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Side蓮見桂③

 こんなの、青春期の熱病みたいなもん。


 ユミを一人占めしたい。

 ユミを他の誰にも触らせたくない。

 ユミとキスするのは俺だけでありたい。その先の経験もユミとしたい。

 なんて。


 恋愛経験がない男が恋をすると、こうも気持ち悪くなれるものか。相手の気持ちがちっとも自分にないのに独占欲がおぞましい。

 ニュースで「恋愛のもつれ」とかで犯人になるのはほぼ男だ。男とは思いつめる生き物なのか。

 

「やばすぎやばすぎ。俺は闇の手の者になってはいけない」

「ちょっと、桂。あんた最近独り言多すぎ。病んでるの? 闇の手の者って……まさか学校でいじめらてるとかじゃないでしょうね」


 早朝五時から家業の花屋の手伝いをしている俺。母親がキーパー(花の冷蔵庫)を掃除しながら顔を出した。


「いじめられてないけど病んではいるかも」

「えっ、やめてよ。せっかく青春を楽しめるように大学附属に入れてやったのに」


 うちはたいして金持ちでもないのに、一人息子を大学附属の私立に通わせてくれている。俺が将来花屋を次ぐのは決定だから高卒でも良かったのに、花屋だからこそ学歴持っとけ、学生生活楽しんどけ、って言ってくれた。


 花屋って出会いがないから、少しでも将来有望な人材と繋がりを持っておけって意味もあるのだろうが、ごめんな、母ちゃん。

 俺、このまま行くと、地味な学生生活になりそう。それで、大学を卒業する頃にはユミや上がりの生徒達には存在を忘れられているかもしれない……。


 それでもユミとのあの一度のキスを胸で大事に抱えて、ユミを柱の影から見つめていたりして、彼女もできないまま社会人になるのかも。


 ブルブルブル。俺は頭を大きく振った。


 いや、駄目だって。ストーキングとか、絶対に駄目だぞ、俺。怖い怖い。このままじゃ本当に闇の手の者になってしまう。なんとか回避しないと……。


「ちょっと桂、なにやってんの!?」

「ぁう? ……おわっ」


 母ちゃんが叫びながら指差した先には、俺の血だらけの手。

 ピンポンマムの茎を切り揃えている時に、ぼんやりしていてハサミで左の手を思いっきり切り込んでいた。


「病院に先に行ったら?」


 母ちゃんにきつく包帯を巻かれる。


「いてっ……大丈夫だよ。行くなら放課後にする」


 どうせ放課後暇だし……自分で言って、寂しくなってしまった。



***



「よお、蓮見。なんだ、手ェどうした」


 ユミを含む上がりの奴らとはちょっと距離を置くようにはなったけれど、互いに軽口は言い合ったりする。

 成瀬なんかは今日も当たり前みたいに肩に乗ってくるし。


「ドジやったの? 左手で良かったな。ハハハ。あー、でも夜は両手を使いたいよな。それとも誰かやってくれる子、いたりして?」


 サキなどは下ネタを含む発言を笑いながら言ってくるし。


 おい、もう本当にやめてくれ。好きな子(ユミ)の前でそんな話。ていうか、昨日お前ら一緒に帰ってたな……ユミとサキって、幼稚園からの幼なじみだって言ってたもんな。サキは俺の知らないユミのいろんな顔を知ってるんだろうな……。


 ……ダメだ。またこんな女々しいことを考えてる。ユミを好きな気持ちをすぐに忘れられなくても、嫉妬とかそう言うの、するなってば、俺。


 心臓がぎゅむ、と痛むと、何故だか怪我した手も痛む気がして、反対の手で軽く支えた。

 と、間を置かずにユミが俺のそばに寄り、手に触れる。


「大丈夫? 痛むのか? これ、花屋の仕事でやったの?」

「わっ……!」


 突然の至近距離のユミに驚き、思わずのけ反ってしまったばかりか、ユミの手を振り払ってしまう。


 場の空気が一瞬固まり、ユミは訝しい顔をして俺を見た。


 しまった……挙動不審過ぎる。


「ご……ごめん。触れられるとやっぱ痛いかも。あっ、そうだ、俺、あっちに用があるんだ。ごめん、もう行くな!」


 居たたまれず、急いで荷物を置いて、用事なんかないのに新顔の奴らがいる席に逃げた。


 ……あっぶなー。もろ意識してしまった。あのまま顔でも赤くなっていたら、言い訳が厳しかっただろう。


 だけどそう言えば、ユミってどうしてうちが花屋だって知ってるんだ? 俺、誰にも言ってないのに……。



 

***



「あ、俺アホ。体育館シューズ忘れてる。教室に取りに行ってくる」

「オッケー」


 六時間目の体育の前。体育館を目前にして忘れ物に気づき、教室前の廊下の個人ボックスを目指して戻った。

 すると、ひそひそとした話し声が聞こえてくる。


「いやー、これは方向修正必要じゃね?」

「やっぱ、そう思う?」


 そこにいたのはサキと成瀬。声をかければいいことだけれど、朝のサキの下ネタの毒気が抜けない俺は、そっと身を潜めてしまった。


「ユミのことなぁ。もうひと押しだと思ったんだけどさ……」

 

 成瀬の声。


「いや、実際そうだったと思うよ」


 こっちはサキ。


「だよなぁ。俺、ユミのことめちゃめちゃ好きだから、早く気持ちが届いて欲しいんだよ」

「わかるよ。でも成瀬が焦っても仕方ないだろ。まあ、俺もなにもできなくて……ごめん」

「いや、アプローチを変えてみるよ。サキ、また協力して」

「ああ、もちろん」


 二人は話しながら体育館へ向かって行った。


 今の、なんの話……? 

