第4話 本屋でお茶
学校から少し離れたところに古びた本屋がある。
店主は女性で、年齢は80を回ってるとのこと。
何回か行ったことがあるのだが、嬉しいことに彼女は俺をえらく気に入ってくれているようだ。
「ああ裕次郎ちゃん。今日もお茶飲んでいくかい?」
天気も悪くない放課後、俺はその本屋まで足を運び、店主と会話をしていた。
店は10人入れるかどうかぐらいの小ささ。
奥にレジがあり、その後ろ側には6畳の和室がある。
俺は和室の入り口付近に腰かけ、店主からお茶をいただいた。
「ありがとう」
「いいんだよ。裕次郎ちゃんが喜んでくれたらね」
「前から聞きたかったけど、なんでそんなに俺のこと気に入ってくれてるのさ」
「…………」
店主は何も無い天井を見上げる。
俺は熱いお茶をふーふーしながら、彼女の言葉を待った。
「お父さんには先立たれ、子供たちにも年に数回会う程度だろ。だから可愛い裕次郎ちゃんが来てくれたら嬉しいんだよ」
「俺でいいなら誰でもいいんじゃない?」
「ダメだよ。裕次郎ちゃんじゃないと。だって名前がいいじゃないか、裕次郎ちゃんって。私の好きな俳優さんと同じ名前だ」
俺の名前はそんなに良いのか。
自分も好きだけど、こういうところで得をするのは嬉しいものだ。
この人が俺の名前を知ったのは、この店で一冊の本を予約したからだ。
何度もここで本を購入しているで、店が潰れないように貢献したかった。
その時に俺の名前を見て、それから良くしてくてれるから、この人が言っていることは事実なのだろう。
俺が裕次郎で良かった。
「それにあの子の弟だろ、裕次郎ちゃんは」
「ああ、まぁそうだね。それより美味しいよ、お茶」
まるで縁側に腰かけ、おばあちゃんのお茶を飲んでいるような感覚を覚える。
この店の雰囲気が好きなんだよな。
「はぁ、本当に美味い」
「えっと……何してるの、円城」
二人で和んでいると、店にやって来る川島。
俺がお茶を飲んでくつろいでいることに驚いているようだ。
「なんだい、彼女さんか?」
「違うよ。俺の友達。ゲーム友達だ」
「裕次郎ちゃんに友達! それは嬉しいことだね」
「二人はどういう関係!?」
「客と店主」
「そうだね。私たちは客と店主の関係だね。でも可愛い裕次郎ちゃんは孫みたいなものだけど」
ニコニコ会話を交わす俺たち。
川島は怪訝そうな顔でずっとこちらを見ている。
「お姉ちゃんもお茶飲むかい?」
「あ、結構です」
「そんなハッキリ断らなくても……」
少し落ち込むおばあちゃん。
好意を否定されたと思ったのか、傷ついた様子だ。
「この子、潔癖症なんだよ。他人が使ったコップとか使いたくないんじゃない?」
「そうなのかい?」
「はぁ……なんで分かったの」
「だってとことん潔癖症みたいだったからさ。そういうのも気にするかなって」
「……根鳥はそういうの、全く気が利かないんだけどな」
「ははは。そりゃやっぱり別れた方が正解だ。小さな不満が溜まると、爆弾みたいに大きく爆発するからな」
川島は俺の話を聞いて二回ほど頷く。
すると店主がそんな彼女に、紙コップに入れたお茶を手渡す。
「このコップならいいだろ?」
「あ、すみません。ありがとう」
熱々のお茶を飲もうとして、川島は熱そうに顔をのけぞる。
火傷したのか、可愛い舌を出して辛そうな顔をしていた。
「俺がふーふーして冷ましてやろうか」
「い、いい! 唾液とか入ったら嫌だから」
俺が笑いながらそう言うと、川島は恥ずかしそうに自分でふーふーしだした。
彼女を観測していると、一挙手一投足その全てが可愛い。
小動物を見るような感覚で、俺は川島を笑顔で見る。
「な、何?」
「んん~。別に」
「言いたいことがあったら言いなさいよ」
「可愛いなって思ってるだけ」
「ま、まま、またあんたは。そういうの冗談でも言わないでよ」
「冗談じゃなくて本気なんだけどな」
「うっ……」
