第30話 博文と根鳥
二人の関係性を想像し、自分がやったことを思い返したのか、根鳥の足が震え出す。
両手を震るわせ、口元がピクピクし、脂汗が止まらないようだ。
「あ、いや……え? お前、彼氏って横島のやつじゃ……」
「違うよぉ。私の彼氏は博文くん。カッコいいでしょ~?」
「……すいません。知らなかったんです!!」
自分が犯した過ちに根鳥は頭を下げる。
まさかいつものノリで女に手を出して、こんなことになるとは思ってもみなかっただろうな。
「すいませんで済むと思ってんのか? てめえは俺の女に手を出したんだぞ?」
「すいません、でも本当に知らなかったんです。それは本当です!」
「嘘か本当かなんてどうでもいいんだよ。お前が俺の女にちょっかいを出した。それが重要だ」
今度は土下座をする根鳥。
頭を地面にこすりつけ、許しを請う。
「すいません……本当にすいませんでした!」
「……まぁ俺も鬼じゃねえからな。許してやるよ」
「ほ、本当ですか!?」
顔を上げて、希望に満ちた瞳を浮かべる根鳥。
「ああ。100万で許してやる」
「へ?」
「慰謝料だよ、慰謝料。お前、迷惑をかけたり人を傷つけたりしたら、慰謝料を払わないといけないの知らないのか? お前の所為で心が傷ついたんだよ、俺は」
「で、でも100万円なんて……」
「無理か? 無理なら無理で、こっちにも考えがあるがな」
地面に膝をつく根鳥に、顔を近づける博くん。
相手は俯き、肩を震わせる。
「わ、分かりました……100万ならなんとかします」
「そうか。じゃあ500万用意しろ」
「はぁ!?」
突然500万までつり上がったことに、根鳥は驚愕の声を上げた。
だが博くんは悪い顔を浮かべながら会話を続ける。
「藤井拓斗。大島正樹。工藤太一。福島誠。これまでお前に被害にあったやつらだ。1人100万。俺の分も含めた慰謝料、合計で500万だ。何かおかしいか?」
これまで根鳥が動画を送って、被害を受けた4人。
彼ら全員分の慰謝料を、博くんは請求する。
博くんは相手に追い込みをかけるのには情報も大事だとよく言っている。
被害に遭った人たちのことも、しっかり調べて尽くしてたんだなと俺は感心してため息を漏らす。
「あ、俺はお前に動画送って仕返したからいらない。でも皆の分は払ってやれよ」
俺はそう言うが、根鳥はこちらを睨みつけるだけ。
博くんに怯えているが、俺に対しては依然として怒っているようだ。
「ご、500万なんて無理です。100万でもキツいのに……」
「大丈夫大丈夫。金を稼げるところを紹介してやるから。お前は慰謝料を稼いでくればいいんだよ」
「そ、それって、ヤバいところなんじゃ……」
「加東の方がヤべーんじゃねえの?」
博くんの悪意ある笑顔。
流石に加東って人よりヤバそうだけど。
「む、無理です」
「そうか。周り見ろ。200からいる竜胆のやつらがお前をボコる。お前が払うまで、それを毎日続けるぞ。怪我してようが何してようが、死ぬまで追いつめるからな」
「そ、そんな……」
「だけどお前に選ばしてやるよ。ボコボコにされて払うか、素直に払うか。ちなみに裕次郎のお勧めはどっちだ?」
「俺のお勧めは、金払ってからボコボコにされるかな?」
「それは酷いだろ! お前は悪魔みたいなやつだな」
大笑いをする博くん。
周りにいる竜胆の連中は、博くんに合わすように乾いた笑い声を出す。
「悪魔って言われてるのは博くんの方だろ」
「心外だな。俺はこんなに優しいのに」
博くんは半笑いのまま続ける。
「で、どっちだ。好きな方を選べ」
「……無理です。500万なんてやっぱり払えません」
「そうか。まぁ、結果は同じだから、俺はどっちでもいいんだけどな」
「そ、それに高校生が仕事なんて無理ですよ」
「大丈夫だって。今の世の中、人手不足らしいから。中卒でも行ったら喜んでくれるからさ」
