第9話 妹と彼女とその友達と
「水族館に行った女って、こいつのこと?」
「違う違う。これは本当に妹だから」
「そんな嘘、通用するわけないじゃない!!」
恵はロングスカートをはいている状態で蹴りを放つ。
それは俺の左足に決まり、軽い痛みを覚える。
「落ち着けって。本当に妹なんだってば」
「全然似てないし、妹がいるなんて話も聞いてない! 嘘をつくなら、もっとマシな嘘つけよ!」
怒り狂う恵は、ビンタを連発してくる。
俺はこれを左手で全てガードするが、織り交ぜて放ってくる蹴りには対処しきれないでいた。
妹が右側でべったりとくっついているので、まともに身動きが取れないのだ。
「おい、お兄ちゃんがピンチなんだぞ。離れろよ」
「え、ピンチでもなんでもないじゃん。私が倒してあげようか?」
「バトル漫画ならその会話は成立するだろう。でも現実世界じゃ、お願いしますってならないの」
「こっちが怒ってるのに、なんてバカな話ししてんのよ!」
俺と小百合の会話にさらに怒る恵。
平手打ちから今度はパンチに変更される。
これは食らいたくない。
恵は大きく振りかぶって拳を突き出してきたので、俺はそれを左手で受けとめる。
「話し聞けって。こいつは本当に妹なの。おい、挨拶しろ。俺の彼女だぞ」
「は? 裕兄の彼女?」
小百合は俺を睨んだと思うと、次は恵の方を見る。
ジーッと彼女を眺めながら、そしてようやくこちらに顔を向けた。
「本当に?」
「本当だって。頼むから誤解を解いてくれ」
「……おす、あたし小百合。裕兄の妹」
「……冗談でしょ?」
「本気だけど。裕兄の妹です」
恵は妹を怪訝そうな表情で見据えている。
まだ兄妹だってことを信じてないな。
「似てないけど本当に妹だから。俺が恵を裏切るようなこと、するわけないだろ」
「でも水族館には行ったじゃない」
「それは報告しただろ。で、こいつのことは報告するつもりはない。だって妹だから、報告するまでもない話だから」
「…………」
ようやく冷静さを取り戻す恵は、俺に頭を下げる。
「ごめん、勘違いしてた」
「別に良いよ。怪我してないし」
「もしかして君が恵の彼氏?」
「え、はぁ、そうですけど」
恵の友人が俺に声をかけてくる。
黒髪にパーマをかけたロング。
少々派手な服装で、ギャルのようなそうではないような、判別がつかない恰好だ。
初めてみる子だけど、同じ学校の子だろうか。
「私、庄司英美里。同じ学校だしよろしくね」
「円城裕次郎です。よろしく」
同じ学校だったのか。
この女性は庄司と名乗り、気安く話を続けた。
「こんだけ可愛い子と一緒にいたら、浮気疑われても仕方なくない? だから許してあげてよ」
「別に怒ってないし」
「じゃあもう話は終わりでいい? これからあたしら、しゃぶしゃぶ食べに行くんだけど」
空気を読まない妹がそんな発言をする。
二人は目を丸くして、少し焦った様子で言ってきた。
「折角裕次郎くんと会えたんだし、一緒にご飯いかない?」
「俺はいいんだけど、どうだ小百合」
「二人でいいじゃん」
「あんた妹だよね? お兄ちゃんと仲良くご飯とか、ちょっとブラコンなんじゃない?」
庄司が挑発するように、小百合にそんなことを言う。
だが妹ははさも当然の顔で言い返す。
「生まれた時からこれまでずっとブラコンだけど何?」
「え、全力で肯定した!?」
「裕兄のことは好きだし、それでいいじゃない。ねえ裕兄。こんなのと一緒にご飯とか嫌なんだけど」
「……ってことらしいけど、どうする恵」
「どうするって……私は裕次郎くんと会えたから一緒に行きたい」
恵は少し冷や汗をかきながら小百合のことを見ている。
ここは俺が何とかしないとな。
そう考えた俺は、妹に向かって話すことにした。
「小百合。しゃぶしゃぶは奢ってやるんだから、一緒に行ってもいいだろ」
「彼女だったらいいけど、こっちは態度が悪い。それに元々奢ってくれる話だったし」
「態度が悪いのは小百合もだろ。もっとこう、さわやかに対応しろよ」
「裕兄だって普段はさわやかに対応なんてしないでしょ」
しない。
確かにそれはしない。
くそっ、これまでの自分の行動が裏目に出るとは……これでは俺の言葉に説得力がないではないか。
