第31話 円城敏郎
「少し兄貴の話をしようか」
「…………」
「兄貴は子供の頃から妹が大好きでさ。あれは兄貴が小学6年の時だ」
「は?」
俺が突然語り出すことに、頭に疑問符を浮かべる根鳥。
「妹は俺の1つ下で、兄貴の2つ下でさ。妹が4年生の時、同級生から無視をされたんだよ。それを知った兄貴はどうしたと思う?」
「し、知るかよ」
「妹を無視したやつらを全員ボコボコにしたんだ。相手は大怪我しちゃって、学校でも大問題になった。妹のことになると、特に歯止めが利かなくなるんだよな」
こいつ何言ってるんだ。
根鳥はそんな表情をこちらに向けている。
「それから去年の話だったかな。ぶつかりおじさんってのがいるだろ? あれが妹にぶつかって来てさ。それだけで兄貴がそのおじさん、血祭りにあげたんだよ」
「ああ、去年知らない間に停学になってたけど、それが理由だったのか」
博くんもそのことは知らなかったようで、鼻で笑いながら話を聞いていた。
「今年になってから竜胆の校門前で、小百合をナンパした生徒らがいたな。珍しく敏郎と約束があったみたいであいつに会いに来てて……で、それを知った敏郎、全員病院送りにしたっけ」
「ああ。あれも停学になってたよね。いつもやり過ぎなんだよ、兄貴は」
俺と博くんは大笑いする。
幸田は俺達の横で会話を聞いており、ワクワクした様子で会話に参加してきた。
「『竜胆学園大炎上』って有名だよね~。他にはどんなことやったのぉ?」
「そうだな……俺たちが『最凶の世代』なんて言われてるのは知ってるか?」
「うん。知ってる~」
「竜胆学園ってのは恐ろしいぐらいの縦社会でな、先輩の言うことは絶対。逆らうことなんて許されなかったのさ。一年は奴隷、二年は兵隊、三年は王様って形で形成されていて、それが竜胆伝統のルールだった」
博くんはどこか懐かしそうに語り続ける。
「そんな竜胆学園に俺たちが入って、竜胆のルールはその時も間違いなくあったんだ。でも敏郎は常識が無くてな、敏郎の態度が気に入らないって絡んできた先輩をぶっ飛ばしたんだよ。誇張無しで人が宙を浮くんだぜ? 嘘みたいな話だろ」
「宙を浮くって、そんなことある~?」
「あるんだよ。敏郎の腕力は半端じゃねえからな。ありゃ人外だ、人外。化け物もいいところだ」
兄貴が人をぶっ飛ばしている姿を想像するが……いつも通りの光景で驚きもしない。
本当にメチャクチャやる人だからな。
「それから二年と三年の主だった先輩らが、敏郎にヤキを入れようとしてきたのを逆に倒して、入学2日目で竜胆のトップに立った。いきなり竜胆の伝統をぶっ壊して、先輩らも俺らの代にはケチをつけることもできなくなってな」
「に、入学2日目で竜胆のトップ……」
博くんの話す兄貴のことに、根鳥は信じられないと言った顔をしている。
しかし残念ながらそれは事実だ。
入学2日目で停学になっていたから、そのことは俺もよく覚えている。
「加東が来たのもその頃だ。伝統を壊した敏郎のことが気に入らなかったんだろう。他にも色んな先輩が来たが、その全てを悉く返り討ちにしたんだ。あまりにも凶暴なやつがいる、だからあの代には手を出すな……なんて言われて、その内『最凶の世代』って呼ばれるようになった。だから全部、敏郎が理由なんだよ、『最凶』なんて言われてるのは」
「へ~強いんだねぇ~。大炎上さん」
普通の枠に収まりきらない兄貴にとって、伝統なんて関係無い。
竜胆にあったはずのそれを壊して、誰よりも恐れられる存在となった。
アホだけど実力は本物だからな。
「二大巨頭なんて俺らは呼ばれているが、俺は認めてない。竜胆の一番はぶっちぎりで敏郎だ。ま、あいつはアホだから俺がフォローすること多いけどな」
そんな話をした博くんは、微笑を浮かべながら根鳥の方を見る。
