第23話 根鳥、新たな標的
「くそっ。何なんだよ、あいつは」
曇り空の下、学校の屋上でイライラしている根鳥。
裕次郎と対面した翌日のことだが、まだ怒りを露わにしていた。
星那に何度もメッセージ、電話をかけているが返事がないことでそれに拍車をかけている。
それを宥めるように、山本が根鳥の肩に手を置く。
「まぁそんな怒るなよ。ああいうのは考えないようにして、楽しいことしようぜ」
「だけどぶっ殺さねえと気が済まねえ」
「気持ちは分かるけどさ……それより、東のことはどうなったんだ?」
山本がそう聞くと、根鳥の目元がピクッと動く。
根鳥は計画がとん挫していることを話すのを恥だと考えている。
これまで失敗したことがなく、自慢だったはずのなのに上手く行っていない。
事実を話したがらない根鳥は、適当な言葉で誤魔化すことにした。
「まぁそれなりにな」
「ふーん。それより新しいネタがあるんだけど、どうよ?」
「新しいネタ?」
「ああ。最近男ができたって女がいるんだよ。横島高校に通うやつでさ、幸田って女。知ってるだろ?」
「幸田ぁ? 確か緩そうな女じゃなかったか?」
幸田という女性の名前を聞いて、バカにするように笑う根鳥。
「そうなんだけどさ、彼氏が出来たの初めてらしいぞ。男もここに通ってる地味な奴がらしいから問題も無し。顔はいいし、標的には丁度いいんじゃないか?」
「やろうよ根鳥。私も小遣い欲しい」
根鳥たちの話を横で聞いていた庄司がそんなことを言う。
あの男のことでムシャクシャしてたし、恵のことも上手くいかない。
憂さ晴らしに新しい玩具で遊ぶとするか。
「分かった。やるか」
邪悪な笑みを浮かべ合う根鳥たち。
こうして新しい標的を狙うことになったのであった。
◇◇◇◇◇◇◇
根鳥と庄司の行動は早く、庄司はすぐに幸田に接触をする。
「これ落としたよぉ」
「あ、ごめーん。ありがとう」
廊下で物を落とし、幸田に拾わせることに成功する。
幸田という女性は茶髪にパーマを当てた、ゆるふわな女子であった。
「確か幸田だったよね?」
「うん。私のこと知ってるんだ」
「ちょっとだけね。私は庄司英美里。よろしくね」
「よろしく~」
庄司はずば抜けたコミュニケーションスキルで、幸田と球速に仲を深める。
すぐに一緒に出掛ける関係になり、次の休日には行動を共にしていた。
可愛らしい恰好をしている幸田と、ギャルの服装の庄司。
二人が出かけていたのは、地下アイドルのイベントであった。
「へー、幸田ってこういうの興味あるんだ」
「うん。普通のアイドルより、地下アイドル応援するのが好き~。距離が近いのがいいんだよね」
「ふーん」
暗く狭いイベント会場には、数十人の女性が集まっていた。
そこでコンサートをする男性五人。
その男性グループの中央に位置する男は一段と目立っている。
オレンジ色に染め、時間をかけてセットされた髪。
王子をコンセプトにしたグループなので、まさに王子様といった恰好をしている。
キャーキャー大歓声が上がる中、冷ややかな目で見ている庄司。
こんなのどこがいいんだか。
隣で騒ぐ幸田のことも見下すように見ていた。
「彼氏いんのに、ああいうのに熱上げていいの?」
「英美里は好きなタレントとか、配信者いない?」
「いるっちゃいるけど……」
「それと同じ~。彼氏の好きとはまた違う好きだよ」
妙に説得力がある幸田の言葉に、頷いてしまう庄司。
そしてコンサートが終わり、アイドルたちとの触れ合い時間が始まる。
恋人のような距離感でやりとりをし、甘いひと時が楽しめるという、彼らのファンからすればたまらないサービス。
「竜心くーん。ハート作って」
「幸田ちゃん。今日も来てくれたんだ、ありがとね」
甘い甘いフェイス。
幸田をお姫様のように扱うオレンジ頭の竜心。
二人の手でハートを作り、写真を撮ってもらう。
幸田の楽しそうな顔を見て、庄司は少し考えが変わる。
割と悪くないのかも?
