第34話 これまでのこと②
根鳥に動きは無いようだが、それでもこちらは動き続ける。
そこで次に取った行動は、根鳥と直接会うことだ。
目的は二つ。
一つは根鳥と会うこと。
顔は知っているが、どんな人物なのか一度顔を合わせておきたい。
そしてもう一つは、根鳥と小百合をぶつけること。
そうすることで俺は兄貴を切れるようになるからだ。
俺が星那と小百合といる時に、山本が根鳥を連れてやって来た。
根鳥を連れ出すように指示しておいたが、うまくやってくれたようだ。
俺が思うに根鳥みたいなタイプは、自分の女が他の男といたら激高すると踏んでいたのだが……これも予想的中。
さらに俺と根鳥が揉め出したら、妹が前に出るのも分かっていた。
予想外だったのは根鳥が女に手を上げられる人間だったことと、星那が怯えてしまったこと。
顔合わせも済み目的は達成したので、根鳥にはさっさと退散してもらうことに。
山本に目を向けると、彼は複雑そうな青い表情で俺を見ていた。
それは友人を裏切っている罪悪感からか、あるいは俺のバックにいる博くんに対しての恐怖か。
まぁそんなことはどうでもいいのだが、とにかく俺が目を合わせたら根鳥を連れて退散する手筈になっていたのを、忠実に遂行してくれた。
「なあ、このままじゃ本当に警察が来ると思うけど」
「そ、そうだよな。おい根鳥、退散だ。警察は流石にマズい」
こうして兄貴を動かすだけの理由作りは完成。
だがこの時の俺はまだ兄貴を根鳥にぶつけるつもりはなく、手札を増やしておくぐらいの考えであった。
兄が動くと大ごとになってしまう。
根鳥に大怪我を負わせてしまうので、そこまではどうかと思案していたから。
それから少しして、俺は博くんに幸田を紹介してもらうことになる。
彼女と初めてあったのはファーストフード店。
俺が店に行くと、笑顔で博くんの隣に座っていた。
「こいつ幸田って言うんだけどな、例の男をシメるのに協力してくれるってよ」
「初めまして~。博文くんの友達でーす」
「初めまして。で、どういう関係?」
「知り合いから紹介してもらった。裕次郎と同じ高校みたいだからな」
「うん、知り合いの知り合い~。悪い人を懲らしめるって聞いたから、私ができることならなんでもやるよ。悪いことする人は嫌いなんだ~」
幸田は間が抜けたような声でそう言い、美味しそうにシェイクを飲む。
「協力って言ってもな……何をしてもらうつもり?」
「男に手を出させるんだよ。それで相手をはめて何かできないか?」
「え、でもそれは……そういうことをするってことだよね」
「大丈夫~、私からすればスポーツ楽しむようなものだから~、あれ」
スポーツみたいなものなのか!?
あまりにも貞操に対する考えの違いから、変な笑いが出る。
だが彼女は問題が全く無いらしく、俺は彼女を作戦に組み込むことにした。
「サプライズも必要だよね、相手が驚くような。博くんの彼女ってことにする?」
「それいいな。それで相手をとことん脅してやるか。俺が足を突っ込む理由もできるしな。最高の演出を披露してやろうぜ」
こうして二つの罠をかけることが決定し、根鳥を近づけさせるために再び山本に頼ることに。
山本には恵のことを根鳥から聞くように言っておいたが、この時点でも進展は無かった。
だが作戦は成功だ。
まんまと罠にかかる根鳥。
しかし幸田が罠とは、予想だにしていなかっただろう。
そしてとうとう山本から動きがあったことを報告される。
恵との動画の撮影が完了し、翌々日に送ってくるとのこと。
このことに関しては特に何も考えていなかった。
動画を送られてきたところで、こちらとしてはどうということは無かったからだ。
これを動機に根鳥への制裁を開始してもいい。
そう考えていたのだが……
まさかあんなことになるとは。
星那の提案に驚くが、奪われる者の気持ちを分からせるのにも丁度いい。
