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第36話 恵との別れ

 授業が始まる前の朝。

 先日の間に山本にカギを開けておいてもらい、屋上で杉浦に会っていた。


「この動画があれば、あいつらを訴えることもできる。学校に知らせるのも、警察沙汰にするのも杉浦次第だ」

「…………」


 俺が杉浦に送った動画は、彼が山本たちにイジメられている動画。

 他にもいつくかの動画を今村に撮らせていたので、それも全て渡しておいた。


 だが杉浦の顔色は優れない。

 迷いと恐怖を抱いているような表情だ。


「僕には無理だ。何もできない」

「何もしないだけだろ」

「出来ないんだよ! もし通報するようなことをすれば、また酷い目に逢わされる……」


 山本たちにすっかり怯えきっている杉浦。

 体も心も、彼らに対しての恐怖が支配している様子。

 

「このまま放っておくのも杉浦の自由だ。相手ももう手を出してこないと思う。でも前に進むことも大事だ。どこかで払拭しておかないと、杉浦の中に一生残ることになるよ。暗い人生が続くことになる」

「それでも、僕には何もできない。怖くて何もできないんだよ」

「それは山本たちも変わらない。自分よりも弱い人間を見つけて、自分が強いことを証明したいと思ってたんだ。心の奥では、ずっと何かに怯えているんだよ、皆」


 杉浦は俯いたまま、何も言わなくなってしまう。


「誰だって最初は怖いものだ。だけど最初の一歩を踏み出してみると、案外大したことないって気づく。大丈夫。あんなやつら、怖くとも何ともないから」

「怖いよ……僕は怖い」

「一生怖がったままでもいいならそれでいい。でも違うだろ。杉浦の中にも、怒りはあるんだろ?」

「当然さ! あんなやつら、地獄に落ちればいいと思ってる! でもできないんだ!」


 怒る杉浦を見て俺は笑う。

 だが決して杉浦を見て笑ったわけではない。

 山本たちのことを考えてだ。


「あいつら、この動画をチラつかせたらビビッてビビッて、震えてたんだ」

「え?」

「言ったみたいに、誰だって何かを怖がっている。そして誰だって強くなれる。強くなった後なら、あんなの大したことないんだ。これまでの自分と同じで、弱いって分かるはずだ」