「……仕事なんて無理です!! 勘弁してください!」
震える根鳥を見下ろす博くん。
すると幸田が、博くんの隣に立って口を開く。
「根鳥くんどうなるの~?」
「さぁ。こいつ次第だが……五体満足で済めばいいけどな」
「ううっ……」
再び根鳥は土下座をする。
「本当に無理です! 俺みたいなガキに500万なんて……」
「だから稼がせてやるって言ってるだろ」
「お願いします、お願いします……許してください」
「許すわけねえだろ。やると言ったら俺はやる。お前みたいなカッコ悪いことするクソは、とことん追い込みかけるって決めてんだよ」
博くんは竜胆の生徒の方を見て静かな声で言う。
「おい、やれ」
「はい」
根鳥に近づいて行く竜胆の生徒たち。
接近してくる軍団を見て、根鳥は博くんの足にしがみ付く。
「わ、分かりました! 払います、金を払いますから!」
「ち、もう少し遅かったらボコボコにできたのによ」
過呼吸を起こしたかのように、息苦しそうな表情の根鳥。
まさかいきなり500万の借金を背負うことになるとは……やはり博くんは容赦無いな。
「500万か~。大金だね」
「お前……俺をはめただろ? 誰と繋がってた!?」
「ええ~、何のことか私分かんな~い」
「くっ‼」
根鳥の問いに、幸田はとぼけた顔をするが……しかし根鳥はそれ以上追求することができない。
遊び半分で手を出した女が、借金の元になるなんて想像もしていなかっただろう。
「いい友達を持ったみたいだな」
「お前の仕業か!?」
「さあ、何のこと?」
「てめぇが……てめえが」
「だから何のことだよ。証拠があるなら出してくれ。話はそれからだ」
根鳥は俺と幸田を睨んでいるが、博くんがいるので動くことができない。
彼がいなかったら、間違いなく殴りかかってきているところだな。
「くそっ……なんで俺がこんな目に」
「そりゃ自業自得だろ」
「…………」
博くんの鋭い指摘に、何も言うことができない根鳥。
悔しさ、苦しみ、憎しみ。
色んな感情を読み取れる目で俺たちを見ている。
「お前だけは……」
「俺だけは何?」
「……殺す」
「怖いこと言うなぁ。平和的に行こうよ。ほら、笑って」
「笑えるかよ、こんな状況で!!」
「えー。博くん、笑わせてあげたら?」
怒る根鳥を見下ろしながら、俺は博くんにそう言う。
すると博くんはニヤッとして口を開く。
「布団が吹っ飛んだ」
「それは笑えないでしょ。面白くない」
「ちっ。こういうのは得意じゃないんだよ。ってか笑えよ、お前」
「あ……あはは」
引きつった顔で、無理して笑う根鳥。
博くんには一切逆らうことができないようだ。
「笑えたじゃん」
「クソが……」
相当ストレスがたまっているのか、血管が破れそうなほど青筋を立てる根鳥。
だがまだこれで終わりじゃない。
俺はここで、さらなる爆弾を投下する。
「あーそうだ、根鳥」
「何だよ」
「根鳥に用があるの、博くんだけじゃないんだよ」
「……は?」
「俺の兄貴」
「え?」
俺の兄貴。
その言葉だけで根鳥の顔面が白くなる。
「兄貴もお前に用があるんだってさ」
「用って……お前ともめたことを怒ってんのかよ!?」
俺は肩を竦め、根鳥に言ってやる。
「まさか。兄貴は俺のために動くような人間じゃない」
「ははは。確かに敏郎は、裕次郎のために動かねえな」
根鳥はさらに困惑をする。
自分は何もやっていないはず。
兄貴と関わるようなことに手を出していない。
彼の顔がそう物語っている。
「な、ならなんでお前の兄貴が俺に……?」
何も分かっていない根鳥は吐きそうな顔をしている。
呼び出そうとしていた先輩が恐れるほどの人物。
そんな相手が用があるとなると、吐きそうになるのは仕方ないか。
面白いぐらい顔色が悪くなっている根鳥を見て、俺はフフッと笑う。
「別件だよ、別件」
「べ、別件?」




