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第35話 それから

「はじめまして、龍心です。よろしく!」


 本屋のおばあちゃんの店で、俺は博くんといた。

 竜胆から近いので、兄貴と博くんの良いたまり場と化している。

 和室の中央にある低いテーブルでお茶を飲んでいると、博くんの知り合いだという竜心くんが幸田と来たのだが……オレンジ色の頭も相まってチャラく見え、容姿の優れたカッコいい人だという印象を受けた。


「龍心くんは俺の2コ上の先輩なんだよ」

「そうなんだ。ワルい方? バカの方?」

「龍心くんはクズの方だな」

「どうもー、クズでっす!」


 博くんからクズ呼ばわりされても、気にしないどころか、明るくピースを作ってそう返事をする龍心くん。


「私が龍心くんファンでぇ、それで龍心くんの紹介で博文くんと知り合ったの~」

「そういうことか。それで、あの子(・・・)はどうなったの?」


 俺がそう聞くと、龍心くんは笑顔で答える。


「順調だよ。もう僕の虜みたい」


 彼女――庄司英美里は、幸田に付いて龍心くんのイベントに参加していた。

 根鳥が落とす予定の相手に近づき、懐柔することを知っていたので、それを利用して龍心くんと庄司を引き合わせることはそう難しくなかった。

 自分でも気づかないうちに庄司は龍心くんにのめり込み、現在は熱烈なファンとして彼に会いに行っている模様。

 実はこれこそが、根鳥たちにかけた罠の一つである。

 庄司のことが許せないと、幸田が仕掛けていたことなのだ。


「色恋営業ってやつか。ある層の女は、地下アイドルに貢ぐって話聞くからな。庄司って女、これから当分は龍心くんのいいカモだ」

「失礼だな~。お姫様たちを喜ばすのが僕の使命なんだから、カモなんて呼ばないでよ」

「カッコいいこと言うじゃねえか」

「でも、クズからはお金を巻き上げるって決めてるからね。英美里姫にはこれからいっぱい貢いでもらうつもりなんだ」

「やっぱりクズだな」


 ニコニコ笑う龍心くんはどこか怖く思える。

 クズはクズでも、クズにしか迷惑をかけないクズのようだ。


 山本の情報によると、庄司は金が大好きだったみたいだが……お金好きがまさか金を吸い上げられる側になるなんて、皮肉な話だな。


「でも今回は助かったよ。二人もそうだけど、特に博くんがいなかったら何もできなかったかもね」

「何言ってんだ。俺がいなくても、あの程度のやつならお前一人でどうにでもなっただろ」

「まぁ、そうなんだろうけどさ」

「ええー、悪党をどうにかできるほど強く見えないけど、この子」


 龍心くんが笑みを浮かべながら俺を見て、そう言ってくる。


「龍心くん、裕次郎は敏郎の弟だぞ」

「えええっ!? 円城の?」


 急に目を見開き、冷や汗をかいて俺を見る龍心くん。

 さっきまでヘラヘラ調子乗りみたいな感じだったのに、あまりの変化に俺は驚き唖然とする。


「どうしたの、この人」

「ああ。敏郎に対してトラウマがあるみたいだ。北海道まで逃げてたのにあいつが殴り込みかけたからな」

「あの話、この人だったのかよ!」


 小百合の弁当をひっくり返して逃げた人がいるって言ってたが、まさか龍心くんだったとは。


「それで~、裕次郎くんも強いのぉ?」

「強いってもんじゃねえよ。あの敏郎と派手な兄弟喧嘩10回したことがあって、2回勝ってるみたいだからな」

「円城に2回も勝ってる!? こ、この子も化け物じゃないか!」

「強いんだね~、裕次郎くん」


 驚愕する龍心くんと、ふんわり楽しんでいる幸田。

 俺は溜息を吐きながら会話を続けた。


「8回負けてるんだから、やっぱり兄貴には敵わないよ」

「それでも十分だろ。竜胆のやつらに絡まれた時も、全部ぶっ飛ばせばよかったのによ」

「俺は基本的に平和主義なの。喧嘩も禁止されてるしね。まぁ兄弟喧嘩はたまにするし、根鳥に対してはやっちゃったけど」


 博くんは笑ってお茶を飲む。


「しかしあの根鳥って野郎、わざわざ敏郎が出るまでも無かったな」

「それは最初から分かってた。でも俺がやるにしても博くんがやるにしても、ある程度のところで躊躇しちゃうだろ」

