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第24話 恵、星那、それぞれの時間

「ねえねえ裕次郎くん、これ可愛くない?」

「うん。可愛いんじゃないかな」


 恵に誘われ、ショッピングモールへ買い物に来ていた。

 彼女は俺と腕を組みながら、楽しそうに商品を見て回る。

 現在、アクセサリーショップで見惚れるように指輪を眺めていた。


「こういうのお揃いで欲しいね」

「お揃いか。そういうの好きなんだ」

「うん。大事な恋人と同じ物を付けるのって、なんだか素敵じゃない?」


 大事な恋人か。

 裏切っておいてよく言えるな。

 

 今の俺には恵が人間に見えない。

 人間の皮をかぶったバケモノに感じている。


 でもまだ別れるわけにはいかない。

 このまま別れても、根鳥と恵が喜ぶだけだ。

 勝ち逃げとまでは行かないが、こちらとしては気持ちよくはない。

 悪意に対して、少しばかりの復讐はさせてもらおう。

 少しずつではあるが仕返しの準備は進んでいる。

 決着の時までは我慢だ。


「俺はあんまり好きじゃないかも」

「えー、でもいいじゃない。一緒の付けようよ」

「でも結構値段するだろ?」

「安物でもいいから。ね、いいでしょ」


 以前よりもグイグイ来るようになったな。

 何を考えるのか知らないが、誤魔化すように根鳥に命令でもされたか?

