第19話 恵、決別す
学校が終わった夕方頃。
曇り空の中、根鳥は仲間たちと共に、ある駅裏にいた。
その駅からは何も無い土地がずっと伸びており、そこはフェンスの柵によって中には入れないようになっている。
車一台が通れるぐらいの広さしかなく、端っこの方で根鳥たちは談笑していた。
「お前ら喧嘩か? 顔がボコボコじゃねえか」
「ははは……」
根鳥と付き合いのある竜胆の生徒が5人いるのだが、彼らの顔が腫れ上がっている。
眼帯をしたり、医療用テープを張っていたりなどして痛々しい様子だ。
「ちょっとトラブルに巻き込まれたんだよ。ややこしいことがあったんだけど、もう解決済みだ」
「ならいいけどよ」
彼らの顔を見て、竜胆にいても問題はあるんだなと根鳥は嘆息する。
「す、すみません。遅くなりました」
「本当に遅えよ。お前はトロトロして亀かよ!」
根鳥たちの元に走って来たのは杉浦。
息を切らせて、手には商品が入ったビニール袋。
杉浦は根鳥たちにパシリとして使われていた。
一番率先して杉浦を罵倒するのは山本。
彼は杉浦の足を蹴り、奪うようにして袋を取る。
「あの、お金は……」
「あ? 根鳥の拳でいいなら払ってくれるんじゃねえの?」
「ああ。いくらでも食らわしてやるぜ。まぁタダってわけにはいかねえけどな」
「殴られるだけで金を取られる。杉浦くん厳しいねぇ!」
爆笑する山本たち。
杉浦は根鳥たちに対しての恐怖から俯いている。
そんな山本たちのことを撮影する男子が一人。
竜胆の今村だ。
「おーい今村ちゃん。何で撮ってんの?」
「ははは。だって面白いだろ。そいつがイジメられてるの」
「まぁな。じゃあもっと撮ってくれよ、ほら!」
「ひぃ!!」
山本が全力で蹴りをするフリをすると、杉浦は飛び上がるように引く。
「ぎゃはははは1 ビビッてんぞ、こいつ」
「あはは。本気でやったれやったれ」
杉浦が怖っていることを楽しむ山本たち。
今村はその様子をずっと携帯で撮影をしている。
「おい、お前ら。ここで何やってるんだよ」
「ああ?」
楽しむ根鳥たちの元に、竜胆の生徒が五人ほどやって来る。
今村たち竜胆の生徒と、根鳥たち横島の生徒。
それが一緒にたむろしているのが気になり、絡んで来たようだ。
「誰だてめえら」
「おい止めろ、根鳥。この人らはうちの三年なんだよ」
「だから何だよ」
「だから問題なんだよ!」
根鳥たちといた竜胆の面子は、先輩たちに頭を下げる。
「すいません! こいつら横島の生徒で、普段仲良くしてるんです」
「それはいいんだけどよ、そいつ調子に乗ってるよな」
「すいません、すいません! ちゃんと言い聞かせておきますから!」
「ちっ。横島のやつらとつるむのは勝手だけどよ、調子に乗らせんな」
「はい。すいませんでした!」
去って行く三年たち。
竜胆の生徒たちはホッと胸をなでおろす。
「三年だからってビビり過ぎだろ」
「根鳥。お前も知ってるはずだけど、三年は『最凶の世代』なんて言われてるんだ。頼むから喧嘩売るような真似はしないでくれ」
「だからビビり過ぎだって。最凶なんて言わてるか知らないが、ヤバいのは二大巨頭だけだろ。それに俺にだってバックにヤバい人らがいるんだ。最悪、二大巨頭ともめることになっても、問題なんて無いんだよ」
ハッキリとそう言い切り、根鳥は鼻を鳴らして笑った。
だが竜胆の生徒たちは真顔で根鳥のことを見据えている。
「俺らを巻き込むようなことはするな。それが無理ならお前と付き合うのは止めるわ」
「……分かったよ。気を付ける」
ため息をついて微笑を浮かべる竜胆の連中。
根鳥は面白くなさそうに顔をそむけた。
「なんだかムカつくな……あっちのマンションの駐車場、ほとんど人が来なかったよな」
「ああ。あそこは人の出入りが少ないよ」
根鳥にそう答えたのは今村。
すると根鳥は杉浦の肩に腕を回し、話に出たマンションの方へと歩き出す。
