大事にするから…紘乃。」
「………はい!一緒にいようね。……淳哉くん。」
「(名前呼んでくれた!)………キスしたい。いい?」
「えぇっ!それはまだ無理ですごめんなさいぃ!!」
「………えー。じゃあぎゅうさせて。」
小さい子みたいに我儘言って、大好きな彼女の柔らかさを思う存分堪能させてもらったあと、手を繋いでベンチに座って今までのことをいろいろ白状した。何をって、牧田さんの周りの男共に嫉妬してばっかりだったってことだけど、それを聞いた牧田さんはめちゃくちゃ笑ってた。彼女曰く「なにそれー!ありえない!」ってすごくびっくりしてた。
折角家が近いんだし、と半ば強引に朝練のない日とお互い部活のない放課後の登下校を一緒にすることを決め、ついでに調理部で作ったものは全部俺がもらうってことも許してもらった。
ああ、彼氏彼女ってすごいな。俺だけの牧田さん…にやにやが治まらない。
まだまだ話したいことはいっぱいあるし、一緒にいたいけどそろそろ帰らないと親御さんも心配するよな、と最後にぎゅっと抱きしめ、名残惜しいけど「帰ろうか」と立ち上がる。その時さりげなく牧田さんのひざこぞうを撫でたのには…気付かれてないよな?
――――――――ぽろりとこぼれた雫が、とてもきれいだと思った。
もうだめだと家へ逃げ帰った数時間前には想像もできなかった光景が広がっている。
好きだと、私のことが好きだと泣きながら訴える彼が愛おしい。
彼が好きだと言うのと同じくらいの好きを返したい。返すというか、伝えると言えばいいのか。
もう私のことなんて何とも思っていないと諦めていた人からの、突然の告白。まさか玉砕覚悟で挑んだプレゼントがこうも上手く作用するとは思ってもみなかったけど。ただただ、気持ちが通じ合ったのが嬉しい。
ずっと好きでいてだって。知らないんだ、私がどれだけあなたを好きでいたかなんて――――――――。