第2話 川島星那
その日の放課後はいつもと同じだった。
他のクラスメイトたちと帰って行く恵。
彼女とは付き合ってはいるが、誰も俺たちの関係を知らない。
休日にあったり、携帯で連絡を取り合ったりするにはしている。
秘密の関係と言えば聞こえはいいが、とにかく俺たちが付き合ってるのは誰にも話をしていない。
だけど寂しいと思ったことも無いし、このままでいいと考えている。
恵に告白されるまま付き合ってみたものの、まだそこまで彼女に対して好意を抱いているわけではない。
もちろん、人としては好きだが恋人として好きかと聞かれるとまだ分からない状態だ。
しかしどこからが人として好きか恋人として好きなのか、その判別も難しいものだな。
ときめきを感じたら恋人として好きなのか。
それとも会いたいと思ったらそうなのか。
その両方は体験済みだが、でもそこまで好きなのかと言われたたらやはり疑問を抱かざるを得ない。
それぐらいの関係性だ。
恵は俺のことをどう思っているのだろう。
告白してくれるぐらいなのだから好意を抱いてくれているとは思うが……そもそも俺のどんなところに惹かれたのか、そこが一番疑問なところだ。
学校から帰る前にメッセージを恵に送る。
これは毎日のルーティン。
今から帰る。
ただこれだけの文章だが、彼女から催促をされていたので送っていた。
大概すぐに返事が返ってくるのだが……今日は珍しく返事が遅い。
まぁそんな日もあるだろう。
そう考えながら俺は学校から出て行く。
学校を出たらまずやること、ゲームを起動してモンスターを探す。
これもまたルーティン。
学校から家に向かって歩き出す。
家までは真っ直ぐ歩いて1時間ほど。
ゲームをしながらなら、2時間もあれば帰宅できるだろう。
アプリ内の位置を確認しながら道を進んで行く。
大きな道路ではなく、裏路地にモンスターが出現している。
目標地点には数人の男女がおり、同じようにゲームをしているのだなとほっこりした。
「おい、あの子見てみろ!」
「どの子……って可愛いなぁ!!」
「メチャクチャ美人さんだ……あんな綺麗な子って本当にいるんだな」
「あの子って確か横島高校の子じゃなかったけ。美人で有名な子だ」
周りを歩いている男たちが大騒ぎを始める。
何ごとかと皆の視線の先へ振り向くと、電信柱の影からこちらを見る美少女の姿があった。
確かあの子は、川島星那……だったかな。
俺と同い年で高校二年。
悪党で有名な根鳥の彼女って噂は聞いたことがあるな。
そんな川島が何でこちらを見ているのか。
そうか、あの子も同じゲームをやっているんだな。
だが同じ学校の制服を着た男がいるから、恥ずかしくて出て来れないと。
そんなの気にする必要も無いのに。
ゲーム内のモンスターを倒し、俺はまた歩き出す。
すると川島はまるで俺について来るみたいに同じように歩き出した。
やっぱり俺の予想通りだ。
同じゲームをしている。
だから同じ道を辿っているんだな。
その後も俺が立ち止まると川島も立ち止まる。
そういうことを繰り返すこと1時間。
川島の顔には疲れが見え始めていた。
あまり運動をしないタイプなのだろう、1時間の散歩ですでに疲れているんだな。
俺は毎日このゲームをやっているし、他にも運動をしている。
彼女と一緒に行動をしているわけではないが、だが同じゲームをしている同志のような感覚を覚え始めていた。
俺はそこで踵を返し、川島の方へと近づいて行く。
「え、あ、え……」
俺が近づいて来ることに困惑するような表情を浮かべる川島。
そして彼女の前に立ち、俺は優しく言葉をかける。
「これだけ歩いたら疲れただろ」
「は、はぁ?」
「いや、だって同じゲームをやってるんだろ? ずっと同じ場所に移動してたのは知ってるから」
「な……なんだ、バレてたの」
「そりゃバレるに決まってるだろ。ずっと同じ場所を歩いてるんだから」
金髪の髪を指先でクルクルしはじめる川島。
その手には黒い手袋がはめられており、見た目はギャルなのにどこかお嬢様のような印象を受ける。
「ち、ちなみにだけど、なんてゲームやってるの? 一緒かどうか確認したい」
「ああ、これだよ」
俺がゲームの画面を見せると、川島は携帯を取り出した。
そして驚くことに、その携帯はフリーザーバッグに入っている。
食料などを入れるポリエチレン製の袋だ。
なんでフリーザーバックに携帯が?