「その点、敏郎は頭のネジが飛んでるからな。とことんやるなら、敏郎に任せて正解だ。ちなみに、根鳥のやつどうなったか知ってるか?」

「何々、どうなったの~?」


 幸田が興味津々な表情で博くんに近づいた。

 龍心くんは怖い物見たさなのか、怯えながらも話を聞く。


「頭蓋骨骨折、左眼底骨折、右頬骨骨折、鼻骨粉砕骨折、歯は14本折れてさ。後は左上腕骨骨折、右手小指と人差し指骨折、右大腿骨骨折、それからあばらが3本折れてるって話だ。今は流動食しか口にできない状態なんだよ」


 その話を聞いた龍心くんは、顔面蒼白となった。


「うわー……悲惨だ。やっぱり円城はメチャクチャだな」

 

 やり過ぎ感はあるけど、でも可哀想だとは思わない。

 根鳥は痛い目に遭うだけのことをやってきたと思うから。


「だけどさ、そんなにやっちゃったら、警察に通報されるんじゃ……?」

「その点は大丈夫だ。あいつが犯罪をした証拠は、数多くあるからな。それを言わない約束で、今回のことは喋らないように脅しておいた」

「それに恵に対しての暴行。下手したら殺人未遂(・・・・)だ。兄貴と博くんも怖いだろうし、証拠も合わせて、口は割らないと思うよ」

「あ、相変わらず怖いなぁ、島崎は」

「今回の事、何もかも裕次郎の考えだぞ。策士で怖いのは裕次郎の方だ」


 龍心くんは妖怪を見るような目で俺を見てくる。

 心配しなくても、取って食ったりしないよ。


「それに多額の借金もあるし、根鳥は地獄だな」

「まさか。地獄はここからだ」

「まだあるの?」


 根鳥を待ち構える現実は厳しいらしく、それを知っている博くんは悪そうな顔で笑う。


「あいつには仕事を紹介するだろ? そこ、女がいないみたいでな、新人は例外なく被害(・・)に遭うらしいんだわ。ちょっとはやられる側の痛みってのが分かるだろうよ」

「うわー……ご愁傷様」


 これからの根鳥のことを想像すると、背筋がブルッと冷える。

 辛い日々が続くだろうが、頑張って生きてくれ……同情はしないけど。


「ついでにもう女を玩具にすんなって、敏郎の名前で脅してやったんだけどさ……龍心くんみたいに敏郎のことがトラウマになったみたいでな、ガタガタ震えて、歯が無くて喋りにくそうなのに『もう二度とやりません』って必死に叫んでたぜ」

「その気持ち分かる……円城は怖い。円城は怖いんだよ……」


 兄貴のことを想像してか、龍心くんが死んだような目で笑い、手足を振るわせていた。

 そこまで怖いのかなと思うが、しかしやられた本人からすれば地獄のような体験だったのだろう。

 いつもやりすぎるからな、兄貴は。


「あいつ、当分は入院するみたいだが、その後は中々帰ってこれないだろうな。ああそうだ。裕次郎、ほらよ」

「ああ」


 博くんからカバンを渡される。

 俺はそれを受け取り、目を細めて見下ろす。


「金、前借りで回収しておいたぜ」

「博くんが関わったのが運の尽きだな」

「俺を悪いみたいに言うよな。知り合いに頼んで、無利子で借入させてもらったんだぜ。相手は高校生だしな。良心的だろ? その代わり、男ばかりの職場で特別可愛がってもらうことになったけど」


 大笑いする博くんはやはり悪魔みたいに見え、俺は苦笑いをする。


「とにかくありがとう。本当に助かる」

「カッコ悪いことが許せねえだけだ」


 大きく伸びをする博くん。

 するとその時、ガラガラと店の入り口が開かれる音が聞こえてくる。


「おい、博文!」


 店の扉を開いて兄貴が登場した。


「チャリで店に入ってくんじゃねえよ!」


 自転車で店の中まで乗り付ける兄貴と、それを怒鳴る博くん。

 またバカなことをしてるなと、俺は呆れ返る。


「ええええええええ、円城ぉおおおおおおおおおお――うっ」


 兄貴を見るなり龍心くんが叫び出し、気絶して倒れてしまう。

 気絶したと思ったら、泡を吹き始めた。

 本当にトラウマなんだな、兄貴のことが。


「敏郎ちゃん、いらっしゃい」

「ばあさんもばあさんで、あんまり敏郎を甘やかすなよな。怒れよ」

「いいんだよ、敏郎ちゃんなら」

「いいって言ってるんだからいいんだよ」

「良くねえよ! もう少し常識ってやつをつけてくれ。で、どうした?」


 兄貴は憤慨したような様子で、店の奥にいる博くんに言う。

 

