第十八話 空の王と、お掃除の誤魔化し
【地下六階:空中エリア】
「キィィィィィィィン!!」という掃除機の爆音を背負い、俺は雲を突き抜けて加速していた。 目の前には、この階層の主――『ワイバーン・キング』が翼を広げている。全長十メートルを超える巨躯、全身を覆う金色の鱗。空の絶対強者だ。
「グルアァァァァッ!!」
ワイバーン・キングが口を開き、巨大な火炎球を放つ。 「蓮、右よ! 重力偏向シールドを展開!」 ヘッドセット越しにアキラの鋭い指示が飛ぶ。俺は掃除機のノズルを捻り、噴射ベクトルを急転換して火球を紙一重で回避した。
「当たるかよ! アキラ、例の『モード』を起動しろ!」 「了解。吸引サイクルを反転……『ダイソン・ブラックホール』モード、起動!」
アキラが手元のPCでコードを書き換えた瞬間、掃除機のノズルが周囲の空気を異常な密度で吸い込み始めた。ワイバーンの次なるブレス、そして周囲の雲までもが、掃除機の筒の中へと吸い込まれていく。
【現実世界:蓮の部屋の前】
その時。 平和な我が家の廊下から、あの「聞き覚えのある足音」が聞こえてきた。
(ガチャリ、とドアノブが動く音)
「――蓮? なんだかものすごい音がしてるけど、本当に掃除してるの?」
「ヒッ……!?」 空中戦の真っ最中、俺の心臓が跳ね上がった。 アキラが慌てて俺のベッドの下に潜り込み、俺の声をサンプリングした「自動応答AI」のスイッチを入れる。
『あ、ああ! 母さん! そうだよ、今まさに、部屋の隅々の次元……じゃなくて、埃を吸い取ってるんだ! ほら、この掃除機、最新式だから音がデカいんだよ!』
「そうなの? でも、なんだか……ジェット機みたいな音が聞こえる気がするんだけど。ちょっと開けるわよ?」
「待って母さん!! 今、全裸で、超高速回転しながら掃除してるから!!」 (アキラが横で「どんな嘘よそれ」という顔で俺を睨んでいる)
「……全裸で? あんた、また変なネットの流行りに乗ってるんじゃないでしょうね……」 母親の動きが止まる。不審の色は隠せないが、なんとか踏み止まってくれたようだ。
【空中エリア】
「一気に決めるぞ! 溜まったエネルギーを……全部吐き出せ!!」
俺はワイバーン・キングの懐に飛び込み、掃除機のノズルをその眉間に突きつけた。 アキラが「排出」のエンターキーを叩く。
「――サイクロン・バースト、シュート!!」
先ほど吸い込んだブレスと大気が、数千倍の圧力で凝縮され、純粋な破壊エネルギーとして放たれた。
「ギャアァァァァァッ!!」
ワイバーン・キングの頭部が光に飲み込まれ、巨体が空中で霧散していく。 ドロップ品として、巨大な『飛竜の魔石』と、虹色に輝く『王の翼膜』が宙に舞った。
「回収完了! アキラ、即時帰還だ!」
【蓮の部屋】
コンマ数秒後。 俺は濡れたジャージを脱ぎ捨て、パジャマを頭から被り、掃除機のノズルを握りしめて床に正座した。 アキラはクローゼットの奥に音もなく消えている。
「……失礼するわよ」
母親がドアを開ける。 そこには、汗だくで掃除機を床に押し当てている俺の姿があった。
「……あら。本当に掃除してたのね。でも蓮、その掃除機……なんだか煙が出てない?」
「あ、これ? これは……ほら、摩擦熱だよ! 俺の掃除が速すぎたせいかな! あはは!」
「……そう。まあ、部屋が綺麗になるのはいいことだけど。あんた、あんまり無理しちゃダメよ?」
母親はまだ疑わしそうな目をしていたが、とりあえず引き下がっていった。 パタン、とドアが閉まった瞬間、俺とクローゼットから顔を出したアキラは、同時に深い溜息をついた。
「……ワイバーンより、母さんの方が百倍怖い……」
「同感ね。……でも蓮、今のボスドロップ、『王の翼膜』。これがあれば、あんたのジャージに『常時浮遊』のパッチが当てられるわよ」
「マジか。……次はもう、掃除機を背負わなくていいんだな?」
二人のニートは、ボロボロになりながらも、さらなる「効率的引きこもり」への一歩を踏み出した。