 ユミのこと、好き? 成瀬が?

 もうひと押しって、ユミも成瀬にその気になりかけてるってこと?


「ああ、だから……」


 だから俺と距離を取り始めたのかも。あの翌日、確かにユミと成瀬の二人で放課後の約束をしていたもんな。


 あの日、仲のいい成瀬と遊んで「俺たちやっばり気が合うな」とかいった流れで「蓮見とキスしてみたけど最悪だった。だから成瀬がやり直して」「いいぜ、ユミ、こいよ」ってなって。

 それから、ちゅううぅ~~。


 ……ああああ。そうなのか?  ユミ、そうなんだな? 成瀬は背が高くてかっこいいし、ヒマワリみたいに明るいいい男だ。成瀬に「好きだ」と押されれば、ユミが絆されても仕方ない。


「なんだ、そういうことか……」


 勝手な妄想なのに、いかにもありそうに思えて虚しさが胸を襲う。

 俺はトボトボと体育館ヘ向かい、遅刻したのを先生に怒鳴られてしまった。




 ──いてぇ。

 左手だから大丈夫だろうとバスケに参加して走っていたら、手がズキンズキンと痛み出した。


「蓮見、血が出てるぞ!」


 新顔のクラスメートに言われて左手を見てみると、包帯が深紅のバラみたいな紅で染まり、血がしたたっている。


 それを見たら急に頭がクラクラとして、目の前で小さな星が光り出した。紛れもなく貧血だ。


 あー、これは倒れるかも、と思った瞬間。俺の体を支えた人がいる。

 随分細っこくて頼りない気がするけど、先生?


「蓮見、大丈夫か!」

「ユミ……?」


 え、嘘だろ……俺、ユミに抱き抱えられている。

 ああ、なんかいい匂いがするなぁ。あの日と同じ、爽やかなシャンプーの香りだ。


 意識が飛びそうだってのにそんな呑気なことを考えて、ユミの体温の暖かさに心地良さを感じながら、俺は意識を手放した。




 次に目を開けると、保健室のベッドの上にいた。天井とユミの心配そうな顔が目に入る。

 左手を上げてみると、包帯が綺麗に巻き直されていた。


「目、覚めた? 気分はどうだ? もう放課後だけど、起きられる?」

「放課後? えー。じゃあ俺、二時間近く寝てたわけ?」


 のそのそと上半身を起こす。ユミを見直すと既に制服姿だった。


「あ……俺の着替えと鞄も持ってきてくれたんだ。ありがとな」


 ベッドの足元に俺の荷物が積んである。


「サキと成瀬が持ってきてくれた。二人とも少しの間ここにいたんだけど、先に帰るって。保健の先生も職員会議があるって、さっき出て行ったところで、蓮見の目が覚めたら帰ってくれ、って言ってた」


 サキと成瀬、と聞いて、さっきのニ人の会話を思い出してしまう。


 「そ、っか。ごめんな。ユミ。成瀬と帰りたかっただろうに」


 俺ってば人の恋路の邪魔でしかないじゃん。成瀬の気持ちもユミの気持ちもわかってんのに、さっき倒れた時にユミに抱えて貰ってつい喜んじゃったし。アホだよなあ……。


「は? なんで成瀬?」


 なんで、って。それを俺に言わせるのかよ。


「聞いちゃったんだよ……成瀬がユミを好きだって。それでユミもまんざらではないらしい、ってのも……」

「……はあぁ?  なにを気持ち悪いこと言ってんだよ」


 言いながら、ユミは両腕をこすった。鳥肌を収めようとしているらしい。


「気持ち悪いって、ユミこそなんだよ。もう付き合う寸前、みたいな話じゃないの?」

「だから誰がそんなことを……成瀬も小学校の頃からの幼馴染なんだぞ。そんな気持ちになれるか」

「でも成瀬はユミがめちゃめちゃ好きだって……。それに、成瀬とも何回もしてるんだろ? それならそんな気持ちが芽生えることもあるじゃん。隠さなくてもいいよ。俺は偏見を持たないから」