顔を真っ赤にする川島。
お茶を飲んで誤魔化そうとするが、また熱そうにしている。
やはり可愛い。
「それより早く行かない? 時間が勿体ないんだけど」
「こういう時間も大事でしょ。ね?」
「そうだねぇ。好きな人とのんびりする時間も大事にできたら、人生は豊かになるよ」
「人生が豊かに……?」
俺は無駄な時間も人生には大事だと考えている。
だが川島にとってはそうじゃないようで、だけどおばあちゃんの言葉を聞いて何か思案している様子。
彼女なりに何か思うところがあったのだろうか。
「でもまぁそろそろ行こうか。あまり遅くなるのもあれだしな」
「そうね。じゃあ行きましょう」
「ああ、裕次郎ちゃん。あの漫画、新しいの発売するみたいだけど予約しておいていいかしら?」
「お願いするよ。じゃあまた来る」
「はい。じゃあまたね」
店を出る俺たち。
川島は俺の隣を歩き、さっきの会話が気になったのか俺に訊ねてきた。
「漫画って、どんな漫画?」
「ああ、恋愛漫画だよ。はまってる漫画があってさ」
「へー。漫画ってあんまり読んだことないけど、面白い?」
漫画をあまり読んだこと無いって……どんな環境で生きてきたんだ?
「どうだろうな。好みもあるし。なんから貸してやるから、一度読んでみるか」
「……お願いするわ。また今度貸してちょうだい」
少々思案した後に、川島はそう言ってきたので俺は快く快諾する。
では今度俺のはまっている漫画を貸してやろう。
これで好きになってくれたら嬉しいけど。
しかし他人に漫画を貸すのは初めてだな。
恵と漫画の話をする時もあるけど、貸し借りの話にはなったことがない。
「裕次郎」
「はい?」
「名前、裕次郎って言うんだ」
「ああ。そうなんだよ。川島は星那だったよな」
「うん。教えたっけ?」
「有名人だから知ってただけ。俺は無名だから知る余地も無かっただろ?」
「うん」
ハッキリ言い切った!
そりゃこちらは無名ですけど。
傷つきはしないが、でもそこまでハッキリと言われるとは思わなかった。
「これから円城のこと、裕次郎って呼んでもいい?」
「いいよ。別に減るもんじゃないし。その代わり、俺は川島のことしまかわって呼んでいい?」
「え、何その言い方。ちょっと嫌なんだけど」
「じゃあ川島のままでいいや」
「別に下の名前でもいいけど」
顔にかかる髪を指でどけながらそう言う川島。
「じゃあ俺も下の名前で呼ばせてもらうおかな。星那」
「何かしら、裕次郎」
「別になんでもないよ、星那」
「必要以上に名前を呼ばないでくれないかしら、裕次郎」
「お互い様じゃない?」
星那は俺の言葉に噴き出す。
ああ、やっぱり笑っている時が一番可愛いな。
後でこっそり写真でも撮ってやろうか。
そんなことを考えていると、俺たちの横を車が走って来る。
車は星那にぶつかるかぶつからないかの距離感で走っており、俺は咄嗟に手を伸ばした。
「危ない!」
「えっ」
彼女の腕を掴む。
このまま抱き寄せようとかと思案するが、彼女は潔癖症でそんなことをしたら嫌がるだろう。
俺は彼女の体を引き寄せ、極力触れないように済ませた。
「大丈夫か?」
車は何事も無かったように過ぎ去って行く。
危なかったのになんだよ、あれは。
「…………」
「ああ、ごめん。嫌だったよな」
困惑しているような表情の星那。
だが驚くことに、彼女は首を横に振る。
「嫌じゃなかった。なんでだろう」
「それは……俺に聞かれても分からないな」
こちらを上目遣いで見上げてくる星那。
あまりにもその上目遣いが絵になり過ぎて、写真を撮りたい衝動に駆られてしまう。
「あれ、星那じゃね?」
「え……今村」
声に振り向く俺たち。
星那の視線の先にはチャラチャラした他校の男子生徒がいた。
こいつは一体何者?
星那は少し困った顔をしており、会いたくなったような様子だ。
面倒なことにならなきゃいいけどなぁ。




