第6話 水族館
星那に連れて来られたのは、水族館であった。
海沿いの駅に集合させられたので何事かと思っていたが、こういうことか。
水族館の中には魚のクッションやお土産などが売っている店があり、そこを通り抜けてチケット売り場まで移動する。
星那はテンションが上がっているのか、ワクワクした様子を見せていた。
「来たかったところって、彼氏とは来ないのか?」
「こんなとこ来たがらないし、休みの日は夕方まで寝てるみたいだから時間も合わないんだよね」
「夕方まで寝てるって……前日は何してるんだよ」
「夜遊びしてるんじゃない? 聞いたこともないけど、きっとそうでしょ」
あまり彼氏に対して関心が無いのか、星那はそこで話を切り上げ水族館に集中する。
彼女にとって根鳥はもうどうでもいい存在なんだろうな。
これだけ可愛い子をないがしろにして、勿体ない。
根鳥のことなんてどうでもいいが、この子が不憫だ。
よし。今日は彼氏にでもなった気分で星那を楽しませてやろう。
疑似カップルとして水族館を満喫させてやるのだ。
「チケットはここで買うんだ。ねえ、ほら。綺麗だね」
「ああ本当だ。綺麗だ」
入場口でスタッフが入場者の対応をしているのだが、その後ろ側はまさに水中のような世界が広がっている。
上下左右が水槽になっており、魚が泳ぐ姿がここからでも見えた。
「早く入ろうよ」
「まずはチケットを買わないとな」
俺たちはチケットを購入し、中へと入る。
星那はクールながらも目を輝かせていて、すでに楽しめているようだ。
「水族館、初めてみたいだけど、家族と来たことも無いのか?」
「うん。親は仕事人間だから。子供の頃から放任されていたというか、無関心というか……」
俯いてしまう星那。
これはしてはいけない話題だったのでは。
俺は彼女に寂しい思いをさせてはいけないと考え、少し奥の方を指差し大袈裟に言う。
「なあ、あそこでクラゲが見れるんだぞ!」
「クラゲ。私、生で見たこと無いな」
「じゃあ見に行こう。気に入ってくれると思うよ」
疑似彼女だとしても手を引くわけにもいかず、俺は彼女の前を歩いてクラゲを鑑賞できる場所まで向かう。
そもそも潔癖症だから、手も握られたくないだろうけど。
「わぁ……素敵」
丸い水槽の中で数えきれないほどのクラゲが泳いでおり、この世のものとは思えないような光景がそこにはあった。
クラゲが光に反射し、幻想的な景色に星那はウットリしている。
「来て良かった。これだけでそう思える」
「でも水族館はクラゲだけじゃないんだぞ。もっと色々あるからな」
「水族館、来たことあるんだ」
星那が俺の方を見る。
「ああ。家族と来たこともあるし、彼女と来たこともある。まだ付き合って一ヶ月だから、実は先々週に来てるんだよな」
「……そうなんだ」
星那は俯き、息苦しそうな表情を浮かべていた。
彼女を傷つけるようなことを言ったか、俺?
家族がいけなかったのか、はたまた彼女の話がダメだったのか。
先々週に来ていたというのが問題か?
彼女が傷ついている理由が分からず、俺は困惑してクラゲと星那を見つめることしかできなかった。
「あ、ごめん……うん、本当にごめん」
「え? 何に対して謝ってるんだ?」
「色々と。まだ付き合って一ヶ月なんだね」
「ああ」
「……最悪だな」
何が最悪!?
星那はこちらに聞こえないように呟いたつもりらしいが、俺にはハッキリと聞こえていた。
最悪の意味……考えても考えても分からない。
「えっと、最悪ってどういう意味?」
たまらず俺は彼女に訊ねてみることに。
すると星那は驚いた顔をし、焦った様子で口を開く。
「ごめん、聞こえてた? 違うの、えっと、裕次郎が最悪ってことじゃなくて……」
「じゃあどういう意味?」
「それは……私の彼氏が最悪って意味。付き合って一ヶ月の頃って、根鳥もすでに浮気してたなって」
「ああ、なるほど。根鳥の話か」
一ヶ月で浮気とか最悪なやつだな。
そんな人間がこの世には存在しているんだ。
俺には無関係だけど、やはり星那が可愛そうだよな。
「いずれ別れるつもりなんだろうけど……とにかく忘れろよ、そんなクソみたいな男のことは」
「うん。そのつもり」
「彼氏のことでムカつくこととか、困っていることがあればいつでも言ってくれ。相談ぐらいは乗るからさ」
「ありがとう。でもまだ確証が無いからまだ話せないんだ」
確証とは?