「…………」


 そんな会話をしていると、屋上に走ってやって来る山本たち。

 ここに来るように指示しておいたのだが、悲壮な表情をしている。


「おい、どういうことなんだ! お前に従ったら、誰にも言わないって言っただろ!」

俺は(・・)は報告しないって言っただけ。杉浦が報告したとしても、自分が蒔いた種だろ」


 真っ青な顔で、山本たちは杉浦に頭を下げる。

 杉浦は驚いた顔で、山本たちを見ていた。


「杉浦! 頼むからこのことは内緒にしておいてくれ!」

「これまでのことは謝る。だから許してくれ!」

「…………」


 杉浦の顔色が変化していく。

 山本たちに対して青ざめていたが、少しずつ赤くなる。

 そして目に涙をため、大声を出す。


「許せるわけないだろ! 辛かった、怖かった、死にたかった……君たちは僕の体を、心を傷つけてきたんだ。どんな謝罪をされても、許すつもりはない!」

「そ、そんな。考え直してくれよ」

「お願いだ、頼む!」


 形勢は完全に逆転している。

 やる側から、断罪される側に。

 山本たちは過去の事を悔やむことはないようだが、保身のために必死になっている。


「報復なんてできやしない。杉浦が訴えると分かっていて尚、そんなことをできるほど常識外れな連中じゃないからな」

「ありがとう、円城。前に進んでみるよ。こんな弱い人たちにイジメられたまま、自分の人生を暗くしたくない。自分は明るい未来を歩みたいから」


 杉浦は生まれ変わったように真っ直ぐな瞳を向けてくる。


「ちなみに俺のお勧めは弁護士同伴のもと、国家権力に協力を要請する。それが一番かな」

「うん、そうするよ」

「そ、そんな、嘘だろ……」

「勘弁してくれ!」


 懇願する山本たちであったが、彼らはこれから杉浦に犯罪者として訴えられる。

 だがそれは自分たちがやってきた結果だ。

 報いを受ける時が来た。

 ただそれだけの話なのだ。


 ◇◇◇◇◇◇◇


「裕次郎くん」


 いつも恵と待ち合わせに利用していた喫茶店に来た。

 到着するとすでに彼女がおり、驚くことにマスクをしている。


「マスク、どうしたんだ?」

「うん……歯が折れちゃっててさ」


 根鳥に殴られ、歯が折れたようだ。

 可愛そうだとは思うが、同情することしかできない。

 俺は慰めることもなく、彼女の前の席に着く。


「恵、これ」

「何?」


 恵にカバンを手渡す。

 博くんから渡されたカバンだ。


「慰謝料。根鳥から回収してきた」

「慰謝料……」


 根鳥から回収した金――博くんが根鳥から強引に払わせたお金だ。

 彼女を妊娠させたこと、そして暴力を振るったことへの慰謝料として500万。

 他の被害者たちは、根鳥の顛末を話したら、恵に金を渡すことを笑って快諾してくれた。


「子供、産むにしても堕ろすにしても、金は必要だろ。それぐらいは貰って当然だよな」

「裕次郎くん……」


 恵は俯き、肩を震わせる。


「裕次郎くん、こんなに優しくて、頼りになって……私、何してたんだろ」

「…………」

「ずっと裕次郎くんと一緒だと思ってた。根鳥くんが現れなかったら良かったのに」

「でももう遅い。恵は根鳥に靡いて、俺を裏切った」


 恵は勢いよく顔を上げ、悲痛な様子で声を出す。


「裏切るつもりなんてなかった! 騙されてた、弄ばれていた、玩具にされた……私が悪いのは分かってるけど、一番悪いのは根鳥くんだったの」

「それは理解してる。一番悪いのは根鳥だ。それは疑いようのない事実だろう。恵は被害者だ。でもそれでも、裏切ったんだから」

「ううう……」


 ポロポロ涙をこぼす恵。

 カバンを力強く抱きしめ、再び俯いてしまう。


「被害者としての慰謝料。それで納得いかないかもしれないけど、でも現実としてもう戻ることはできない。起きてしまったことは、無かったことにはできないんだ。もう俺たちは終わりなんだよ」

「やり直すことはできない? 一緒に子供のことを考えてほしい」

「無理だよ。だって俺の子供じゃないんだから」


 泣きじゃくった顔で俺を見上げる恵。

 俺は何の感情が湧かず、静かに彼女の顔を見返す。


「私、まだ裕次郎くんのことが好きだから。ううん、前よりもっと好きになってる。ずっと一緒にいたいって気持ちは本物だから!」

「本物だったら裏切ってないんだよ。『本気』と『本気のつもり』。その違いは大きい。ほとんどの人が使う本気って、本気のつもりなんだよな。本気だったら他のことに惑わされることはない。恵は『本気のつもり』で俺が好きだった。その程度の気持ちだったんだよ」

「裏切ったことは謝る……裕次郎くんがそう言うなら、もっともっと本気で裕次郎くんのことを好きになるから!」


 俺は席を立ちあがり、恵に一枚の紙を手渡す。

 

「これから大変だろうけど、頑張って。もし子供を産んで、養育費が必要になるなら、ここに連絡して。根鳥から養育費を回収してくれるはずだから」

 

 恵は俺から紙を受け取り、懇願するような目をこちらに向けてくる。

 それは博くんの連絡先。

 彼なら喜んで根鳥から養育費を回収してくれるだろう。

 根は良い人だから、酷い目に遭っている人の味方になってくれるはずだ。

 

「もう、無理なの?」

「うん。恵に対して気持ちはもう無い。これまでありがとう」

「裕次郎くん……ごめんね……ごめんね」


 踵を返し、俺は店を出る。


「行かないで、裕次郎くん!!」


 最後にそう叫ぶ恵。

 俺は振り返ることなく、店を後にした。


「…………」


 赤い空を見上げ、俺は溜息をつく。


 最後まで恵は、自分のことしか話さなかった。

 それに対して星那は人のことを一番に思ってくれている。


 恵はいつも人の輪の中心におり、星那はいつも人の輪の外にいた。

 でも恵は自分本位で、星那は他人を常に気遣う。


 俺から離れ、根鳥に近づいた恵。

 根鳥から離れ、俺に近づいた星那。

 恵は根鳥に影響され、星那は根鳥に影響されなかった。


 そして恵まれていたはずの恵は多くのものを失い、星那は……

 星那は、何を手に入れたのだろう。


「早く会いたいな」


 駅に向かって歩き出す。

 星那のことを胸に強く想いながら。


 この後、恵は学校に来なくなってしまった。

 これ以降彼女に会うことは無く、子供がどうなったのかは分からないままだ。

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