第十三話 国家の牙、新宿の深淵
【防衛省・地下秘密司令部】
「――依然として『出品者:名無しの引きこもり』の特定には至っておりません」
冷徹な報告が会議室に響く。 テーブルを囲むのは、国防の要人たちと、日本でも指折りのサイバーセキュリティの専門家たちだ。
「馬鹿な……。数時間で一〇〇〇万単位の魔石が市場に流されているんだぞ。背後に巨大な組織がいると考えるのが普通だ。個人の仕業などあり得ん」 「ですが、政府最強のハッカー班『アイギス』が総動員で追っても、通信元は多摩エリアの住宅街までしか絞り込めません。まるで、世界そのものがその『場所』を隠蔽しているかのような……」
指揮官の一人がモニターを指さす。 「現在、新宿駅を中心とした汚染エリアで戦っている自衛隊員たちは、奴が流した『浄化の魔石』のおかげで辛うじて命を繋いでいる。特定を急げ。奴を確保するか、あるいは管理下に置かなければ、日本の経済と軍事バランスが崩壊するぞ」
【新宿駅・大迷宮フロントライン】
「――突入開始!」
轟音と共に、新宿駅の東口広場を飲み込んだ「泥の壁」に特殊爆弾が炸裂する。 突入したのは、自衛隊の特殊作戦群を中心とした実働部隊。彼らが手にしているのは、最新鋭の小銃ではない。政府が『ダマゾン』を通じて高額で買い叩いた、「魔力を纏った特殊合金の剣」と、防護服に埋め込まれた「浄化の魔石」だ。
「魔石の出力低下! 第二班、予備の石をセットしろ!」 「汚染ガスが濃い! 視界不良、上空からワイバーンが来るぞ!」
阿鼻叫喚の戦場。 新宿駅は迷宮化し、かつてのプラットフォームは巨大な昆虫型モンスターの巣窟と化していた。隊員たちは、一歩進むごとに命を削り、一匹の雑魚モンスターを倒すのに数人がかりで必死の連携を強いられている。
「……クソッ。あのアドバイス通り、膝を狙え!」 「掲示板の『ID:RENNNN』の書き込みは本当だ! 銃より、関節を狙った斬撃の方が通る!」
彼らが命綱にしているのは、皮肉にも蓮が暇つぶしに掲示板に書き込んだ「攻略のヒント」だった。 数千人の精鋭が投入され、血を流し、数時間かけてようやく「地下一階」の半分を確保する。それが、外の世界における「ダンジョン攻略」の過酷な現実だった。
【佐藤 蓮のマンション・周辺】
夜の静寂に包まれた多摩エリアの住宅街。 街灯の下に、一台の黒いワンボックスカーが停まっていた。
「……波形をキャッチしました。先ほどの新宿での戦闘中、この付近から断続的に『未知の魔力波動』が発信されています」 車内のモニターを見つめるハッカー、通称『カザマ』が呟く。
「間違いありません。ダマゾンへの出品、掲示板への書き込み。すべての発信源はこの半径五〇〇メートル以内……。特に、あの古いマンションが怪しい」
カザマは、政府が極秘に開発した『魔力探知レーダー』を調整する。 だが、そのレーダーには、不自然な「ノイズ」が混じっていた。
「……? おかしいな。誰か、私よりも先にこのエリアをハッキングしている奴がいる……?」
カザマが検知したのは、アキラが蓮の部屋に施した「情報隠蔽」の残渣だった。 政府の牙が、少しずつ、だが確実に蓮とアキラの潜む「聖域」へと迫り始めていた。