「それで幸田ちゃん。そっちのお姫様は?」
「この子は英美里ちゃんって言うの。私の友達だよ」
「始めまして、英美里ちゃん」
「はぁ……」
日本人離れした竜心の容姿に、庄司はごくりと息を飲む。
「じゃあ初めての英美里ちゃんには大サービス。お姫様だっこだ!」
「わっ」
いきなりお姫様だっこをされる庄司。
眼前にある竜心の顔にときめきを覚え始める。
「いいな、お姫様だっこって値段が高いんだよ。羨ましい~」
「あはは……」
カメラに向かってピースをする庄司。
まんざらでもない顔だ。
まるでテーマパークに来たように、夢のような時間を過ごす幸田と庄司。
庄司は浮かれてしまっていたが、だがそこで我に返る。
そうだ。私には仕事があるんだった。
頭を振り、竜心のことを思考から払拭する。
携帯を取り出し、これから外に出ることを根鳥に伝えて幸田の方を見た。
「楽しかったね」
「うん。また来ようね~」
これから起こることを知らずにのんきな女。
お小遣いいただきまーす。
そう明るくない階段を上がって行くと、外は夕方。
景色は赤に染まっていた。
ビルの地下から出て来た庄司たちは、駅の方角に向かい始める。
そして最初の角を曲がったところで――竜胆の生徒たちが待ち構えていた。
「美人さん二人発見」
「これから一緒にご飯なんてどう?」
「やめておきます」
迫る竜胆の生徒たち。
幸田は踵を返して走り出す。
「待ってよー。デートぐらいいいじゃん」
「ちょっとだけ話するだけでいいから。8時間ぐらい」
笑いながら幸田を追いかける男たち。
そこでいつもの如く根鳥が登場し、幸田のことを抱きしめる。
「お前……幸田だったよな」
「根鳥くん?」
「ああ。お前ら、俺の連れになんか用か?」
「んだよ、男連れか。おい、帰るぞ」
根鳥の顔を見てニヤッと口元を歪ませる竜胆の生徒たち。
幸田は根鳥に抱きしめられるまま動かないでいた。
◇◇◇◇◇◇◇
「で、どうだったよ?」
「今回もヨユー。幸田ってやっぱ緩いよな。チョロ過ぎもチョロ過ぎだ」
根鳥たちのたまり場、屋上に大爆笑が巻き起こる。
幸田を簡単に攻略した根鳥は、皆の前で得意げに語り始めた。
「やっぱ女は押しに弱いんだよ。それにロマンチストだろ? だからいつものコンボであっさり陥落だ」
「羨ましいな。できるなら俺がやってみたかったけど……根鳥だからできたんだろうな」
山本は根鳥を称賛するよう、肩を叩く。
「お前も今度やってみるか? 竜胆の連中も、お前になら手助けしてくれるだろうし、バーも紹介してやるよ」
「マジ? じゃあ一回チャレンジしてみようかな」
「でも山本じゃあ、ちょっと迫力が足りないかもな」
「どっちなんだよ! やっぱり俺じゃ無理か!?」
再び笑いに包み込まれる屋上。
だが根鳥の胸の中はカラカラに枯渇していた。
自分の欲望を満たすには全然足りない。
自分の知り合い以外の友人が星那にいたことが許せず、そしてその友達である裕次郎のことが許せなかった。
腐ったことはしている根鳥であるが、彼なりに本気で星那を思っている。
他の女は遊び、本気なのは星那だけ。
だが根鳥の気持ちは空回るようにして、星那に伝わらない。
誠実さが皆無なので仕方ないことであるが、それがさらに彼の飢えを加速させていた。
最近は星那と話をする機会が減り、焦燥感をも覚えている。
星那に男の影があることが我慢できず、裕次郎をどうにかして叩きのめしたいと考える根鳥。
ただ殴るだけじゃ気が済まない。
恵を落とし、裕次郎に対して絶望を与えなければ、この渇きは癒えないだろう。
どうやって恵を落とせばいいのか……
笑い声が響く中、根鳥はイライラしながらそのことばかりを思案していた。




