第7話 怒りの恵
星那と別れた後の夜。
俺は恵に通話を入れたのが、反応が無い。
珍しいな。
夜はほとんど家にいて、大概通話に出るはずなのに。
俺は通話の代わりにメッセージを送り、星那と水族館に行ったことを報告しておいた。
そこからゲームのために外を歩き、モンスターを倒していく。
ゲームを始めてから一時間程経過したころだろう、繁華街を彷徨っていると恵からようやく連絡がきた。
「もしもし」
『ねえ、水族館に行ったってどういうこと? 誰と行ったの?』
恵の声には怒りがふんだんに含まれている。
嫌な予感はしていたが、どうやら的中したようだ。
「ちょっとした顔見知りなんだけどさ。色々あって水族館に行くことになったんだよ。別にやましいことはしてな――」
『やましいことをしてないって言っても、異性と二人で水族館とか浮気だよね!! 私に対しての裏切りって理解してる?』
恵は感情のままに怒声を吐き出す。
浮気って、そんなつもりは無かったんだけどな。
でも水族館に行ったのは俺が悪い。
浮気判定なんてきっと人それぞれで、恵からすれば異性と出かけるだけで浮気なのだろう。
俺の認識では出かけるぐらいはどうでもいいと考えていたのだが。
「配慮が足りなかったのは謝る。だからそんなに怒らないでくれ」
『怒らせるようなことをしたのは裕次郎くんだよね? 全然反省してないじゃない!』
キンキンと鳴り響く声に、俺は携帯を耳から離す。
「とりあえず電話じゃあれだから、今からでも会えないか? しっかりと謝罪したい」
『…………』
何故か沈黙してしまう恵。
なんで黙るんだ、ここで。
『い、今はちょっと無理』
「あー、もう遅いもんな」
『そう、遅い。こんな時間に、常識考えて! そういうところ治した方がいいと思う』
「分かったよ。肝に銘じておく」
『今回のことまだ終わってないから。また明日に会って話しよう』
そう言って恵は通話を終了させる。
まだグチグチ言われるのかよ……面倒くないな。
「ああ、あいつ!」
「え?」
突然聞こえてくる叫び声。
声の方を振り向くと――そこには今村がいた。
「ああ、今村くん」
「てめえ……」
怒りと恐怖を混在させたような表情。
今村は青い顔でこちらを睨みつけていた。
ムカつくけど手を出すわけにはいかない、そんなところか。
しかし面倒な時にまた面倒なやつが現れたな。
というかこんな偶然あるのかよ。
それに今村は8人ほどのガラの悪い連中とつるんでいたらしく、全員の視線が俺に集中する。
「あれ誰だ?」
「いや、ちょっと……」
モゴモゴしている今村。
俺の脅しが通用しているようだ。
一緒にいる連中はおそらく竜胆学園の生徒だろう。
まさかこんな人が多いところで問題なんて起こさないよな。
なんて考えるが、そんなこと気にしないだろうなと嘆息する。
「どうしたんだよ今村。あいつと何かあったのか? 俺が金でも巻き上げてやろうか」
「あいつはマズいから止めてくれ、頼むよ」
絡まれるのは勘弁だぞ、頼むからそのまま帰ってくれ。
俺はそう願いつつも、携帯を操作することに。
「なあ、携帯で何してるの?」
「え、ちょっとゲームを」
「知ってる顔と会ってゲームなんかするか、普通」
俺の普通ではするんだよな。
顔見知りと言っても、挨拶を交わす仲でもないし。
声をかけてきた男は、俺の隣に立ち肩を組んでくる。
友達と肩を組んだことがないので、少し新鮮な気分だ。
「なあ、今村とどういう関係?」
「ただの顔見知りだって」
「でも今村のやつ、なんか困ってる様子だからさ」
「仲が良いわけじゃないし、いい思い出もないからな。あ、君たちって竜胆の生徒?」
「だったらなんだ? 悪いか」
「だったら怖いなーって思って」
携帯を操作しながらそう言う俺に対して、男たちがゲラゲラと笑う。
今村は彼らに釣られ、引きつった笑み浮かべていた。
「今からカラオケ行こうと思ってるんだけどさ、一緒に行かね?」
