第18話 復讐の決意
食べたラーメンの味は覚えていない。
まさかの結果にショックを受ける俺。
恵のことは信じていた部分があったし、案外胸にくるな。
店を出て、雨宿りに俺と星那は地下街にある休憩場に来ていた。
ベンチが三つほどあり、周りには楽しそうに行き来する人たち。
俺と星那は一言も発することなく、そんな人たちの様子を眺めていた。
「覚悟はしてたけど、ビックリだね」
俺たちの静寂は、星那の言葉によって開ける。
「ああ」
「裕次郎、ちょっとへこんでる?」
「少しだけ。ショックが無いとは言えない状態」
「そう」
星那は俺の頭に手を伸ばしてくる。
だがピタリとその手を止め、躊躇していた。
「…………」
目を強く閉じる星那。
そして何やら意を決したのか、俺の頭に手を置く。
「星那?」
「辛いことは全部吐き出して。私は裕次郎の味方だから」
「ありがとう。そう言ってもらえるだけで嬉しいよ。星那も辛いだろう?」
「私は……そこまで根鳥に気持ちがあるわけじゃないから、ムカつくだけかな。むしろ東さんに腹が立ってる。裕次郎を傷つけたのは許せない」
星那は俺から手を放し、手袋を外して保存袋に入れる。
すかさず新しい手袋をカバンから取り出し、すぐにはめていた。
「頭、撫でてくれて嬉しい。星那がいてくれて良かった。星那がいてくれなかったら、もうちょっとへこんでたかも」
「もうちょっとなんだ」
「うん。正直言って、最近の恵の変化に距離を置こうって考えてたぐらいだから。多分そこまで好きじゃなかったんだろうな」
「じゃあお互いに好きじゃない人と付き合ってたんだ。面白いね、私たち」
ようやく俺たちの間に笑顔が咲く。
星那が笑いかけてくれることで、頭の中がクリーンになっていき、次には胸の奥から怒りが湧き上がってくる。
「でもムカつくよな」
「うん。ムカつく」
「ムカついたから復讐でもしてやりたい気分だ」
「いいね。根鳥にギャフンって言わせたい」
恵を取られたこと自体はもうどうでもいい。
だけどバカにされたような気分がして、正直腹が立つ。
殴り合いとかそんなことには興味は無いが、このまま終わらせない。
何か復讐する方法を考えよう。
俺は隣でニヤッと笑っている星那の顔を見て、同じ顔を向ける。
「とりあえず、恵とはこのまま付き合いを続けて、様子見をするよ」
「私もそうする。根鳥のやってることあぶり出すつもりで別れなかっただけだし」
「え、そうなの?」
意外な言葉に俺は目を丸くする。
「うん。裕次郎が別れればいいって言ってくれたけど、このままじゃ許せないって思ってた。だからこういう機会を待ってたんだ」
「じゃあ俺たち二人でやろうか。浮気された同士の復讐劇だ」
強くうなずく星那。
こうして俺たちの仕返しが、報復が、復讐が、幕を開けるのであった。
◇◇◇◇◇◇◇
やり返してやろうと決断しても、だからと言って今すぐにやれることはない。
全ての準備が揃うまでは待機だ。
まだ情報も無いし、復讐方法も決まっていない。
普通に文句を言いに行ったところで、話し合いして終わり。
根鳥という男は他にも浮気をしていたらしいし、それだけで終わるわけにもいかないよな。
意外と晴れ晴れとした気分で目を覚まし、朝食を取りにリビングに向かう。
そこには妹がおり、俺が来るなり隣に座るように指示してくる。
「おはよう、裕兄」
「おはよう。兄貴は?」
「まだ寝てる。学校休学中だし起きて来ないでしょ。それより裕兄。スッキリした顔してるね」
「ああ。ちょっとな」
俺たち家族が住んでいるマンションは4LDKで、そう新しくないがそこそこ大きめの住居。
リビングには特に目立ったものは無いが、壁に小さな穴が開いている。