俺は驚きに口を開けながら、フリーザーバックの上から携帯を操作する川島の顔を見る。
ボケとかじゃなくて普通に操作してるな。
これは彼女にとって普通のことなのか。
「ん、どしたの?」
「あ、いや。何でもないけど」
ジロッとこちらを睨むような視線を向けるとまた携帯の方を見る川島。
「それで川島のレベルは今どれぐらい?」
「あー、実は今日始めたばっかりでさ。まだレベル1?」
なんで疑問形なんだ。
首を傾げてそう言ってくる川島は可愛かったのでまぁ良しとしよう。
「始めたばっかりなんだ。じゃあ色々教えてやろうか。俺、結構このゲームやり込んでるんだ」
「そうなんだ。じゃあお願いしようかな」
川島はキツい目つきでこちらを見る。
なんでいつも俺を睨んでくるのか、嘆息して俺はそれを聞いてみることにした。
「俺、何か怒らせるようなことした?」
「は? 何で」
「いや、睨んでくるから」
「睨んでないしっ! 普通でしょ?」
川島は驚き、青い顔をする。
睨んでないのならどういうつもりなのか。
俺は次の目的地へ向かいながら彼女と話をする。
「それで睨んでないなら、睨んだらどうなるの?」
「えっと、こう?」
寒気が走るほどの恐ろしい表情。
どうやら彼女は俺を睨んでいたわけではないようだ。
「ごめん、俺の勘違いだったみたいだ」
「はぁ……皆にもそんな風に思われてるのかな」
「普段からそういう顔を?」
「だと思う。私は睨んでるつもりはないけど、いつもとこんな顔をしてる。私を避ける人もいるけど、これが原因だったのかな?」
落ち込んで嘆息する川島。
この子にはこの子の悩みがあるようだ。
美人は悩みが少ないと思っていたけど、そうじゃないんだな。
「それだけじゃないんじゃない」
「それ以外に理由ってある?」
「そりゃあれでしょ。彼氏が怖くて避けられてるってのもあるんじゃない?」
目的地へ向かっていた俺たちだが、急に川島の足がピタリと止まる。
「……やっぱ根鳥も関係してるんだ」
「してるんじゃない。俺は気にしないけど」
「他の人たちは気にする?」
「と思うけど。だって根鳥、皆から怖がられてるから。その彼女となると……ね」
「そっか。やっぱりそうだよね……はぁ」
本気で悩んでいるのか、川島は深いため息をつく。
俺は彼女の方を見ながら詳しいことを聞くことに。
「何を悩んでるんだよ」
「分かるでしょ」
「「まぁ、何となく」
「その何となくって何?」
「彼氏のことだろ」
「正解」
そりゃそれしかないだろう。
根鳥の話をして落ち込んでるんだから、それ以外の理由はあり得ない。
「で、根鳥の何で悩んでるんだ」
「……二つある」
「二つもあるのか。いや、二つしか無いのか? それならそれなりに上手く行ってると考えていいのか」
「二つもあるの。最悪なのが二つも」
ジッとこちらを見ている川島。
少し怖い部分もあるが、これが彼女の普通だと自分に言い聞かせる。
「最悪の二つを教えてもらっても?」
「いいよ。一つは評判と素行が悪いこと」
「確かに悪いな。悪すぎるぐらい悪いな」
「うん。優しいと思うこともあるけど、それ以上に悪評が酷すぎる」
「彼女から見たら、実際はどうなの?」
「……評判通りかな」
結局最悪なんだな。
人の噂は当てにならないけど、身近な人間がそう言っているのなら噂通りってわけだ。
「それでもう一つは?」
「もう一つは……女癖が悪いこと」
そう言って彼女は俯き、黙ってしまう。
女癖が悪いのは最悪だな。
心中お察しします。
そんなことを考える俺であったが、これは俺にも深く関係していることだったのだが……この時の俺は、他人事のように話を聞いていた。