「いいね。友達とカラオケって行ったことないから楽しみだ」
「アホか。本気にしてんじゃねえよ。ちょっとついて来い」
「どこに?」
「いいから付いて来い!」
俺の耳元で怒鳴る男。
交番は……ここからじゃ遠い。
逃げることもできるけど、恵に怒鳴られた後だからそんな気分じゃないんだよな。
俺は溜息を吐き、携帯の操作を続けた。
「おい、携帯触ってんじゃねえよ」
「いや、だってモンスターが出てるからさ」
「危機感ねえのか?」
「それはひしひしと感じてる」
携帯を取り上げられそうになったので、俺は仕方なくズボンにしまうことに。
それから肩を組まれたまま、俺は男たちに連れ去られそうになる。
今村は立場が逆転したと考えているのか、俺の顔を見てニヤニヤと笑っていた。
「おい、ちょっと待て。島崎さんから連絡が入ったぞ」
「島崎さんから……? 何かやったのか、お前?」
「いや、何もやってないはずなんだけど……」
男たちの顔色が変わる。
『島崎』という名前を聞いて全員が狼狽えていた。
よっぽど怖い存在なんだろうな、とうかがえる。
恐怖の人物から連絡が来たらしく、全員が何やら話し合いを始めた。
そして話がまとまったのか、踵を返して顔だけこちらに向けてくる。
「運が良かったな、先輩から呼び出しがかかった」
「じゃあな」
「え、ちょっと……」
男たちが一斉に走り出す。
今村だけは少し戸惑っている様子だったので、俺は奴の手を掴んで引き止める。
「な、なんだよ!」
「昨日のこと、まだ理解してなかったみたいだからさ。もう少し話し合いをしたいと思ってだね」
「あっと……その」
俺に対して怯える今村。
仲間たちは走って行ってしまったので、彼が俺に捕まったのに気づいていない。
こいつは仲間がいないと何もできないタイプなんだろう。
キョロキョロ周囲を見渡すだけで、何もしてこない。
「じゃあ交番にでも行こうか」
「待ってくれ! 悪かった、今度からは皆にも止めるように言うから!」
「本当に? 嘘だったら今度こそ退学に追い込んじゃうよ」
「分かってる。次からはちゃんとするから」
退学はしたくないらしく、必死な今村。
だがもう少しだけこいつに対して脅しをかけておこうか。
またこんなことがあったらたまったもんじゃない。
俺は悪い顔を浮かべ、今村に話をし始めた。
◇◇◇◇◇◇◇
「本当に反省してるの?」
「反省してる。反省してなかったら頭なんて下げない」
日曜日の午後。
ファーストフード店で俺は恵と会っていた。
彼女は私服姿で、腕を組んで怒り心頭。
一晩経っても怒っていられるなんて、ある意味で凄いな。
大概の怒りは一日経ったら納まるんはずなんだが。
「それでどこの誰なの?」
「だから顔見知りなんだって。一緒のゲームやってて、たまたま知り合ったんだ」
「裕次郎くんがいつもやってるゲーム? あんなのやってるの、裕次郎くん以外にいるの?」
「それは偏見だ。アプリの売上だって、年間でベスト10に入るぐらいなんだぞ」
「そんなに売れてるんだ、あのゲーム」
恵は俺がやっているゲームに興味を示さない。
そんなことはどうでもいいが、人気が無いと思い込まれているの心外だ。
「まぁそういう知り合いだというのは分かった。でもいい? 次浮気したら絶対に別れるから」
「分かったよ。分かりました」
「浮気とか、最低の行為ってことは理解してよね」
三十分ほど怒鳴り散らし、ようやく気が済んだのか恵はジュースを飲んでため息をつく。
「じゃあお詫びに、映画奢ってくれたら許してあげる」
「映画ね……何かやってた?」
「恋愛もののやつ。学校で友達が面白いって言ってたから、観たくなっちゃった」
「なら行こうか。時間の確認だけしとかないとな」
機嫌が良くなった恵と、映画館に向かって歩き出す。
こんなことになるなら、星那との付き合いも考えないとな。
とりあえずは二人きりでデートっぽいことは止めておこう。
また浮気なんて騒がれたら大変だ。