「ちょっとストレス発散に付き合ってくれよ」
「ゆ、許して……お願いだ」
「ダメに決まってるだろ。俺もストレス発散したいしな!」
「痛っ!!」
杉浦の尻を蹴り上げる山本。
それ以上抵抗することができず、杉浦は震えるばかり。
三人の後ろから付いて行く今村たち。
皆はまるで、娯楽施設にでも行くかのように楽しげにしている。
「根鳥、山本。こっち見て笑ってくれよ」
「お前もいつまで撮ってんだよ」
「あはは。さらに面白くなるのここからっしょ?」
「まぁな。その動画、後で俺にも送ってくれよ」
「任せて」
親指を立てる今村に笑う根鳥。
これから自分は何をされるのだろうか。
杉浦は自分の身に起こることを想像し、真っ青な顔をしていた。
◇◇◇◇◇◇◇
「ごめん、もう会えない」
「はぁ? どういうことだよ」
竜胆の三年ともめそうになった日から一週間後のこと。
根鳥は恵と、ファーストフード店で会っていた。
「久々に会えたってのに、何言ってるんだ」
「これ以上、裕次郎くんのこと裏切れない」
「おいおいマジかよ。俺、本気で恵のこと愛してるんだぜ」
根鳥の言葉に、ピクッと反応する恵。
恵の心は揺らぎそうになるが、だが根鳥より裕次郎に対する思いの方が強い。
裕次郎に別れを切り出されそうになり、胸が締め付けられるような気分を味わった。
ようやく自分がやったことの愚かさに気づき、根鳥と別れに来ていたのだ。
「根鳥くんのことは好きだけど、裕次郎くんの方が好きだから」
「お前の彼氏よりも俺の方が恵を愛してるんだぞ」
「そうだとしても、もう無理だよ。裕次郎くんにフラれると思った時、自分の気持ちが分かったから」
初めて裕次郎と出会った時のことを思い出し、幸せそうに微笑む恵。
私を助けてくれた裕次郎くん。
根鳥くんにも助けてもらったけど、裕次郎くんの方が優しい。
別に根鳥くんが優しくないとは言わないが、それ以上に温かい優しさを持ってる。
「だけど、今更戻ることはできないだろ。恵は男のことを裏切ってるんだから」
「それはそう。だからこのことは内緒にしておく。悪いことだとは思うけど、それが私と彼の将来のためになるはずだから」
「……だったら、男にバラしてやろうか? 俺たちの関係のこと」
ギクリとする恵。
恐ろしい根鳥の表情。
これまで見たことない彼の本性の一端。
しかし恵は臆することなく、真っ直ぐ根鳥に伝える。
「それは止めてほしい。そんな酷いことはしないで」
「でもお前を渡したくないんだよ」
「私は裕次郎くんと離れたくない。それが率直な気持ち」
「じゃあバラすぞ」
「……私も彼女さんに言うよ。もう別れるつもりって言ってたけど、そんなつもり無いよね?」
根鳥が舌打ちをする。
流石に星那に浮気をしていることを知られるわけにはいかない。
裕次郎にバラすことも可能だが、それ以上にリスクがある。
そう踏んだ根鳥は、大きくため息をついた。
「分かったよ。でも分かっててくれ。俺はお前に本気なんだぜ」
「うん、ごめんね」
微笑を浮かべて店を去って行く恵。
根鳥は恵がいなくなり、怒りに震えていた。
「クソが‼ 俺の計画が狂っちまったじゃねえか!」
テーブル席を殴り付け、激しい音が響く。
周囲が一斉に根鳥の方を見るが、その全てに敵対するよう睨み返す。
「何見てんだ、殺すぞ!」
恐怖に根鳥から視線を逸らす周りの人々。
根鳥はテーブル席に足を乗せ、苛立ちからその足を揺さぶる。
このままじゃただ女を抱いただけじゃねえか。
男を苦しませてなんぼだっていうのに。
クソが、クソが。
星那にバラすだと? 俺を脅迫しやがった。
舐めやがって……顔がいいだけのクソ女が。
恵に対して激しい感情を抱く根鳥。
だが星那に知られるわけにはいかない。
また許してはくれるだろうが、それでも彼女とのトラブルは極力避けたい。
星那なら許してくると高をくくる根鳥。
だが星那が大きな決断を下していたことを、彼は知らない。