また理解し難いことを言い出した。
彼女の頭の中を覗いて知りたい気分。
少しモヤモヤするから話してほしい。
「とにかく今日は水族館を楽しまないとな。クソ彼氏のことは考えるだけ時間の無駄だ」
「だね。来たことあるなら、案内してよ」
「了解。綺麗なお姫様に相応しいところを案内しよう」
「綺麗なお姫様って、誰のこと?」
首を傾げる星那。
話の流れで分かるだろう。
とツッコミたくなる気持ちを抑え、俺は彼女に言う。
「星那のことに決まってるだろ」
「お姫様って……そんないいもんじゃないよ、私は」
「男たちは手が届かないと考えている高嶺の花。誰もが振り向くほど容姿端麗。潔癖症のところもあるけど、それは個性として受け入れると上品にも映る。な。傍から見ると完全にお姫様としか見えないと思うぞ」
星那の顔がゆっくりと赤くなっていく。
白から赤に、まるで漫画のキャラクターの顔色が変わっていくみたいで、見ているだけで面白い。
「言い過ぎだってば」
「そんなこと無いって。星那って自己評価低いよな、基本的に」
「普通でしょ」
「いいや、低いね。星那は可愛い、美人、美しい。それを現実として受け入れよう」
「受け入れらるわけないじゃん!」
彼女の目がグルグル回り出す。
これ以上はパンクしそうだな。
純粋に褒めているだけだけど、受け入れられないのはちょっと寂しい気もするけど。
「そういうの、彼女にも言ってるの?」
「あー……そういえばほとんど言ってないかな。恵も綺麗だけど」
「なんで彼女に言わないの?」
「なんでだろう。可愛いとは思うけど、反応が可愛くないからかな?」
恵は綺麗だとか可愛いなんて言われ慣れすぎているのか、反応が薄い。
星那は褒める度に驚いてくれるので、それが新鮮に感じているのかも。
「まぁお互いの恋人の話はもうよしておこう。ほら、あっちでヒラメを触れるんだ……って、触りたくないか」
「うん。触りたくない」
星那は潔癖症で常に手袋をしている。
そんな彼女がヒラメを素手で触れるわけがないか。
でも水族館は魚に触れなくても十分に楽しめる。
俺は全力で星那をエスコートし、館内を堪能させてあげることに。
星那は心の底から楽しんでくれていたようで、水族館を出る頃には笑みが増えていた。
大笑いすることはないが、今日一日で心の距離が随分と近づいたような気がする。
水族館の横の施設にはフードコートがあり、そこで俺たちはカップに入ったアイスクリームを購入することに。
さらにその施設の裏庭からは海が見え、俺たちはその海を眺めながらアイスクリームを食べることにした。
「今日は楽しかった。まともなデートって初めてだったからすごい新鮮」
「楽しんでいただけたのなら良かった」
根鳥とはまともにデートしてなかったのかよ。
これ以上あいつのことを話題に出したくないと考えた俺は、それは聞かずに今日のことだけを話した。
「まさか星那とこんなところに来るなんて、思ってもみなかった」
「私も。一生こういうところとは縁がないと思ってた。だからありがとう、裕次郎」
真っ直ぐ俺を見つめる星那。
海に反射する光が、彼女の魅力をさらに引き立てる。
星那の瞳があまりにも美しく、俺は目を離せないでいた。
「また私と来てくれる?」
「ああ。星那が望むならいつでも」
「うん。じゃあまた誘う」
いつもより優しく微笑む星那。
胸の高鳴りを感じながらも、今更ながら俺は少し罪悪何を覚えていた。
恵に悪いかな、他の女子とこんなところに来て。
後で報告をしておこう。
星那の笑みに惹かれつつ、俺はそう考えていた。