「この間のやつ、チャリの弁償がまだなんだよ。住所も聞いてないし、今から家を探しに行くぞ」

「あいつ今、入院してるだろ」


 大きなため息を漏らす博くん。

 兄貴に呆れているようだ。


「なんで入院してんだよ?」

「お前が入院させたんだろ!」

「え、何それ。知らないんだけど、こわっ」

「怖いのはお前の記憶力だ! お前が殴ったんだろうが」

「そうだったか? ちょっと殴りはしたけど、そこまでやってないだろ」


 顎に手を当て、本気でそんなことを言う兄貴。

 あれだけのことをやっておいて、ほとんど覚えていないとは。

 呆れを通り越して、笑ってしまう。


「んだよ、裕次郎もいたのか」

「いたけど、悪い?」

「悪くないけど、なんでここにいるんだよ」

「別に。博くんたちと用があったんだ」

「敏郎。お前が弁償代のこと言うと思ってたから、ちゃんと回収してある」


 博くんが店の方に出て、兄貴に一万円札を二枚手渡す。


「おお、流石博文。サンキュー」

「そんなのも回収してたんだ」

「敏郎のことだからな。どうせ弁償させるって息巻くに決まってるから。ちなみに、俺の小遣いもちょっとだけ貰っておいた」


 そう言って三万円ほどヒラヒラさせてこちらに見せる博くん。

 ちゃっかりしてるよな、この人。


「おお、万年金欠の博文が金持ってるじゃないか!」

「人のこと言えねえだろ、貧乏人」

「金があるなら今から焼肉行くぞ! 食べ放題じゃないやつな」

「アホか。お前に普通の焼肉奢ったら、破産しちまうだろうが」

「じゃあ食い放題でもいい。ほら、行くぞ!」


 兄貴が嬉しそうな顔をし、俺の方を見る。


「裕次郎も行くぞ、来い」

「おい、俺の金だぞ」

「わーい、祝勝会だね~」

「ちっ、仕方ねえ。全員奢ってやる。龍心くんも起きろ」

「誰そいつ?」

「先輩の龍心くんだよ。お前が北海道でボコボコにした」


 気絶している龍心くんの顔をジッと見る兄貴。

 だが首を傾げ、顔をしかめる。


「知らん」


 兄貴はそう言って、速足で店の外に出る。

 俺たちは気を失っている龍心くんを放置することにし、同じように店を出た。


「後ろに乗れ博文。奢ってくれるから乗せてやろう」

「それ、俺の自転車だよね」

「俺のチャリはあいつに壊されたからな。ま、細かいことは気にすんな」


 自転車を壊したのは兄貴なのだが、ツッコむのも面倒なので放置する。


 兄貴は俺の自転車に乗って大笑いしていた。

 それに釣られて、博くんと幸田も笑う。

 結局俺も笑ってしまい、気分良く焼肉に向かう俺たち。


「またおいでー」

「おお。じゃあな、ばあちゃん。で、祝勝会って何だよ?」

「さあ。兄貴は知らないでいいんだよ」


 兄貴はそれ以上聞いてこず、すでに頭の中は焼肉でいっぱいのようだ。

 仕方ないので、功労者をねぎらってやろうではないか。

 博くんのお金だけど。


「なあ博文~、小百合ちゃんも呼んであげていいかな? 小百合ちゃん、焼き肉も好きだからさ、喜ぶと思うんだ~」

「好きにしろ」


 兄貴はデレデレの表情で携帯を操作をする。


「でへへ、小百合ちゃんと一緒に焼肉……あれ、連絡先ブロックされてる。なんで? なんでぇ!?」


 携帯を見下ろしてワナワナ震える兄貴。

 俺と博くんは、肩を竦めながら笑う。

 粘着していると言っていいほど付きまとってるんだから、これもまた自業自得なのである。

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