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あの奇跡の体育祭から一ヶ月、俺と牧田さんは、その距離を着々と縮めている(と信じたい)。朝の挨拶にはその後の雑談がプラスされ、勇気を出して教室移動中の牧田さんに手を振ってみたら振り返してくれたり(最初は他の奴に振ったと勘違いしてシカトされそうだったけど)、偶然部活帰りに会ったら一緒に帰るとか(橘や他の同じ駅の人もいるけど)、とにかく少しでもいいから接点を持とうと必死だった。
今までろくに話したこともないし、だったら俺のこと知ってもらうチャンスと思って頑張ってみた。その甲斐あって、最近じゃ牧田さんが笑顔を見せてくれることも多くなったように思う。嬉しすぎる…。
仲のいいやつには、俺が牧田さんを好きなんてことはバレバレで、クラスでも部活でもからかわれることが増えたが、全然気にならない。ああでも、牧田さんには自分ではっきり言いたいから、彼女には知られない程度でお願いしたい。
最近の俺の楽しみは、体育祭のときの牧田さんとのツーショット写真を眺めることだ。言っとくが盗撮じゃないからな。普通に学校で売り出されたやつを買ったんだ!
ぎゅっと目をつむって俺にしがみつく牧田さん…思い返しただけで体が熱くなる。今でも忘れられない。すべすべの足とふんわり香るシャンプーのにおい。…牧田さんごめん、こんな変態で。
…気を取り直して。
その日も俺は朝から電車で例の写真を見てにやにやしていた(ちなみにこれは定期入れに入れてある。もう一枚俺の部屋にもあるけど)。地元の駅から学校までは二回乗り換えがある。その二本目の電車で事件は起こったのだ。
朝からダイヤが乱れて、普段よりぎゅうぎゅう詰めだった車内。大きなカーブに差し掛かり、運悪くドアの前にいた俺は、他の乗客の重みで押しつぶされていた。あーあ、今日はツイてない、なんて考えていた時だった。「ひゃっ」という女の子の声が聞こえ、俺の牧田さんレーダーが反応した!
ぐるっと首を回してみると…いた!一つ横のドアのところに牧田さんが。なんでさっき気付かなかったんだ、俺!乗り換え駅で牧田さんに気付いていたら同じところに乗ったのに。
暢気に次の駅で移動するか?なんて考えていた時だった…俺はまたしても信じられない光景を目撃することになる。
なぜ!なぜ牧田さんが(俺じゃない)男に抱き寄せられているのか?!
あれ、おかしいな。牧田さんに彼氏がいないことは数日前にさりげなく確認したのに(好きな男がいることは忘れることにした)。その数日の間にできちゃった?もしかしてそいつが片思いの相手?
考えれば考えるほど血の気が引いていく。俺、また勘違いしてる?いやいや、あの牧田さんが好きでもない男に大人しく触られているとは考えにくい。…ってことは、やっぱりそうなのか?
じーーーっと二人を見つめていれば、またしてもカーブに差し掛かり密着する牧田さん達。やめろ。やめてくれ。俺の中の何かが確実に減っていく。
「紘ちゃん大丈夫?」
「うん、駿君が支えてくれてるから平気。」
かぁーーーーーっ!!やめろぉーーーーーー!!
満員電車で支えるのはまだ許そう(牧田さんが怪我でもしたら大変だからな)。だがしかし、俺の牧田さんを「ひろちゃん」呼びだと…。俺なんていつ名前呼びしようか機会を窺っては撃沈しているというのに!しかも牧田さんの方も、認めたくはないが男に安心して寄りかかっている気がする。今すぐ立場を変わってほしい。俺も牧田さんにさわりた…ごほん。
その後も二人のことを観察していて気が付いた。あの男、俺と同じくらいかと思いきや、中学生らしい。スクールバッグに「junior high school」って書いてあるし。
なんだ中学生か。牧田さん、中学生なんて子供だよ?確かにそいつは大人っぽい雰囲気だけど、絶対俺の方がお得だって!
ああもう、どうしたら牧田さんに俺のこと見てもらえるんだろう…。
そんな弱気な俺を尻目に、まだ二人の仲良しトークは続いていく。
「今度いつうち来る?母さんたちも待ってるってさ。」
「うーん、じゃあ来月かなあ?今度はおみやげ何がいい?いつもお菓子じゃワンパターンだよね。」
「紘ちゃんの作ったのなら食べるよ。そうだ、アレ出来たから見てよ。俺の部屋に飾ってあるから。」
「ホント?!見たい!絶対行く!」
おいこのガキ。なにあっさりと牧田さんを家に誘ってんだよ。しかも「俺の部屋」だと?
牧田さん、男の部屋にのこのこ上がり込むなんて危険すぎるよ!考え直して!!家族も楽しみにしてる的なこと言って、実際行ったら家に二人きりなんだよ。男は獣なんだからね?牧田さん、見るからに非力そうだし、あっという間にぱくりだよ?俺ならそんなチャンス絶対逃さない。ってことはその男だって同じだからな!
ああ、どうしよう。このままじゃ牧田さんが…牧田さんが!!
迂闊な俺は牧田さんのことで頭がいっぱいで、横に八組のマドンナ的な女子がいることにも気が付かなかった。それを牧田さんに見られて新しい彼女ができたと勘違いされているとも知らずに…。
あーあ、早く次の駅に着かないかな。
朝のラッシュ時、珍しく乗り換え駅で会ったいとこの駿君と登校中。学校は違うけど、同じ沿線なんだよね。
とにかくさっきからカーブの度に駿君に寄りかかってるのが申し訳ない。重いだろうに、それを微塵も表情に出さずにいるいとこに尊敬の念すら覚える。中学生とはいえ、やっぱり男の子なんだなー。姉みたいな私としては大きくなっちゃって少し寂しい。
はあ、小さい頃から仲が良いいとこだったらこんな風に気負わずに話せるのに。これが他の男の子になると途端に緊張しちゃうんだもんな。
最近岡野君がよく話しかけてくれる。すごく嬉しいけど、いつものぼせた様にふわふわした感じが抜けなくて、ちゃんと受け答えできてるのか不安で仕方ない。でも岡野君と話すのは楽しい。それが大した話題でなくても。
もっと岡野君と仲良くなりたい。今日は私から「おはよう」って言ってみようかな。
そういえば、駿君が電車を降りるとき「まだダメだな。」って呟いてたのは何だったんだろう?