それに動画を送ることによって、わざわざこちらから呼び出す手間も省けるというものだ。
相手は激怒し、必ず俺に喧嘩を吹っかけてくるはずだから。
動画を送り付けてやると、根鳥からの電話があった。
想像通り、怒り狂っていたことには笑いが出そうになる。
博くんに根鳥から電話が来たことを報告すると、根鳥が人を集めるように頼んできていたことを、竜胆の生徒から教えてもらったと聞く。
俺はそれに応じて集まるよう指示をしてもらう。
味方だと思っていたやつらが敵に回る、相手からすれば絶望的な状況となるだろう。
この後少ししてから、恵から連絡が来た。
どんな内容かは分からないが、とにかく出てみることに。
罵倒される可能性もあったが、だが彼女の言葉など心に響かないだろう。
俺は冷たい声で、彼女の電話に応答した。
「はい」
『……裕次郎くん』
どこか喋りにくそうな恵の声。
様子がおかしいことにはすぐに気づいた。
「何?」
『……根鳥くんの彼女を取ったって本当?』
それは微妙なラインで、取ったというわけではない。
でもキスするほどの関係だから、何とも言えなかった。
『二股かけてたって本当なの?』
「二股かけてたのは恵の方だろ」
二股はかけていない。
どうやら恵は、こちらが考えていることと少し違う話をしているようだ。
なんだか微妙に話がかみ合っていない気がする。
「動画は観た?」
『動画って……観たのは裕次郎くんの方でしょ』
俺が送った動画を、恵は観ていないようだ。
なら星那を取ったとか、そんな話はおかしくなってくる。
あれを観てないとなると、二股をかけていたなんて発想にならないはずだから。
「俺は観たけど、とにかく二股なんてかけてないから」
『……やっぱりそうだったんだ。ごめんなさい、私、裕次郎くんに酷いことしたね』
電話の向こうで泣き出す恵。
一体何が起きているのだろう。
俺は慌てることなく、恵に問いただすことに。
「何があったんだ。ゆっくりでいいから話してくれ」
『私、根鳥くんと浮気してました。裕次郎くんを裏切る行為をしてました。それから彼に騙されて、あんな動画を撮ったの……本当にごめんなさい』
「……恵が後悔しているのは分かったけど、何で泣いてるんだ? それを教えてくれ」
恵のすすり泣く声。
中々話をしようとしない。
だが俺は根気強く、彼女が話すのを静かに待った。
『遊ばれてたんだ、私。裕次郎くんを酷い目に逢わすための道具でしかなかった。本気だって言ってたのに……子供もできたのに』
「こ、子供……?」
『私、根鳥くんの子供、妊娠したの』
思考が停止する。
他人事ではあるが、まさか妊娠していたとは。
それから恵は、これまであったことをポツポツと話してくれた。
一ヶ月間動きが無かったのは、根鳥との付き合いを完全に断ち切っていたからだということを聞き、そういうことかと納得する。
「恵の考えてることは分かった。それで根鳥は、子供の事なんて?」
『最初は責任を取ってくれるような話をしてたんだけど、最後は暴力を振るって子供を下ろしてやろうかって……』
「最悪なやつだな」
恵に対して情は無いが、それでも怒りがこみ上げる。
暴力を振るって子供を下ろす?
そんなの人間のやれることなのか?
『それで、本当に殴られて……本気で子供を殺すつもりかどうか分からなかったけど、お腹も蹴ろうとしてきたの……私、もうどうしていいか分からなくて』
「そうか……分かった。とりあえずは俺に任せておいてくれ。根鳥にしっかり責任は取らせてやる。また連絡するから」
電話を切り、深呼吸をする。
「流石に許せないよな……」
あまりにも外道の所業。
根鳥に対する怒りがピークに達する。
恵を傷つけたことは百歩譲って自業自得だったとしても、子供を殺そうとした?
そんなことは絶対に許されない。
人間のしていいことじゃない。
根鳥には罰を与えなければいけない。
拳を握り締め、根鳥への制裁――兄貴の投入を決意した瞬間であった。




