第二十二話 スライム掃除と、うっかりオーバーキル
【多摩エリア:初心者向け指定ダンジョン『公社・第一廃ビル』】
「……なんで俺が、ドブネズミみたいなスライムを追い回さなきゃいけないんだ」
蓮は湿り気のあるビルの地下室で、支給品の「ゴム手袋」と「プラスチックのバケツ」を手に、深い溜息をついた。 F級免許保持者に課せられた初任務。それは、街の至る所に湧き出る『低級スライム』の駆除と、その死骸から得られる『スライムゼリー』の納品だった。
このゼリーは美容品の原料になるらしく、政府が血眼になって集めている。
「蓮、文句言わないの。ほら、三時方向に緑色の反応。……あ、逃げたわよ」 ヘッドセットからアキラの楽しげな声が聞こえる。彼女は蓮のGPSを監視しながら、安全な自室でポテトチップスをかじっている。
「分かってるよ。……ほらよ、一匹目」
蓮は手に持っていた『百均の霧吹き』をシュッと一吹きした。 《パッチ適用:【高圧魔力分解液】》 霧を浴びたスライムは、悲鳴を上げる間もなく一瞬で良質なゼリーへと変わり、バケツの中に収まった。
「……あー、効率が悪すぎる。もっとまとめてポチれないのかよ」 「贅沢言わない。あんた、今『普通の人』を装ってるんだから。ゆっくり一匹ずつ倒しなさい」
【ひと悶着:招かれざる「巨大な塊」】
だが、その時。 ビルの奥から「ズズズ……」という、初心者用ダンジョンには似つかわしくない不気味な地響きが聞こえてきた。
「……何、この振動。蓮、気をつけなさい。下層から何かが上がってきてる!」 アキラの声が緊張に変わる。
壁を突き破って現れたのは、通常の数十倍はあろうかという巨大な半透明の塊。 初心者たちの「撃ち漏らし」が地下で融合し、変異を遂げた上位種――『アビス・キングスライム』だった。
「ゲッ……なんだよあのデカブツ。ゼリー何人前だよ」 「蓮、逃げなさい! それ、F級が戦っていい相手じゃないわ! 今のあんたの偽装ステータスじゃ、一飲みよ!」
時を同じくして、ビルの入り口から数人の若手探索者たちが血相を変えて逃げてきた。 「おい! 逃げろ! 下から化け物が上がってきたぞ!」
彼らは蓮の横を猛スピードで通り過ぎていく。だが、巨大スライムは蓮の持つ「美味しそうな魔力(偽装していても漏れ出す一滴分)」に惹かれ、彼に向かって巨大な触手を振り下ろした。
(……チッ、ジャージが汚れるだろ)
蓮は反射的に、腰に下げていた『百均のトイレ用ラバーカップ(スッポン)』を抜いた。 「……あ、蓮! 待って、それはマズイ――」 アキラの制止は間に合わなかった。
《パッチ適用:【重力吸引破砕・ブラックホール・カップ】》
蓮がラバーカップを地面に「ベチョッ」と叩きつけた瞬間。 中心点に向けて、周囲の空間そのものを引き込むような、凄まじい「吸引」が発生した。
「――吸い込め」
ズシュゥゥゥゥゥゥゥゥン!!
巨大なアビス・キングスライムの全身が、渦を巻くようにラバーカップの一点へと凝縮・吸引されていく。 物理法則を無視した圧倒的な吸引力。一秒後、そこには巨大な怪物の姿はなく、床には一粒の『最高級・超高純度スライム核(ダイヤモンド級)』だけが転がっていた。
【結末:誤魔化しの限界】
「…………」 数メートル先で足を止めて見ていた若手探索者たちが、口をあんぐりと開けて固まっている。
(……やべ、やりすぎた)
蓮は慌ててラバーカップを隠し、足元に転がった宝石のような核を、バケツの中のヘドロのようなゼリーの中に「ポイッ」と投げ入れた。
「あ、あはは……。なんか、急に弾けて死んじゃいましたね。……今の、天然ガスとかの爆発ですかね?」
「……んなわけあるかぁぁぁ!」 探索者の一人が叫ぶが、蓮は「いやぁ、運が良かったです」と力なく笑いながら、バケツを抱えて逃げるように納品所へと向かった。
後日、納品されたゼリーの中に『伝説級の核』が混ざっているのを発見した政府の鑑定士は、椅子から転げ落ちることになる。 そして、そのゼリーを持ち込んだ「やる気のないジャージ姿のF級」のデータは、ついに政府の上層部へとリストアップされ始めた。
「……蓮。あんた、もう『普通』を装うの、諦めた方がいいんじゃない?」 「うるさい。俺は一生、F級でひっそり暮らすんだよ」
蓮の願いとは裏腹に、世界は彼を放っておいてはくれなかった。




