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第21話 星那と小百合

 携帯を触りながら駅を降りる。

 外はすで暗くなっており、近所の居酒屋からは明るい声が聞こえてきていた。


「裕次郎、何してるの?」

「ん、ちょっとね」


 隣を歩く星那が、俺の携帯を気にしている。

 俺は操作を済ませ、携帯をしまって彼女の方を見た。


「今から妹が来るけど、ちょっと会ってみる?」

「会う!」

 

 初めて見る玩具に興奮する子供のような表情をする星那。

 どれだけ妹に会いたいんだよ。

 なんて言ってしまいそうなほど、彼女の目はキラキラと輝いていた。


 星那は門限があるらしいが、まだ時間的には大丈夫なはず。

 この後の用を済ませても、問題なく時間以内に帰れると思う。


「あ、小百合。こっちだ」


 駅前で待っていると、妹が到着する。

 彼女はジャージ姿で、どうやら走ってここまで来たようだ。


「おっす」

「家から走って来たのか?」

「うん。余裕だったけど」


 ここは我が家からの最寄り駅ではなく、星那の家の最寄り駅だ。

 少し離れた駅なのに走ってくるとは。 

 そして小百合は息一つ切らしておらず、その体力の高さは本物だ。


「あ、初めまして。川島星那です」

「円城小百合。よろしく」


 小百合は握手を求めようとするが――星那は一歩後退する。

 すると小百合は首を傾げて、説明を求めるような表情をこちらに向けてきた。


「潔癖症で触れ合いは苦手なんだよ」

「なるほど。納得」


 星那の潔癖症を理解した妹は、次に彼女をジーッと見つめたまま動かなくなってしまった。

 また品定めでもしているのだろう。

 でも小百合は星那のことをどんな風に判断するのか。

 それが不安でもあり楽しみでもあり、俺は息を飲んで妹が口を開くのを待った。


「変人」

「え、失礼過ぎない!?」


 星那を指差し、彼女を変人呼ばわりする小百合。

 そして星那は、青い顔を浮かべるが怒りをもにじませていた。


「そう? ちゃんとした変人だと思うけど」

「やっぱり失礼だよね」

「変わらない人。略して変人。普通の人は周りの影響を受けて変わり続ける。でもあなたはどんな環境にいても変わらず、自分でいられ続ける人」

「妹は自分だけの言葉を使うことが結構あるんだけど、とにかく褒めてるみたいだ」


 人にはものまね細胞という物があるらしい。

 分かりやすく言えば、周囲に合わせる細胞のこと。

 周りが走っていたら皆走り出し、ゲームをしていたらゲームをする。

 そしてそのものまね細胞が少ない人は周囲からの影響を受けづらいらしく、変わらないままなので『変人』と呼ばれる説がある。

 そのことを考えると、確かに妹の言う通りだと思う。

 変わらないから変わっていると言われるなら、変わらない人で変人だな。


 根鳥と付き合いのある星那が、彼からの影響をほとんど受けていないところを見ると、小百合の言っていることは正しいと言わざるを得ない。

 悪人と共にいて善人のままでいられる。

 まさに変わらない人だ。


 即座に星那のそんな部分を読み取る妹。

 彼女の勘は鋭いが、鋭利すぎやしないか?

 ここまで来たら、ほとんど超能力の域なのでは。。

 常人では知りえない、何か特別な感覚を持っているのだろう。

 我が妹のことながら、凄いな。


 その話を聞いた星那の顔は唖然としたものに変わり、だがどこか興味深そうに妹との会話を続ける。


「私、変わりたいと思ってた。友達もできないし、自分がおかしいから友達ができないのが嫌でさ……」

「変わらないままでもできる友人がいいと思う。金持ちになったから友達できたとか、有名人になったから友達ができたなんて、そんな友人は信じられない」

「それは極論だけど、そうだよな。星那のままで仲よくしてくれる人がいたら、それが一番だ」

「じゃあ私は私のままでいいのかな。こんな私のままで」


 自己肯定感の低い星那は、妹の話を聞いて俯いてしまう。

 だがそこに絶望や悲しみなどは見て取れない。

 

