第二十五話 鬼面都市伝説、あるいは折り畳み傘の極意
【ダンジョン地下三階:絶体絶命】
オーガ・ジェネラルの巨大なハルバードが、拘束された三沢の頭上から振り下ろされる。 「……っ、ここまでなの!?」 三沢が死を覚悟し、目を閉じた――その瞬間。
バシュッ!!
強烈な閃光と、辺り一面を包み込む「消臭剤の香り」の煙幕が爆発した。 蓮がポケットから投げた、『パッチ済み・強力消臭スモーク(銀イオン配合)』だ。
「えっ……何!? 何が起きたの!?」
三沢が混乱し、煙にむせる中。 彼女の背後にいたはずの「情けないニート・佐藤蓮」の姿は、影の中に消えていた。
【鬼面の乱入】
煙の中から、静かな、だが重厚な足音が響く。
「……悪いな。このエリアは、掃除の管轄外だ」
現れたのは、安っぽい赤鬼の面を被った一人の男。 服装はどこにでもあるジャージだが、その背負う威圧感に、オーガ・ジェネラルが本能的な恐怖で後退りした。
この鬼の面、実は数日前に蓮がコンビニの売れ残りで購入し、アキラが『認識阻害パッチ』を上書きしたものだ。これを被っている間、相手は「そこに誰かがいる」ことは認識できても、正体を特定することが物理的に不可能になる。
「ギ、ガァァァァァァッ!!」
怒り狂ったジェネラルがハルバードを横薙ぎに振るう。 石柱が豆腐のように切り裂かれる一撃。
だが、鬼面の男――蓮は、避けることすらしない。 手にした『百均の折り畳み傘』を、カチリと一つ、半開きにした。
《Reality Patch:【空間切断盾】》
ガキィィィィィィィン!!
巨大な刃が、薄っぺらい傘の布に当たった瞬間、衝撃波と共に弾き返された。 物理法則の無視。ジェネラルの腕が、自らのパワーを支えきれず悲鳴を上げる。
「終わりだ。……次は、ゴミ袋の中に帰れ」
蓮が傘を閉じ、逆手に持ち替える。 アキラがリモートでプログラムを書き換える。 《モード変更:【圧縮崩壊突】》
蓮が一歩、踏み込む。 その速度は、三沢の動体視力を遥かに超えていた。 傘の先端が、ジェネラルの分厚い胸当ての中心を突く。
ドォォォォォォォォン!!
一瞬の静寂の後、オーガ・ジェネラルの背後から巨大な「穴」が開き、その巨体が内側から折り畳まれるようにして、一点に収束・消滅した。 後に残ったのは、バレーボールほどもある巨大な魔石一つだけ。
【平穏への帰還】
「……あ、あの……助けていただいたんですか……?」
三沢がようやく視力を取り戻し、震える声で尋ねる。 だが、そこにはもう鬼面の男はいなかった。
代わりに入り口の方から、「三沢さーん! 助けてくださーい!」という情けない叫び声が聞こえてくる。 三沢が振り返ると、そこには腰を抜かして、ガタガタと震えている佐藤蓮がいた。
「さ、佐藤さん!? 無事だったんですか!?」
「ひ、ひぃぃ……! 今、なんか赤い顔の化け物が出てきて、一瞬で全部消し去ったんですよぉ! 怖かった、怖すぎますよぉ……!」
蓮は涙目で三沢に抱きつかんばかりの勢いだが、その手の中には、先ほどまで「最強の武器」だった折り畳み傘が、ボロボロの状態で握られていた。
三沢は、混乱していた。 (今の……『鬼面』。あの圧倒的な強さは一体……。佐藤さんは、ずっとここにいたの? でも、あの声、どこかで……)
「三沢さん、もう帰りましょう! ランクEでこんなの出るなんて、契約違反ですよ! 訴えてやるぅ!」
蓮の完璧(?)な演技に、三沢はひとまずの疑惑を飲み込むしかなかった。 だが、この日から「多摩の鬼面」という都市伝説が、政府のデータベースに正式に登録されることになる。