 疑心暗鬼のような気分で、しかし俺は笑顔で答える。


「でもまた今度にしよう。今すぐじゃなくても、俺たちはこれからも付き合っていくんだろ?」

「うん!」


 花が開くような笑顔。

 本気で喜んでいるのか演技なのか分からないが、どちらにもしてもこちらは楽しくとも何ともない。


「私たち、これからもずっと一緒だもんね」

「ああ。だからペアで買うのはいいけど、ちゃんとした物にしよう。お金に余裕が出来たら、いいの買うからさ」

「分かった。一緒の付けれるの、楽しみにしてるね」


 恵は回している腕に力をこめる。


「幸せだな」

「ああ」

「いいよね、二人一緒でさ。私は裕次郎くんだけだし、裕次郎くんも私だけ。それからおじいちゃんおばあちゃんになっても仲良くて」


 にこやかにそう言う恵はやはりおぞましい。

 よくそんな嘘を平気で口にできるな。

 もうここまでくると感心してしまいそうだ。


「……ふー」

「どうした?」

「ううん。ちょっと疲れたかも。どこかで休憩しない?」

「あっちにコーヒーショップがあるから、そこに行こうか」

「うん」


 恵は少し疲れたようで、若干顔色が悪かった。

 コーヒーショップでドリンクを注文し、席に座っている間に落ち着いたのか、明るい表情に戻る。


「裕次郎くん」

「何?」

「約束だよ。ずっとずーっと、一緒だからね」

「何回も言わなくても分かってる。俺は恵を大事にするつもりだ。恵が俺を大事にしてくれる限りね」

「じゃあ問題無しだね」


 もう問題は大ありなのだが。

 だが俺は笑顔を崩すことなく、恵と接する。

 決着がつくその時まで。


「…………」

「調子悪いのか?」


 顔色が悪く見える恵。

 彼女は深く深呼吸し、それから眉を顰めながら言った。


「ごめん。今日は帰るね」


 ◇◇◇◇◇◇◇


 星那の家の近所を歩く。

 彼女からそう提案されていたので、恵と別れた後に俺は星那の家まで来ていた。

 天気は良いが夕方前で、しかし気持ちのいい散歩になる予感を覚える。

 ギャルらしい私服で登場する星那。

 彼女が現れるだけで、恵との時間がすでに癒されるようだった。


「呼び出してごめん」

「いや、今日は憂鬱な一日だったから、むしろ嬉しかったよ」

「何かやってたの?」

「ちょっと恵と出かけてた」

「そうなんだ……」


 家の門の前で急に黙ってしまう星那。

 何を考えているのだろう。

 俺はそれが気になり、彼女の顔を覗き込む。


「どうかしたのか? ちょっと変だぞ」

「変かも、私。ムカムカしてる」

「ムカムカ?」

「だって東さんと出かけてたんでしょ。……嫉妬、してるのかも」

「嫉妬って……恵とは仕方なく付き合ってるだけで」


 俺はそこでおかしなことに気づく。

 なんで星那が嫉妬などするのだろうか。

 だがそれを指摘できないままに、会話は続いていく。


「分かってけど、そして自分にこういう部分があるのも驚いてる」


 こちらを見つめる星那。

 俺は何も言うことができず、彼女と目を合わせる。


「根鳥に対して嫉妬なんて感じることも無かったのに、おかしな話。まぁあれに対して良い感情自体抱いて無かったけど」

「俺に対しては良い感情を抱いてくれてるんだ」

「そりゃね。私の幸せ探しにも付きあってくれてるし」

「で、今日は散歩なんだ」


 星那が歩き出し、俺も彼女の隣を歩く。


「そう。ただ裕次郎と散歩がしたかった」

「俺もいい気分転換になるし、喜んで付き合わせてもらうよ」


 閑静な住宅街。

 どこからか、料理をする匂いが漂ってくる。

 家族が笑う声、赤くなりつつある空、ほとんど車が通らない道路。

 当たり前のものばかりであるが、だがその全てが新鮮なように感じられらる。


「うん。やっぱりそうだ」

「何に納得した? 俺にも分かるように説明してくれ」


 星那は嬉しそうに目を細め、空を眺めている。

 俺も同じように視線を上げた。


「私の幸せ探し、これで終わり」

「うん。やっぱり分からないな」

「……裕次郎になら分かるかなって思ってたけど、私とは考えが違うのかな」

「その考えを教えてもらえいことには、その判断ができなんだけど」

「うーん……じゃあ私の考えを当ててみてよ」


 意地悪そうに笑う星那。

 俺は本気で彼女の考えを思案し始める。


「そうだな……夕方の散歩も意外と悪くない。とか」

「不正解」

「楽しそうな家族が羨ましいとか?」

「それも違う。というか、幸せ探しの話」


 そうだった。

 星那の幸せ探し。

 それが終わったとのことだが……何で終わったのか。

 

「幸せ探しが終わったってこは、幸せが見つかったってことだよな」

「うん。私の幸せ、見つかった」


 星那が俺の小指に、自分の小指を繋いでくる。

 俺は繋がれた小指を見下ろし、彼女が俺に触れていることに嬉しくなった。

 前も指を触られていたけど、繋ぐとなるとまた違う感動がある。


「えっと……大丈夫か?」

「うん。裕次郎なら大丈夫。潔癖症って言っても、自分の気持ち次第なんだろうね。嫌なものは嫌だけど、嫌じゃないものは嫌じゃない。まだ普通に触れるのは難しいけど、これぐらいなら問題無いみたい」


 小指同士の繋がり。

 少しの力で離れてしまうような、危うい状態。

 でも星那が小指を繋いでくれたというのは、それ以上の意味がある。


 自分たちの恋人との距離が離れ、心の距離が近づく。

 怖かったものが雪解けのように徐々に溶け、彼女の指先からは夏のような暖かさを感じる。

 星那の中で何かが始まっているのだろう。

 そして俺の中には彼女と同じものが始まる鼓動を覚える。


 赤に染まっていく空と星那の表情。

 俺の胸はうるさいほどに弾んでいた。


「私、裕次郎に言わないといけないことがある」

「俺も」

「多分、同じことだね」

「そうだと思う。そうだと信じてる」


 星那が俺の方を向き、だが小指を放すことはない。


「全部終わったら、話すから」

「いや、俺の方から話す。俺から話させてくれ」

「うん、分かった。でもいつになるんだろうね」

「分からないけど、もうすぐだと思う。きっともう少しで終わるはずだから」


 俺と恵。

 星那と根鳥。

 そして俺と根鳥の問題。

 それら全ての終わりが近いことをヒシヒシと感じていた。


「今日はこのままもう少し散歩を楽しもうか。ここに来るまでは苦行だったから」

「苦行か……じゃあ今は?」

「うーん……天国?」

「なら、時間が許す限り天国を楽しもうよ。ただの散歩だけどね」


 ただの散歩だが、天国にいるように幸せな気分。

 恵がいる時では得られなかった感覚だ。

 何故、今は天国だと感じられるのか。

 それはきっと――

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