第二十一話 退屈な試験と、招かれざる「王」
【東京都・国立探索者養成センター】
「……なんで俺が、こんなところに」
蓮は死んだ魚のような目で、ジャージ姿のまま講習会場の列に並んでいた。 隣には「一攫千金だ!」と鼻息を荒くするおじさんや、就職に有利そうだからと参加した大学生たちがひしめいている。
『Reality Patch』による【ステータス偽装:一般市民A】は完璧だ。アキラが「あんたの異常な魔力量、10000分の1にリミッターかけといたから」と調整してくれたおかげで、測定器では「平均以下の運動神経」と表示されている。
「さあ、実技試験を開始します! 最初はスライム十匹の討伐です!」
試験官の掛け声と共に、強化ガラスで囲まれた演習場に、プルプルした緑色のゼリー体が放たれた。 周囲の受験生たちは「うおぉぉ!」と支給品の粗末な鉄剣を振り回し、必死に格闘している。
(……あくびが出る)
蓮は、ポケットに隠し持った『パッチ済み・十円玉(弾丸仕様)』を指先で弾こうとして、思いとどまった。あんなものを使えば、演習場ごと消し飛ぶ。 仕方なく、彼は落ちていた「ただの木の枝」を拾い上げ、スライムの核をピンポイントでつついた。
「はい、終わり」
一瞬。あまりにも無駄のない動きで、十匹のスライムが霧散した。 「……ん? 今の受験生、動きが早すぎなかったか?」 試験官が首を傾げるが、蓮はすぐに「あー、疲れた」と、わざとらしく膝をついて見せた。
【演習場・緊急事態】
だが、試験が後半に差し掛かった時、突如として警報が鳴り響いた。
『警報! 空間転移のイレギュラー発生! 演習場内に上位個体の反応あり!』
床の転移門が歪み、そこから現れたのは、スライムではない。 身の丈二メートル、禍々しい大剣を担いだ『ゴブリンロード』だった。
「な……ッ!? なぜこんな場所にランクBのモンスターが!」 試験官が腰を抜かす。本来、試験用ダンジョンには出ないはずの「王」の風格。 周囲の受験生たちはパニックに陥り、逃げ惑う。
「助けてくれぇ!」 転んだ受験生に、ゴブリンロードが大剣を振り下ろそうとしたその瞬間――。
(……面倒くさいな、もう)
蓮は、誰にも見えない速度で動いた。 懐から取り出したのは、母親に「護身用に持ちなさい」と渡されていた『百均の防犯ブザー』。
《パッチ適用:【高周波振動・指向性破壊兵器】》
蓮がブザーのピンを抜く。 「キィィィィィィン!!」という、人には聞こえない超高周波が、ゴブリンロードの脳髄を直撃した。
「ギ、ガ……ッ!?」
ゴブリンロードは、何が起きたか理解できないまま、その場で内部崩壊して崩れ落ちた。 蓮は一瞬でピンを戻し、何食わぬ顔で近くの壁にもたれかかる。
「……あれ? 今、急に倒れたぞ?」 「心臓発作か? 運がよかったな、俺たち……」
呆然とする人々。試験官が駆け寄り、死体を確認する。 「信じられん……内部から破壊されている。誰かがやったのか……?」
試験官の視線が、一瞬、現場の近くで「ふあああ」と大きなあくびをしている蓮に向けられた。
「……君、今のを見たか?」
「え? ああ、なんか勝手に転んで死にましたよ。最近のゴブリンって虚弱体質なんですかね?」
「そ、そんなはずは……」
結局、蓮は「運が良かっただけの無気力な受験生」として、最低ランクの『F級免許』を交付された。 だが、試験官の提出した報告書には、『正体不明の衝撃波』という不気味な記述が残ることになる。
【帰り道】
「……ただいま。ほらよ、免許。これでいいんだろ」 蓮はリビングのテーブルに、安っぽいプラスチックのカードを投げ出した。
「あら! おめでとう蓮! これで立派な社会人ね!」 母親が手放しで喜ぶ横で、部屋のダンジョンの安全地帯に待機しているアキラがニヤニヤしながら蓮のスマホにメッセージを送ってくる。
『F級ですって? ぷっ。あんなボロい防犯ブザーでゴブリンロードを殺すF級がどこにいるのよ。……でも、試験官の一人があんたの動きを不審に思って、ログを解析し始めてるわよ。フォローしとく?』
「……頼む。マジでこれ以上、目立ちたくないんだ」
蓮は自分の聖域(部屋)へ逃げ込み、深く溜息をついた。 社会に出るというのは、ダンジョンを百階層下るよりも疲れる仕事だった。