「そのアホがお前を探してるんだってよ」
根鳥は愕然としており、ゴクリと息を飲む。
「そ、そんな人が俺に何の用が……?」
「この間、俺の妹ともめたよな、お前」
「……あ」
ようやく兄貴の『用』を理解し、根鳥は極寒の地域に裸で放り出されたように震え出す。
「お、お前……あの時のこと、兄貴に言ったのか?」
「ごめん、口が滑っちゃった!」
俺は片手で根鳥に謝罪するポーズを見せる。
「妹のことになると見境が無くなる兄貴だけど、誠心誠意謝ったらどうにかなるかもな」
「た、頼む……見逃してくれ」
「別にいいけど、地獄の果てまで追いかけて来ると思うぞ」
「あいつの妹が作ってくれた弁当を、誤ってひっくり返した先輩がいたんだ。そいつは北海道にある親戚筋の家まで逃げて隠れてたけど、敏郎はその親戚の家まで追いかけて相手をボコボコにしたんだよ。あの時は警察まで出動するほど大騒ぎになって……とにかく、妹が絡むと敏郎はアホに拍車がかかるから覚悟しろ」
「…………」
怖がる根鳥を楽しそうな顔で見ている博くん。
根鳥は必至な表情で博くんを見返す。
「お、俺、どうすればいいんですか!?」
「知らねえよ。自分がやったことだ。これまで酷い目に遭わせてきたやつらにはそうしてきたんだろ? なら立場がちょっと入れ替わったぐらいで、ガタガタ言ってんじゃねえ」
携帯で時間を確認し、根鳥の方を見る。
彼は博くんに言われたことと、兄貴のことに怯えきっているようだ。
幸田はまだ兄貴の話が聞きたいらしく、ソワソワした様子で博くんの顔を見ていた。
「そろそろ兄貴が到着する頃かな」
「頼む! お前から頼んでくれ」
「何って?」
「俺を助けてくれって」
「何で?」
「何でって……妹と言い合いになったのも、お前が星那といたのが原因だろ? だからその責任を取ってくれよ」
またとんでも理論が飛び出したな。
何で星那といただけで俺が悪くなるんだ。
俺は呆れたままに口を開く。
「いや、俺に責任は無いだろ。言い合いって言うか、妹に殴りかかってたし」
「殴りかかったって、そりゃお前、終わりだな」
「でも当たってないだろ!」
「当たってないなんて関係無いの。お前が妹と喧嘩した。それだけが兄貴にとっての事実だ」
「ううう……島崎さん、金払うんですから助けてくださいよ!」
「金を払うのは俺らに対しての慰謝料だ。敏郎のことは別に決まってんだろ」
「でも500万も払うんですよ!?」
「だからなんだよ。関係ねーって言ってんだろ」
助かるために必死になる根鳥であったが、俺も博くんもまともに取り合おうとしない。
そもそも言っていることが的外れで、変な笑いが出てしまうほどだ。
それからも何か方法が無いか模索しているようだが……何も浮かばない。
親指の爪を噛む根鳥の目は、不自然なほどにキョロキョロと動き回る。
「に、逃げる!」
「どうぞご自由に」
「くっ……」
立ち上がり、根鳥は全力で逃げ出そうとした。
しかしその時、ビルの入り口に人影が現れる。
「裕次郎ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「ひっ!!」
「あーあ、残念。時間切れみたいだ」
俺と博くんは同時にため息を漏らす。
根鳥は聞こえてきた大声に、腰を抜かしていた。
「竜胆最凶のアホのお出ましだ。死なねーように祈るんだな」
黒髪短髪で、容姿は並みより少しいいぐらいだろうか。
身長も少し高いぐらいで、特に目立ったところは見られない。
だが目は赤く怪しく光っている。
血走り、瞳孔が開き、人殺しのような目つき。
その迫力に、周囲にいる竜胆の生徒たちが一斉に震え上がる。
彼こそが円城敏郎。
うちの兄貴が――
チャリで来た。




