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幸せを運ぶ風の郵便屋さん

作者: せつ。

 大きな争いや戦いがなくとも、世界はいつだって少し仲が悪い。

 隣り合う布団で眠る二人が、互いのテリトリーを主張するように、隣国はくだらない小石一つの所有権を争う。

 そんな世界だから、毎日小さな諍いは尽きなくて。世界のどこかでは、いつも悲しみが生まれている。

 けれど平和な世には、それを取りなすための仕組みだって生まれるのだ。

「ゆーびんやさん!」

「リーナちゃん、こんにちは!」

 それが俺の生きる道。


 この世界には一人に一つ、ギフトと呼ばれる特別な力が与えられる。

 ギフトの力は偉大だ。力のギフトを持つ人間は、いくら赤子だろうとそんじょそこらの大人に腕相撲で勝ってしまう。

 そして俺のギフトは風の加護。しかしそんな強そうな名前とは裏腹に、この力はあまりにも役立たずだった。

 この能力にできることはたった一つ。自分と、それに付随するごく軽いものをいくつか風に乗せて運ぶこと。

 それこそ、俺自身に戦闘能力の類があればまた違った。この身一つで、一個師団を吹き飛ばせるだけの体術や、そのほかの魔術を使う力があればこのギフトは心底重要なものになっただろう。

 けれど俺は弱かった。でも幸いにして、世界は既に争いの時代を抜けていた。

 魔王は勇者と決闘し、和解した。魔族と天族と人間に分かれたまま、それでも互いに生きていける妥協点を見つけていた。

 小さな諍いは無くならない。それでも世界はいつかよりも各段に平和になっていた。

 だから俺の力には新しい使い道が生まれたのだ。

 誰かの声を、言葉を、思いを届ける。風の郵便屋さん。これが俺の天職だ。


 風に乗っても世界は広い。一週間を一サイクルとして、俺は世界を回っている。

 今日は人間界から魔界へ向かう日だ。

 俺の鞄には毎回、容量ギリギリの手紙が詰め込まれている。そしてそこには夢と希望と願いが込められていた。

 この若草によく似た色の手紙は、老人と小さな木の魔物の手紙。

 彼らはかつてまだ世界が争っていた頃から、僅かな交友と繋いでいたという。

 この花畑の中心でたおやかに微笑むような桃色の手紙は、お姫様とインキュバスの手紙。

 争いの最中、さらわれた先で一目ぼれをしたのだというお姫様から、そんな姫をたぶらかした夜の王、インキュバスへ向けられた恋文だ。

 毎週変わるラインナップを、俺は的確に配達していく。

「郵便屋! ありがとな!」

「どういたしまして!」

 足を止める暇はない。何せ手紙はまだまだあるのだから。


 俺は世界が平和になってから、もう五年ほどこの仕事を続けている。

 そうすると毎週送られる手紙がちらほら現れる。そのうちの一通が、これだ。

 手近にあったノートの切れ端に走り書きしたこの手紙。これに対する返信はいつも最高級の黒曜石で作られた一筆箋なのだから面白い。

「魔王様、勇者からお返事です」

「来たな。少し待て」

 内容を確認して、魔王はしばし思考する。そしてさらさらと文字を書きつけた。

「なかなか小癪なことをする。だが、今度の勝負こそ貰ったぞ」

「百戦百分けでしたっけ。今は将棋ですか?」

「ああ。そなたの故郷の遊戯だったか。なかなか興味深いぞ」

 過去、実際の武器を取り合いしのぎを削った魔王と勇者は、今では縁側のお年寄りよろしく盤面遊戯の文通友達だ。

 週に一往復。思考時間はたったの五秒。こんなことを繰り返すぐらいなら、実際に会えばいいのにと幾度となく、俺は進言したことがある。

 しかし彼らはこれぐらいの距離が丁度良いのだと、昔を懐かしむそっくりな顔で笑うのだ。


 風に乗って、言葉が届く。

 それだけで世界は少しだけ喜びに包まれる。

 そうやっていつか世界の全てが、悲しみを忘れ、幸せに包まれる日を願って。

 俺は今日も誰かの声を、言葉を、思いを届ける。

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