これは兄貴がキレて壁を蹴った時にできた穴で、母親が戒めに残しているのだが、本人は気にもしていない。
そんな穴を数秒見つめ、俺は朝食を食べ始めた。
「裕兄」
「何?」
「しゃぶしゃぶいつ行く?」
「いつでもいいけど」
「じゃあ今日」
「今日は学校だろ。いつでもいいけど、何も無い時な」
妹は朝食をすでに食べ終わっており、俺の左腕に腕を搦めてくる。
「最近、あまり構ってくれない」
「忙しんだよ、色々。友達が増えてさ」
「裕兄に友達なんていない」
「なんでそんなこと断言した!? 俺だって遊ぶ友達の一人や二人……いや、一人ぐらいはいるんだからな」
そんなこと言う妹にもさほど友人はいない。
兄貴もそうだが、友人の少ない兄妹である。
外は先日の雨が嘘のように雲がほとんどない晴れ。
俺は上機嫌で学校への道を、ゲームをしながら進んで行く。
十分にゲームを堪能していると、気が付くと学校に到着しており、俺は携帯をしまい校門を抜ける。
廊下で挨拶をするような友人はいない、と思っていたが、星那の顔を見つけて会釈をした。
すると星那はこちらに駆けより、俺の隣を歩き出す。
「おはよう。スッキリした顔してる」
「それ妹にも言われた」
「妹さんいるんだ。二人兄妹?」
「上に兄貴もいるから三人兄弟」
「へー、一人っ子だから羨ましいな」
朝から星那と会話をするのは新鮮ではあるが、どうも周囲から見られて困る。
根鳥の彼女である星那と話をしているのは、どうしても目立つみたいだ。
だが俺はそれを気にすることなく、彼女と話をしながら教室へ向かう。
この間までなら警戒していたが、星那と行動をしているのが今更バレたところでどうということはない。
来るなら来いの精神で、俺はドンと構えていた。
「裕次郎の教室って二階だったよね」
「うん。星那は?」
「私は一階。じゃあここでお別れだ」
「ああ。またな」
少し名残惜しそうな表情で、星那は小さく手を振ってくる。
俺も手を振り返しながら、階段を上がって行く。
二階に上がってすぐ一つ目にあるのが俺の教室。
教室に入るとすでに恵が登校しており、彼女はいつものように皆に囲まれていた。
恵はすぐに俺に気づき、笑みを浮かべる。
俺は視線だけ彼女に送り、自分の席に着く。
「裕次郎くん」
恵が友人の輪から飛び出し、俺の元へとやって来る。
「どうした?」
「ううん。何でもないよ。おはよう」
「ああ、おはよう」
「昨日はどこか行ってたの? 誘ったのに約束があるって言ってたけど」
「友達とラーメン食べに行ってただけ」
「そうなんだ。今度私ともラーメン行こうね」
笑顔の恵を見ながら、俺は彼女のことが少し怖くなっていた。
影で浮気をしておいて、こんな平気な顔で俺に接しくる。
こんなことが人間にはできるものなのだろうか。
人を裏切る行為を、自分の中で無かったことにでもしているのだろう。
俺が何も知らないと思って、普通に対応をする。
とてもじゃないが、真実を知る前の恵と同一人物だとは思えない。
まるでおぞましいバケモノでも見ている気分だ。
俺は視線を教室の外へ向け、まだこちらを見ている恵に言う。
「友達、待ってるみたいだぞ」
「あ、そうだね。じゃあまた放課後に」
恐怖心を覚えるような笑みを俺に向けて、恵は友人たちの方に戻って行く。
胸に感じる痛みは無い。
彼女に裏切られた気持ちはすでに癒えている。
星那がいてくれたおかげで、一日で完治したのだ。
俺は星那のことを思い浮かべ、心からの笑顔を浮かべる。
本当に星那がいてくれて良かった。
一人だったら立ち直れていないかも。
そう思えるぐらいには、星那に助けられている。
そして俺たちの仕返しはまだ始まったばかり。
急がず急かさず焦らずゆっくりと。
着実にことを進めていこう。




