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岡野君に飴をあげようの回。
六月の第一水曜日。今日は体育祭だ。
天気は曇り。気温も湿度も運動にはちょうどいい、絶好の体育祭日和!これは張り切って牧田さんにいいとこ見せるチャンス!
うちの高校は、赤青白緑の四つのチームに学年二クラスずつが振り分けられ、さらに三学年合同となる。つまり一チームにつき六クラスってこと。俺は白だった。そして牧田さんは緑。体育は隣り合わせのクラスと合同だから、ばらばらに組まされる体育祭に期待してたのに…。
ああ、今日も牧田さんは可愛い。高校に入ってから初めて見るジャージ姿…目に焼き付けておこう。学年カラーの青ジャージを羽織り、ハーフパンツから覗くひざこぞう。マジでありがとう、ハーフパンツ。対して俺の格好。下は学生服、上は裸に襷。それと白いハチマキ。これが我が校の応援団スタイル(男子)だ。応援団はクラスの三分の一くらいの人数が各クラスから出されるから、俺みたいに(見た目)チャラそうなやつはだいたい駆り出される。ちなみに女子はチームカラーにちなんだ衣装。白団はウェディングドレスをイメージした(ただしミニ丈)なかなかに凝ったデザインである。個人的には緑団のティンカーベルが好きだけど。
応援団の女子の衣装はミニばっかりで、ある意味パラダイスだ。ただ、俺には牧田さんがいるからな。そうそう目移りなんて…すみません、ちょっとだけしちゃいました。だって男の子だもーん。
ああ、牧田さんがあの衣装着たら絶対可愛い。でも他の男に見せるのも嫌だから、俺の脳内だけで楽しませてもらおう、うん。
ここで疑問に思う人もいるかもしれない。「牧田さんには好きな人がいるから諦めるんじゃないのか?」って。
俺もそれは当然考えた。そして考えた結果、絶対に諦めない!むしろ諦められない!という結論が出た。だって好きな人がいるくらいで忘れられるんなら、とっくにそうしてるだろ。俺は絶対に牧田さんを諦められない。粘着質?そんくらい自覚あるし。
今までは何一つ行動できなかった。だから少しでも頑張ってみようかなーなんて。橘曰く「やけっぱちで開き直りすぎて、逆に吹っ切れた感じ」だそうだ。小さいことからこつこつと。この言葉を俺は毎日心の中で唱えている。
最近の俺は、朝練が終わると橘と八組に行く。そして廊下のロッカー前で話をしつつ、登校してくる牧田さんを待つ。牧田さんが教室に入るあたりで「牧田さんおはよう」と挨拶する。
どうだこの完璧な「一人あいさつ週間」計画は!
だがしかし悲しいかな、この後の会話はない。「おはよう、岡野君」と返してくれる牧田さんの可愛さに内心身悶えて頭が真っ白になってしまうからだ。しかしこの二週間程、すこぶる体調がいい。これも牧田さんのおかげに違いない。
そして今日。体育祭の熱気の力を借りて、必ずや挨拶以上の会話をしてみせる!と周囲とは違った興奮で鼻息を荒くする俺なのだった。
体育祭のプログラムは着々と進み、(俺的に)今日のメインイベントがやってきた。
借り者競争である。
この競技は全学年の男子(各クラス五人)が出場し、名前の通り「人」を借りる。そしてその対象はほとんどが女子となっている。たとえば「吹奏楽部の人」とか「同じ中学の人」みたいに。そこに「女子」とは書かれていなくても、出るのが男なだけに、女子を連れてくる人が圧倒的に多いらしい。ちなみにはずれは「数学教師(男しかいない)」「ラグビー部顧問(男)」だとか。絶対当たりたくねえ…。
ランナーはスタートから二十メートルほど走り、「借り者」の書かれた紙を取る。うまく「借り者」を見つけられたら、手を繋いで障害物を乗り越える。そして最後の三十メートル、「借り者」を抱き上げて走ってゴールとなる。俺が意気込むのもお分かりいただけるだろうか。この競技を考えたのは間違いなく男だろう。しかし俺はそいつに言いたい。グッジョブ!!
