#1 プロローグ
流水山のふもとと青桐山のふもとが重なってる、着物のすそみたいに。
確か流水山が後ろだと思う。だから前からはじまっているのは青桐山のはずだ。
春になると、この二つの山のあいだからふうわりと花の香りをふくんだ心地よい風がやってくる。
風のくるしるしは、山の前を流れる小川がひだのような波をこちらにむけてたてること。
私は立ち上がって、ぴかぴかひかっている教室のガラス窓をあけた。
いいタイミングで、風がはいってきた。ほのかな匂いが、教室中にぱぁぁっとひろがる。
見えないけど、ピンク色してるんじゃないかな?この風。
「新原さん、勝手に立っちゃいけませんよ」
担任の皆瀬先生が、私にむかって注意した。
「はい、ごめんなさい」
素直に謝って、窓側の自分の席に着席した。
でも、<風のくるしるし>が見えたら、春の間中はいつでも窓を開けるつもりだ。
「さて」
皆瀬先生が一呼吸置いて、笑顔をつくる。
「今日から、この学年の新しい一員になる子がいます」
すると、みんながざわめきはじめた。
その子が女子か男子か、どんな顔の子か。
廊下側の席にいた男の子、狭山君が窓から廊下に首をつきだして、どんな子か見ようとした。
「おい狭山、見えたか。美人か、ブスか」
野太い声で、私の隣の大石君が聞く。
狭山君はしばらくの間、頭をぐるぐるさせていたけれど、あるとき頭を慎重にさげた。
礼をしているようだった。そしてすかさず首を引っ込めて、
「すっごい美人な女の子だぞぅ!」と叫んだ。
男子はおぉ〜と歓声をあげた。ほぼ全員。
皆瀬先生はにこにこ微笑みながら、その一部始終を見ていた。
ざわめきが一段落すると、皆瀬先生は新しい女の子を教室に入れた。
そして耳元で何かささやいて、教壇の上に立たせる。
真っ赤になっていた女の子はうつむいていたけれど、やがてゆっくり顔をあげて自己紹介をはじめた。
「あ・・青葉市から来ました、ヤマベユリといいます。よろしくおねがいします。」
大石君が尋ねる。
「先生、ヤマベさんとはどういう字をかくんだ」
「山に、辺境の辺、名前はカタカナでユリさんです」
と言いながら、黒板にさらさらと“山辺ユリ”と書いた。
そして先生は、山辺さんを窓側の一番後ろの席にあてがう。
何の気なしに振り返ってみると、山辺ユリさんは縮こまっていてなんだか痛々しく見えた。
いつのまにか大石君もユリさんの方を見ていて、「真っ赤なかたまりみたいだ」と大きい声で
言った。みんながクスクス笑うと、ユリさんはこれ以上に無いくらい小さくなった。
あんまりかわいそうなので、大石の背中を思いっきりぶった。
それくらいしてもばちは当たらない。
授業中。
私は山辺さんのほうを振り返ってみようと何度も思った。
だけど、これ以上緊張させたら学校に来れなくなってしまうかもしれない。だから休み時間まで待とうと思った。
しかし無神経な男子たちは、しょっちゅうどころか、黒板より山辺さんのほうを見ていた。
真面目なら人ならいいんだけど、大石君とかの、もうでくのぼうのかたまりはどうしようもなくて、ずっとやきもきしていた。
なんでこんなにドキドキするかといえば、実は私も転入生だからだった。
一年半くらい前のことだったけど、いろんな人の無骨な視線が痛かったのを覚えてる。
まぁすぐに馴染めたからよかったけど、ユリさんは大丈夫だろうか?ちょっと華奢な感じがするし。
学校が終わると、みんなは元気に校舎を飛び出していく。
川沿いには小さな土手があって、学校から帰る子はまず土手にあがり、左右に分かれて帰っていく。
土手の両側には昼顔がもうもうと這っていて、学校側に生えた昼顔はどんどん校庭を侵食しているみたいに見える。
私は密かに、山辺さんと同じ方向だといいな、と思っていた。
私の帰る方向は左。
山辺さんは左に折れた。
左の方角は駅の方向で、賑わっている。
右はスーパーがある程度で、住宅がほとんどだ。
ちょっと嬉しくなって、山辺さんのあとを追った。
「山辺さん!」
ユリさんは驚いたみたいに振り返った。
肩の真ん中までのびて、髪先にふんわりパーマのかかった髪がゆれる。
「・・新原さん?」
「そうだよ」
私と山辺さんは自然と横に並んで歩き出した。
「お名前は何ていうの?」
ユリさんが聞いてきた。
「葉月。8月生まれだから」
旧暦の読み方でいうと、8月は葉月になる。
簡単すぎて、嫌なくらいだ。
「覚えやすくていいね。名前で誕生月も分るから」
「そう?」
なんだかすねたようになってしまった。
川面には桜の花びらが流れていく。
川の流れが緩やかでせまい場所では、花びらがさくをつくったようにつまっている。
すっかり見とれてると、うっかり夕顔の蔓に足を引っかけてこけた。
「私ってばよくこけるんだよね」
恥かしさを誤魔化す。
「フフ、そうなの?」
土手をずっと行くと、緩やかな坂がある。
この坂を真直ぐ行くと駅のロータリーに通じてるんだけど。
「ユリさんの家はどこら辺にあるの?」
「私の家は、ここの駅から山奥のほうにひとついったところにあるんだ。」
それから、前住んでいた場所の話とかしながら駅へ向う。
なかなか馬が合ったから、いい友達になれるかな、と思った。
それを言おうと思ったけど、それを言うとなんだか変なのでやめとく。
話が弾んで、いつのまにか駅の改札まで来ていた。
「じゃあね。また明日」
「ばいばい」
ユリさんは歩き出すけど、あるときくるりと振り返る。
「あしたから葉月ちゃんって呼んでいい?」
思わずクスクス笑い出しちゃう。
「だれも葉月ちゃんなんて言わないよ。ハヅ、って呼んでる」
「そう。じゃあハヅって呼ぶね。よかったら好きなように呼んでくれないかな。自分ではどうにも
考えられないし」
「うん。バイバイ」
タイトルと内容はあんまり関係ないですι(´Д`υ)
(まだエンディングをどうしようとか考えてないので、
タイトルつけようがないんですけど)
たまたま、宇多田ヒカルの「For you」を聴いてたんで、
これにしました。