仕方ない、この手は使いたくなかったが。
財布に響くから嫌なんだけどな。
俺は恵に背を向け、妹に耳打ちをする。
「また来月にも食い放題奢ってやるから、飯を一緒に食うことを許可してくれ」
「分かった」
なんで彼女だけではなく妹にまで気を使わなければならないのか。
俺は溜息をついて、恵の方に向き直る。
「一緒に飯に行こう」
「いいの?」
「ああ。妹も快諾してくれたから」
食い放題に釣られてだけど。
話がまとまり、食事をするために移動を開始する。
庄司と楽しそうに会話をする恵。
俺は妹と並んで、そんな彼女たちの背中を眺めていた。
「裕兄」
「何だよ」
「あの女と付き合ってるって本気?」
「本気だけど。冗談に見えるか?」
突然何を言い出すのだ、この妹は。
俺が妹の方を見ると、真剣にこちらを見返してくる。
「あれが彼女とか、何となく嫌だな」
「どこが嫌なんだよ」
「何となく。女子っぽいっちゃ女子っぽいけど、怒ったら手を出すところとかさ、話を聞かないところとか」
「なるほど。女子っぽいのか、あれは」
女子のことはあまり知らなかったが、女子から見ればまぁまぁスタンダートなのか、あの怒りは。
しかしそれは人によるのでは?
と、小百合が言ったことを完全には信じないことにした。
これが当たり前だと考えていては他の女性に失礼だしな。
「それにあの友達。あんなのと付き合ってるなんて人間が知れてるんじゃない? 本人は真面目そうに見えるけど、類は友を呼ぶって言うしね」
「それはあの子に失礼だろ。別に悪いタイプには……見えなくもないか」
「付き合うのは裕兄の自由だけど、ちょっと考えてほしい。本当にいい人なのか、付き合ってまだ浅いみたいだけど、見極める時期に来てるのかもね」
小百合が言ったことが妙に胸に刺さる。
庄司という女は、確かに真面目ではなさそうだ。
妹が言うように、類は友を呼んでいるのかも。
アホの兄貴の周りにはアホばっかりだし、生真面目な妹の友人も生真面目だらけ。
なら、ああいう友人がいる恵はどうなのか……
「分かった。これから少し様子見していくよ」
「うん。それですぐに別れてくれたら完璧」
「すでに別れること勧めてる!」
「その方がいいと思うけどな」
妹の勘はよく当たる。
雨を予想したり、事故が起こることを予測したり、他には兄貴が付き合っていた彼女が窃盗犯だと当てたりなどなど、これまで色んなことを言い当ててきた。
そんな妹が言うのだから、少し警戒した方がいいのかも。
しかし恵に限ってそんなことは無いと思うんだけど、なんて考え、100%信じ切ることはできなかった。
小百合とそのことを話し合っているうちに、俺たちはしゃぶしゃぶの店に到着する。
そこにはいくつかのコースがあり、一番安いのは豚肉しか食べれないのだが、結構リーズナブルに食事を提供してもらえるのだ。
狭いテーブル席を四人で囲み、しゃぶしゃぶとの戦いが始まろうとしていた。
野菜は自分で取りに行くシステムとなっており、俺と妹はそれと水を持って席に戻る。
ドリンク飲み放題もあるが、それは注文していない。
だが驚くことに、庄司はドリンクを入れて戻って来たのだ。
「おい、飲み放題は注文してないだろ」
「大丈夫大丈夫。こんなのでバレたことないし」
「そうなんだ。じゃあ私も入れてこようかな」
「おい、恵」
庄司の行為に俺と小百合は呆れていたが、恵はグッドアイデアをいただいた、といったような顔でドリンクコーナーへと走って行く。
俺はあまりの非常識に、額に手を当て深い嘆息は吐く。
「やっぱり付き合い考えた方がいいんじゃない?」
「今ちょっとだけそう思ってる最中。もう少しまともな神経してると思ってたんだけどな」
恵がドリンクを入れてきた姿を見て、俺はガッカリしていた。
まさかこんなことをする子だったなんてな。
人は付き合う人に影響されるなんて言うけど……この庄司って子に影響でもされたか?
嬉しそうにドリンクを飲む恵を見て、俺は悲しい気持ちになっていた。
だが恵はそんなことに気づきもしない。
そして俺も気づいていなかった。
彼女が真に影響を受けていた人物のことを。
彼女が裏で何をしていたのかを。