いよいよ選手入場となり、さりげなく牧田さんを探しておく。現在の牧田さん、クラスの定位置で友達と話しているのを確認。服装、青ジャージ・ハーフパンツ・ピンクのラインの入ったスニーカー・ゆるゆるみつあみ・手首にハチマキ・かわいい膝。よし、完璧に把握した。これで何かしら牧田さんに合致するお題を引けばこっちのもんだ!
スタートラインに並び、先にあるお題の紙を凝視する。どれだ、どれが正解だ。神様仏様ご先祖様。どうか俺に光を!!
はっとした時にはピストルの音が聞こえた後だった。しまった出遅れた!
急いで走り出すが、すでに紙は最後の一枚だった。残り物には福がある!どうだ!
「三つ編みの女子」
ぃよっしゃああああああ!!マジ誰でもいいけどありがとう!!
ダッシュで牧田さんのクラス席へ向かう。俺の鬼気迫る勢いにびっくりしている牧田さんの手を掴み、「一緒に来て!」と走り出す。やべーよ、俺今牧田さんと手繋いじゃってるよ。
他のやつらがまごまごしているのを尻目に、俺たちは網くぐり、ハードル、トランポリンを難なくこなしていく。マジこれすごくね?息ぴったりってこのことじゃね?
そしてごほうびイベント。牧田さんとハグ!…違った、牧田さんを抱き上げてゴールへ!
もうこの辺りから意識が朦朧としていてよく覚えていない。ただ、彼女を姫だっこして走っていたら、牧田さんから俺の首に手を回してくれていた気がするが…それは都合のいい妄想だったのだろうか。そしてゴールしてしばらく息が整うまで牧田さんを抱っこしたままだった気がするのも、きっと俺の夢だったに違いない。きっとそうだ。
今なら俺、幸せで死ねるかもしれない。
すごかった。まだ動悸がおさまらない。夢みたい。それくらい現実味がなかった。
楽しみだった体育祭。残念ながら団は違ったけど、応援団姿の岡野君を見るのがすごく待ち遠しかった。
実際に見た岡野君は、想像以上にかっこよくて、引き締まった上半身にクラクラしてしまった。これじゃ痴女だよ…。でもそう思ってるのは私だけじゃないはず。現に私の友達も「あの人かっこいい!」とか応援団の人をチェックしてたから。
そしてあの借り者競争。まさか岡野君とあんなに近付けるなんて夢にも思ってなかった。
「牧田さん!」って岡野君が呼んだときは、何かの間違いじゃないかと思った。でも岡野君は私の手をぎゅっと握って、「一緒に来て!」って。短い障害物コースだけど、すごく楽しかった。一緒にぴょんぴょん跳んだり、支えてくれたり。その間もずっと手を握ってくれていた岡野君。今思い返してもドキドキする。
最後のお姫様抱っこは本当に心臓が飛び出るんじゃないかって思うくらいときめいた。他の人たちが障害物を抜け出す前に抱っこのスタートラインに立ったから、少し余裕があった私たち。だけど気付いたらぐいっと視界が回って、上には岡野君の顔が!私の肩とひざ裏に回した手をさらにぐっと引きよせて、「よっしゃああああ!」と気合を入れて走り出した。その勢いといったら…まるで猪のようだった(友人談)。あれ?前に走った人たち、こんなに早くなかったよね?もっとよたよたまでは行かないまでも、ゆっくりだったよね?
予想外の怖さに思わず岡野君の首にしがみついてしまった。いや、その時は必死であんまり覚えてないんだけど。
岡野君の爆走のおかげで見事一位になれたのも嬉しかったけど、そのあとに「牧田さんのおかげ!ありがと!」って満面の笑みで岡野君にお礼を言われたのが嬉しかったな。うん、一番頑張ったのは岡野君だけど。