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第8話 円城小百合

裕兄(ゆうにい)。ちょっと出かけない?」


 雲も多いが雨が降る感じのない朝。

 こちらはまだ寝ているというのに、部屋に妹が入ってくる。


 彼女の名前は円城小百合(さゆり)

 女子としては背が高く、胸は小さい。

 スポーツをしているので短髪だが、顔は整っている。

 妹は俺の一つ下で、中学の頃はよく告白されていたのを見たものだ。

 パーカーに短パンというなんともラフな格好で、彼女は俺のベッドの上に立つ。


「俺、まだ寝てるんだけど」

「じゃあ早く起きて」

「俺はまだ眠い。兄貴を誘えばいいだろ」

「やだよ。敏兄(としにい)アホだし」


 実の兄をアホ呼ばわりとは……実際そうだから反論の余地は無し。

 妹は無表情のままで俺の布団を奪う。

 そのまま俺を引きずり出し、服を突き出してきた。


「着替えて」

「じゃあ着替えさせてくれよ」


 俺は冗談でそう言うが、妹は真に受けて強引に服を脱がせてくる。


「おいおい、冗談に決まってるだろ」

「裕兄なら着替えさてあげるけど?」

「いらない。妹に着替えさせてもらわなくてもいいから」


 俺は妹を押しのけ、自分で着替えを始めた。

 妹はベッドの上であぐらをかいて、その様子を眺めている。


「着替えてるんだけど」

「見りゃ分かる」

「分かるなら出て行ってほしいんだけど」

「別に減るものじゃないしいいだろ」


 ぶっきらぼうで我を通す性格。

 そんな妹様は俺の着替えを最後まで堪能なさっていた。


「それでどこに行くんだよ。まだ朝だぞ」

「朝だからいいんだよ。昼からだったら飯食えないだろ」

「飯なら昼からでいいだろ」

「腹減らしてから食うの」


 俺は嘆息しながら妹の後を付いて行くことに。

 もうすでに16年の付き合いだ。 

 彼女のことならなんでも分かる。

 こうなったら付き合うしかない。


 家を出ると妹は腕を絡ませてくる。

 表情はぶっきらぼうなままだが、甘えん坊な一面がある。

 周りから見れば、恋人同士に見えるんだろうな。


「なあ、こういうのは止めたほうがいいんじゃない?」

「なんで?」

「だって、恋人と間違われるだろ」

「間違われてもいいじゃないか。そんなの気にしないし」


 ちょっとは気にしてほしいんだけどな。

 なんて呆れながらも、歩き進めて行く。

 

 家を出た後、電車に乗って、俺たちはとある施設に来ていた。

 そこは体を動かすことをメインとしたレジャー施設だ。


「またここか……ここならやっぱり兄貴と来た方が良かったんじゃないのか」

「だからあいつはアホだから嫌なの。騒ぎすぎなんだよ」


 施設に入ると、俺たちは軽く屈伸運動を始める。

 妹はどこか、全力で楽しんでやるような空気を出していた。

 こいつに付き合ったら疲れるんだよな……

 

