#2 ホームルーム
ユリと別れた後、駅の外に出た葉月はなにもすることがなくなって、ふと空を見上げた。
「ほお」
そんな声が出るくらい、美しい夕焼け空であった。
北の空の紅色と南の空の紫色が、ちょうど真上で混じりあい、雲はその色を携えてどこかへ流れていく。
カメラがあれば撮りたかった。
ほんのすこし顔をあげて家に帰る道を行く。遠くの山の稜線が金色にひかっていた。
(明日もいいことがあるかな)
幸せが心に沁みてゆく。
「おはよう」
「おはよう」
ユリは葉月にすこしだけ微笑む。
そして時間割を出して、金曜日の時間割をチェックした。
「今日はHRがあるよ。何をするのかな?」
「きっと散歩するんじゃないの?いつもそうだよ」
「え、この学校ではホームルームに散歩するの?」
不思議そうなユリに、葉月は得意げに教えた。
「そうだよ!冬以外はだいたいね。流水山と青桐山が見えるでしょ、ほら‥あの山」
「この山が流水山、右が青桐山・・?」
ユリは山を指差して訊いてきた。
「うん。あの奥から、春になるととてもいい匂いの風がくるんだ。あの奥に行ってみたいけど、
大きな岩とかがごろごろ転がってて立ち入り禁止なんだよね。・・って、そうじゃなくて。」
葉月は一息おいて言葉を続けた。
「いつもね、この2つの山の前に流れてる小川のほとりに行くんだ。今日もそうじゃないかな」
「ふうん」
ユリは興味深そうに頷いた。
「ねえ、リリィ。一緒に行こうよ」
「やだぁ、私のことリリィって呼ぶの?・・いや、別にいいんだけどね」
ユリはちょっと反抗的だった。葉月は反論する。
「だってさ、きのういろいろ考えたんだよ〜。『ユリリン』とか『ユン』とか」
「ユリリンはなんだかぶりっ子みたいだし、ユンは言いにくいわ」
「だからリリィになった。いいじゃん魔法使いみたいで」
「そうね」
ユリは苦笑してやむなく承諾した。反論の余地は無い。
7時限目。先生は思ったとおり散歩に行こうと言った。
「それよりはやく帰せ〜!」
という男子達をなだめて、思惑通り川のほとりへやってきた。
「ユリさん」
皆瀬先生はやさしい笑顔でリリィに声をかけた。
まだ若い先生は親しみやすい。
「何ですか?」
「よかったら、このあたりの話でもしましょうか」
頷くリリィ。
「左の山は<流水山>って言うの。あの山から出る地下水は大地を潤すのよ」
私も黙って先生に近づいて話を聞いた。石投げが下手くそなので、その分賢くなりたいと思ったからだ。
「じゃあ、あの山の水は青桐町に住む人達の命の糧なんですね」
「いいえ、実は違うのよ」
皆瀬先生は声をひそめた。
「青桐町に住む人達は、青桐山とあわせて流水山も所有していると思い込んでいたの。
でもそれは勘違いで、青桐山は確かに持っていたんだけど、流水山は誰のものでもなかったの」
「じゃあ先生、秋原町のひとにとられちゃったの?」
うっかり口を出してしまった。先生はいつのまにかいた私に驚いたが、
すぐ答えをくれた。
「ええ。こっちにしてみれば惜しい話よね。青桐山に生える桐を流水山の名水で
育てれば間違いなく、青桐町は日本一の桐を生産できたはずなのに」
HRが終わると、先生はそのまま生徒を帰した。
いつものように土手を二人並んで歩く。
「ねえ葉月」
「なあに?」
「あの二つの山の谷間を行ったら、何があるのかを知ってる?」
私はふと山のすそを見た。大きな岩がごろごろころがっていて危ない感じがする。
「さぁ、わかんないなぁ。だから行ってみたいんだけどね」
「遠足とかで行かないのかしら」
「行くわけないよ、だって危なすぎるもん。始終、岩がごろごろやってるんだよ」
とんでもない、という風に首をすくめる。
「じゃあ、来週先生に聞いてみようかしら」
「うん、そうしよう」
少し残念だった。だって答えは自分で見つけたかったから。
(ま、いっか。どうせ行けないんだし)
諦め半分でのびをする。
川面には枯れたような桜の花びらが一枚二枚うかんでいるだけで、寂しくなる。
足元の昼顔の蔦を15センチくらい折って、水面に投げた。昼顔は涼しげに水の中で浮かんだり沈んだりを繰り返しながら、
ずっと川下の方へ流れていった。
「そういえばね、私葉月のことは葉月って呼ぶわ」
「うん?」
「ハヅって呼ばないよ。なんだか軽々しすぎて」
リリィはちょっと真剣みを帯びていた。
「いいよ。リリィだけ呼び捨てにしたって」
少々皮肉が混じってしまったような気がする。
「呼び捨てにするなんて、そんなつもりないのに」
ユリは眉をひそめた。
「あ、いや、ごめんね?別に名前のまま呼ばれるのが嫌なんじゃなくて。リリィだけ、
特別に呼んでくれるんだなぁと思って」
「よかった」
慌てて弁解したけれど、ユリは納得してくれたようだった。
「明日、またね」
大きく手を振るユリの影が、紅い地面に大きくのびた。
やたら会話の多いシーンです(^^;
次から物語が動き出します。きっと。
(今回は短めだったかな)