「そのままで十分魅力的。むしろありのままが魅力的」

「そうかな」

「裕兄の彼女には相応しいかな。彼女は作ってほしくないけど」

「おい。彼女って、星那に失礼だろ」


 またとんでもないことを言い出すな、この妹は。

 でも恵の時とは違い、高評価。

 やはり妹は人の目る目があるなと、俺は感嘆のため息を漏らす。

 

 星那は星那で、何か吹っ切れたような笑みを妹に向けていた。


「ずっと変化を求めてたけど、変わらくてもいいんだって考えると、すごい楽かも」

「うん。人はそれぞれ違うから、ありのままでいいんだよ」


 親指を立て合う二人。

 意外と気が合うのかもな。


「周りから浮かないようにって考えてたけど、もう止めよう」

「私は最初から周りの目なんて気にしてない」

「小百合は気にしなさすぎだ」

「あはは。私、小百合ちゃんとは仲良くなれるかも」

「それは私も思う」


 意気投合し、二人は微笑を浮かべ合う。

 普通の人ならここでもっと楽しそうに笑うところなんだろうが……二人らしく寧ろいいんじゃないかと考える俺がいた。


「裕次郎の妹さんがこんな素敵な子なんだし、お兄ちゃんにも会ってみたいな」

「それは止めておいた方がいい。あれはアホだから紹介したくない」

「アホだからお勧めしない」

「えっと……お兄ちゃんのことそこまで言う?」


 呆れ返る星那。

 あいつのことを知らないから、そんな顔ができるんだ。

 きっと星那も兄貴と会ったら、アホと思うに違いない。


「ああ、もっと時間があったらな」

「何、時間が無い?」

「うん、門限があるんだ。お手伝いさんしかいないけど、親に報告されたらうるさいから」

「まぁ、守れるものは守っておこう。その方が信用してもらえるからな」


 星那は俺に小さく頷く。


「だね。門限に遅れたら、裕次郎のことを悪く言われるかも。そんなの私、嫌だし」

「裕兄は門限無いから羨ましい。私も門限あるにはあるから」

「門限が無くても、そこまで遅くなることはないだろ」

「ゲームに夢中になってたら遅い」

「それはそう」


 妹の指摘に何も言い返せなかった。

 ゲームに熱中してたら、確かに帰りが遅くなる。


「こっちこっち。向こうの建物の裏にあるんだって」

「マジかよ。こんなところに美味い店なんてあるか?」


 どこかで聞いたことがある声が聞こえてくる。

 駅の方から声は聞こえてきたのだが――その声の主は山本。

 数人の友人を引き連れ、駅から出て来ていた。


「根鳥……」


 山本と一緒にいる友人の中には根鳥の姿もあり、それを見た星那は気まずそうな表情を浮かべていた。

 相手はまだこちらに気づいていない。

 だが駅の近くにいる男たちが星那のことを指差し、注目が集まっていた。


「あの子、綺麗だな」

「一緒にいる短髪の子も可愛いな」

「どっちも美人。どっちとも付き合いたい」


 星那だけではなく、小百合のことも話題になっているらしく、とうとう根鳥も星那がいることに気づく。


「……星那?」

「…………」


 楽しそうにしていた根鳥の表情が凍り付く。

 まさか自分の彼女がこんなところにいるとは思ってもみなかったようだ。

 と言っても、ここは星那が住む家の最寄り駅なのだけれど。


 根鳥から顔をそらす星那。

 その顔は相手を拒絶するように口元が歪んでいる。

 根鳥は俺の方を見て、ようやく事態を飲み込んだのか、怒りに震えだした。


「……誰だお前?」

「…………」


 根鳥のにらみに対して、俺は涼しい瞳を返す。

 俺が何も答えないことに彼は激しく憤慨したのか、肩を怒らせてこちらに迫って来た。


「誰だって聞いてんだよ!」


 ズンズン近づく根鳥。

 だが相手は俺の方ではなく、星那の前で立ち止まり、眉を吊り上げながら彼女を見下ろした。


「おい星那、こいつは誰なんだよ! 答えろ!」

「…………」


 根鳥の質問に答えようとしない星那。

 するとそれを見ていたうちの妹が、二人の間に割って入る。

 そうすると思ったよ。

 俺は勇敢な妹を見て、少し笑ってしまうのであった。

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