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がんばれ岡野君。君の幸せはまだまだ遠い。
あの敗走から一年、俺は大きな問題に直面していた。志望校の選択という大問題に。
その前に、牧田さんと杉崎の話をしておこう。
どうやら二人は付き合っていないようだった。というか、杉崎と付き合っていたのは江川さんだということが分かった。恥ずかしがり屋の二人は一年もの間周囲に隠し通し、知っていたのは二人と親しい数人だけだったらしい。
一年前の俺って何だったんだ。
牧田さんが杉崎と付き合っているならと好きでもない女と付き合い、その後も二人の仲の良さそうな様子を時々見かけては悔しい思いをして過ごしていた俺。中学を卒業すれば会うこともなくなって、この不毛な恋心も捨てられると思っていた。…そっか、牧田さん彼氏いなかったんだ。こっちは二人も彼女が変わったっていうのに。
しかし逆に考えれば、今度こそチャンスじゃないか?
残念ながら三年になってクラスは離れてしまったが、誰がどんな高校を受験するかというのは結構聞こえてくるもんだ。しかも俺と牧田さんは同じくらいの成績なので、たまたま志望校が被ることだって十分あり得る話だ。しかも噂によれば、牧田さんは推薦で進学先が決まりそうだという。その高校は共学だ。女子校じゃなくて本当に良かった。
というわけで、俺は今度こそバラ色の学生生活を送るために、受験勉強を頑張った。疲れた時には牧田さんの写真を見て癒され(修学旅行の写真をこっそり買っておいた)、さぼりたくなった時には高校生になった牧田さんと一緒に歩く姿(もちろん俺の好きな膝が見える制服姿)を想像した。
そして二月、努力の甲斐あって俺は無事牧田さんと同じ高校に合格し、あとは卒業を待つのみとなった。ああバレンタイン?受験生にはそんな行事関係ないのだ。周囲には公立も受験すると話していたので(公立の受験日は二月の後半)、受けるからにはと気を抜かず勉強に励んでいたからな。きっとそんな俺を牧田さんも褒めてくれるだろう。
桜の蕾もふくらみ、授業もあらかた終了し卒業式の練習が始まった頃、俺はいかにロマンティックに告白しようかと計画を膨らませていた。天気予報によれば、卒業式の日は桜が満開になるはずだ。学校横の公園の大きな桜の木の下、そこで牧田さんに告白しよう。
ひらひらと舞い落ちる桜の花びら、その下に佇む桜色に頬を染めた牧田さん…完璧だ。完璧すぎて自分が怖い。
卒業式当日。(いろんな意味で)待ちに待った日だ。登校してからは友人たちと別れを惜しみ、とりあえず呼ばれるままに写真を撮ったり、誰もが寂しさと希望を目に映している。俺もどこか浮ついた気分のまま、式の間もちらちらと牧田さんの姿を盗み見てはこの後のことが頭から離れなかった。
漸く長い式が終わり、教室に戻って担任から最後の挨拶があり、友人たちと高校行っても遊ぼうな!なんて言いながら昇降口を出る。外には下級生たちがアーチを作っていて、少しくすぐったい気持ちでそこを通った。
牧田さんは…いた!うちのクラスのあとに牧田さんのクラスが出てきたようで、女子数人と固まって何か話している。もう中学最後の日だし、堂々と話しかけてみてもいいよな。
その時だった。「岡野せんぱーい!卒業おめでとうございます!」…サッカー部の後輩に囲まれた。お前ら嬉しいけど今はだめだ。おい、男にボタンを渡す気はねえ!これは全部牧田さんにあげ…ごほん。ああ?「お別れサッカー」だと?そんなことやってたら牧田さんが帰っちまうだろ!
はっとして牧田さんの方を見てみれば、家庭科の先生や友達と楽しそうに会話している。…少しなら大丈夫か?
だけどその少しがいけなかった。思いのほか盛り上がった卒業生vs在校生の試合(ただし制服のまま)に時間を忘れ、気付いた時には牧田さんが正門を出ていくところだった。しまった!
「ちょっと抜ける!」と近くにいた後輩に断り、走って牧田さんの後姿を追う。「牧田さん!」と声をかけようとしたその瞬間――――
「紘乃ー!」
またしても彼女を呼ぶ男の声が。なぜだなぜなんだ。今度はどこのどいつだ!
そう思って男の方を見ると、そこにいたのは大学生くらいの背の高いやつだった。…くそ、ちょっとでかいからって調子に乗りやがって。俺だってまだ成長期が来てないだけなんだからな。
しかもその男は、大きな花束を牧田さんに差し出し「卒業おめでとう」などとのたまった。ほんとに何なんだよお前。牧田さんは俺が声掛けようとしてたんだぞ。お前はお呼びじゃない。
だけどまたしても恋の神様は俺に無情だった。
あろうことか牧田さんが…甘えるように男の服を掴んで「ありがとう」と可愛い笑顔を向けていたのだ!
あああああああああああ!!!!ふざけんなーーーー!!!!
茫然と二人の後ろ姿を見送るしかなかった(しかも車で去って行った。大人の余裕ってやつ?)
そうして、またしても負け犬となった俺は、わざわざ俺を追いかけてきたという後輩から告白されて付き合うことになった。桜の木の下で佇む先輩がなんだか儚くて、思わずスキって言っちゃいました、とか言われたのにはもう笑うしかなかった。
―――――――卒業しちゃったな。
いとこの佑輔お兄ちゃんの車の助手席に乗り、考えるのはやっぱり彼のこと。
話しかけてみようと思っても勇気が足りず、いつも後悔してばかりだった。でも、どうやら嬉しいことに同じ高校らしいから、今度は少しでも仲良くなれたらいいな。
それにしても偶然ってすごい。てっきり中学卒業したら会えないと思っていたのに、また同じ学校に通えるなんて。あの時この高校を薦めてくれた先生ありがとう。
今日はこれから家族と親戚が集まって、私の卒業を祝ってくれるのだ。短いようで長かった三年間、でもいろいろ楽しかった。
私の恋はまだ叶いそうにないけど、でも好きになれて良かった。
卒業おめでとう。