第二十話 免許証と日常の終焉
ダンジョン発生から一ヶ月。 世界は「異常」を「システム」へと組み込み始めた。 テレビのニュースでは、今日から施行される『ダンジョン探索者免許(Dカード)』の話題で持ちきりだ。
「……へぇ、ついに一般開放か。地獄の門を開けるようなもんなのにね」
アキラが、蓮の部屋のソファ(もちろんダマゾンで買った最高級品)に深く腰掛け、タブレットで政府のプレスリリースを眺めている。
【探索者免許制度の概要】
ランク制: F級からS級までのランク分け。
報酬: 魔石やドロップ品の換金は政府公認の交換所でのみ可能。
義務: ランクに応じた「防衛協力義務(徴兵に近い)」が発生。
「これで、裏山のカイトみたいな野良が合法化されるわけだ」 蓮はクローゼットの淵に座り、届いたばかりの『宅配ピザ』を頬張った。
街の雰囲気は一変していた。 ホームセンターには「対ゴブリン用防刃ベスト(初心者用)」が並び、スマホのアプリには「モンスター出現アラート」が標準搭載された。 かつてのハローワークの求人票には、今や「Dカード保持者優遇! 時給2,500円+歩合(魔石)」という文字が躍っている。
「蓮、あんたはどうするの? 履歴書に『無職』じゃなくて『探索者』って書けるようになるわよ」
「……馬鹿言え。免許を取るってことは、政府に住所も名前も、おまけにステータスまで握られるってことだぞ。そんなの『引きこもり』のプライドが許さない」
蓮にとって、この部屋のクローゼットは「自分だけの管理区域」。 国の管理下に入るなど、最も避けたい事態だった。
だが、この「免許制度」の施行により、ある変化が蓮を襲う。
「――蓮! 入るわよ!」
母親が勢いよくドアを開けた。その手には、これまでのような工場の求人票ではなく、一枚の『Dカード講習・申込書』が握られていた。
「蓮、あんたこれに行きなさい。お隣の田中さんも、このカードを取ってから公園の草むしり……じゃなくて、スライム退治で随分稼いでるんですって。これならあんたみたいな運動不足でも、お国のために働けるでしょう?」
「母さん……これ、実質的に兵役みたいなもんだって分かってる?」
「何言ってるの。立派な資格じゃない。これを持ってれば、胸を張って『外』に出られるのよ」
母親の目は、これまでになく真剣だった。 世界がダンジョンを「仕事」として認めたことで、蓮を部屋に留めておく口実が、社会的に奪われようとしていたのだ。
「(……まずい。このままじゃ強制的に講習所に連れて行かれる……!)」
一方、その頃。 新宿ダンジョンの最前線では、『A級暫定免許』を手にしたカイトが、最新の政府支給装備に身を包んでいた。 だが、彼の目線は、自分たちの足元――政府がまだ把握していない「さらに深い階層」へと向けられていた。
「……やっぱり、政府の地図は間違ってる。掲示板の『師匠』が言ってた隠し階段、ここにあるはずだ」
一般人が「免許」を持って浅瀬で喜んでいる裏で、物語は「管理される探索者」と「管理を拒む引きこもり」の、より深い対立へと動き出していた。