「あの人カッコいいね」

「本当だ、美形。あれだけ恰好良かったら彼女ぐらいいるだろうな」

「え、女の人じゃない?」

「男でしょ? あ、いや、やっぱり女?」


 小百合を見ている女性たちは、その優れた容姿に心を奪われているようだ。

 だが彼女が女性だと気づいている子も数人いるようで、困惑している様子。

 男子からも女子からもモテる、自慢の妹だよ、この子は。


「これから始めようか、裕兄」

「いいぞ」


 まず最初に俺たちは卓球を始めることに。

 小百合の鋭いサーブから始まり、俺たちの実力は互角と言っていいぐらいだ。

 お互いにミスすることなく、ラリーは続いて行く。


「あそこ、レベル高いよな」

「あの美形男子……美女? の方が上手そう」

「短パンだし女子だろ。綺麗な子だな」


 俺たちは注目の的となっており、すでに止めたい気分に支配されていた。

 だが妹に勝負で負けるのも癪だ。

 逃げる選択は無いよな。


「あっ」


 俺のスマッシュで妹から点をもぎ取ってやる。

 勝負はその後も接戦となるが……俺が押し切りこちらの勝利。 

 小百合は不服そうな瞳で俺を睨んでおり、可愛く唇を尖らせている。


「そんな顔しても俺の勝ち。もっと腕を磨いて出直してくるんだな」

「そんなに実力差無いし。次にやったらあたしが勝つ」


 卓球のラケットを置き、別の場所に移動をする。

 その間、妹は腕を組んでくるのだが……運動後だから暑い。


 次に来たのはバッティングができるコーナー。

 バットでボールを打ち返すという、シンプルなゲームだ。


「次はこれで勝負な」

「分かったよ。どっちからする?」

「あたしから」


 小百合はバットを持ち、凛々しい表情で飛んで来るボールを打つ。

 その姿が様になっており、どんなスポーツをやっていてもカッコいいと妹ながら感心する。

 周囲からはやはり視線を集めていて、魅力に溢れているのだろうというのが分かった。


「ホームランは3つ。裕兄がそれ以下なら昼飯奢りな」

「おい。それなら卓球の成績も含んでくれよ」

「あれはあれ。これはこれ」


 いきなり昼飯の奢りを賭けてくるとは……これは負けられない。

 俺は全力でバッティングに挑む。

 結果はホームランが3本で、同点であった。


「やるじゃん」

「負けたら驕りだから。絶対に負けられない戦いだったんだよ」

「負けて奢ってくれてもいいのに」


 こいつはメチャクチャ食うから、出費が怖いんだよな。

 ハンバーガーなんか、普通に5つぐらい食べるし。

 そんなのに奢りなんて恐ろしくてできない。

 

 その後も驕りを賭けて勝負を挑んでくるが、その全てを引き分けで終わらせていく俺。

 結局勝敗はつかないままに、施設を出ることになった。


「裕兄って、結構凄いよな」

「何が?」

「だって全部引き分けで終わったじゃん」

「最初の卓球は俺の勝ち。だから引き分けじゃないんだよな」

「はぁ。自信あったのにな」


 表情を変えることなく妹は溜息をつく。

 本気でそんなこと考えている風には見えない。


「昼飯は食い放題に行くか。それなら奢ってやるぞ」

「マジ?」

「マジ。その代わり次は兄貴と行って来い。あいつは小百合が好きだから、普通に奢ってくれるぞ」


 小百合は腕を組んでいるのだが、俺がそう言うと絡ませている手に力をこめる。

 正直痛い。

 俺はその痛みを訴えかけるように彼女を睨みつける。


「おい」

「何?」

「なんで力いっぱい腕を締め付けるんだよ」

「力いっぱいじゃない。まだ40%」

「恐ろしい妹の腕力! お願いだから全力は出さないでくれ」


 唇を突き出し、上目使いでこちらを見ている妹。

 可愛いけど、妹だからときめかないぞ。


「あたし、裕兄と行きたいんだけど。敏兄はアホだし」

「一日に何回アホって言うんだよ」

「事実でしょ」

「事実だけど、兄貴はお前のこと大好きなんだぞ。ちょっとぐらいはかまってやれよ」

「裕兄はあたしのこと好きじゃないの?」

「いや、好きだけど」


 率直な気持ちを口にする。

 すると小百合は機嫌を良くしたのか、微笑を浮かべていた。


「ならいいじゃん。次も裕兄と一緒で」

「良いんだけどさ。兄貴にもサービスしてやれって話」

「それよりしゃぶしゃぶ食べ放題に行きたい」

「分かった分かった。豚肉でいいよな?」

「十分」


 ニヤリと笑う小百合。

 また凄い量を食べるんだよな、などと思案して心の中で店に謝罪をする。

 これからモンスターを連れて行くことを許してほしい。


「あ、裕次郎くん……」

「え?」


 俺を呼ぶ声が聞こえる。

 女性で、俺の知り合いとなればそう多くない。

 というかこの声は……


「恵」


 東恵。

 俺の彼女が友人と遊んでいたようだ。

 薄手の上着にロングスカート。

 清楚な格好の恵は可愛かったのだが……

 妹と腕を組んでいる姿を見て、その表情が鬼のものへと変貌していく。


「誰その子」

「妹だけど」

「妹と腕を組むなんて、ありえないよね?」


 意外と嫉妬深い彼女に俺は溜息をつく。

 本当に妹なんだけどな。

 そしてその妹はというと、あくびをしながら恵のことを見ている。

 お願いだからお前からも何か言ってくれ。

 そう願うが、関与する気はないようだ。


 誤解はすぐに解けるだろうけど、面倒くさいな。

 と俺は肩を落とすのであった。

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