 だって、たった一回のキスで男友達に恋をした当事者だから。

 今まではあり得ないと思っていたけど、俺、わかったから。好きになると性別の壁を越えてしまうのだと。惹かれてしまう気持ちは誰にも止められないのだと。

 俺……俺だって、こんなにユミを好きになってしまったんだから……。


 ただ、もう失恋しちゃったけれど。


 ため息をつき、たそがれているとユミがいよいよ顔を歪めた。


「蓮見、動詞が無い。動詞が。俺が成瀬となにをしてるって?」


 ぐ……そこまで俺に言わせるのか。しかも、動詞無しとか。今そこを突っ込むなよ。言いたくねーよ。


「ユミが、山瀬と、キ……キスを……」


 俺がゴニョゴニョと言うと、ユミはポカーンと口を開けた。

 ずるいよな、ポカーンとなっても可憐で可愛いとか。


「……まだ頭回ってないのか、蓮見。俺が成瀬とそんなことをするわけないだろ」

「ん? 成瀬とはしないの? なんで? でもサキやマクとはしてるんだろ?」

「するか! そんなもん、友達同士でキスとかするわけないだろ!?」


 んん? どう言うことだ? 話が繋がんねーぞ?


「ユミ、俺としたとき、言ったじゃん。友達同士でしてる、って。男友達同士なら本番の練習になるし、仲良しのコミュニケーションみたいなものだって」

「……あ!」


 ユミがあからさまにしまった、と言う顔をした。


 え、なにその反応。まさか……。


「あれって、ウソ…?」

「あれは、ウソだよ……」


 二人の声が重なる。


「ちょっと待って。どう言うこと? じゃあ、俺とやったのはなんなんだ?」


 混乱する。え? え? 理解するだけの情報がない。意味がわからない。


「ああぁー、もう、終わった……」


 ユミの上半身が、ベッドに座ったままの俺の膝辺りに崩れ落ちた。それから、ユミは顔を半分俺に向けると、おそるおそる視線を合わせる。悲しいような、懇願するような、そんな目。

 キスしたあとのときと同じ目に、俺の心臓はトクトクと騒ぎ出した。


「ユミ……?」


 右手が自然にユミの頬に伸びる。ユミは俺の手を受け入れ、小さな声で話し出した。


「……サキにキスに誘われたことがあるのはホント。あいつ、気持ちいいなら相手は誰でもいいから。一回してみないか? って中学のときに言われて。でも俺、そんな気にはなれなくてやってない」


 サキ……めちゃモテるもんな。薔薇をしょってるみたいな正統派イケメンで、男女問わず手広く付き合ってると聞いている。だからって幼馴染を誘うなよ。


「それでな……」


 ユミは頬にある俺の手に自分の手を重ねた。手のひらは暖かいのに、指先が冷たい。 


 ユミ、緊張してるのか……?


「俺、中二の時に彼女ができたんだけど。本当にかわいいって思うのに、なにかが違う、ってずっと思ってた。蓮見には嘘ついちゃったけど、俺、彼女とキスしようとして、凄い違和感を感じて……本当はできなかったんだ。……どうしてかわかる?」


 ユミの胸中を表すような切な気な表情に、俺の中に一つの答え候補が上がったけれど確信はない。

 俺はなにも言わずにユミの告白を待った。


「……俺の恋愛対象は女の子じゃなかったんだ」


 ユミの言葉が宙にぽかんと浮かぶ。予測は当たったけれど、やはり答え方がわからない。

 聞こえたよ、と言う意味の相槌しかできなかった。


「俺、そんな自分にショックを受けて、結構悩んでたの。けどそんなとき、入院中のばあちゃんへの花束を買いに母親と寄った花屋でさ、すっごい一生懸命花の説明してくれた店員さんがいて」


 ユミが俺を見て口角を上げる。


「アイドルの曲の歌詞まんまでさ。いろんな花があるけど、どれも一生懸命咲いてるんです。持って生まれた色と香りを最大限生かせるように、みんな頑張って開くんですよ、とかって」

「……」


 そ、それは……そんな夢見がち話をするこの近くの花屋の店員は、俺だよな…?


 恥ずかしくなり、包帯の左手で顔を覆った。ユミはくす、と笑って話を続ける。


「店員さんが、どう見てもそこの息子で俺と同い年くらいだ。なのにばあちゃんのイメージを話したら、あっという間に綺麗な花束を作ってくれて。それからさ、切り余った小さい白い花に同じのを少し足して、ミニチュアみたいな花束を作って俺にくれたんだ」


 そう、うちの店は母ちゃんの方針で、買ってもらった花の種類でオマケをつけて、お客様へのプレゼントにしてる。

 というか、俺たち前に会ってたの? 全然覚えてないんだけど……。


 「この花、他の花みたいにメインでは選ばれないけど、凄く魅力的なんですよ。薔薇とか百合が花の当たり前じゃないし、その当たり前や普通だけがいいってわけじゃない。カスミ草があるから全体が締まるんです。それにほら、こうすると白さに癒されませんか? 嫌な気持ちなんかを浄化してくれます。君、なんだか元気がないみたい……だからこれどうぞ。って。俺、一字一句覚えてる」


 顔がかあぁと熱くなる。花を売っている時、俺はちょっとばかりドリーマーになる。お客様に幸せを売る仕事だと思ってるし、やっぱり花が好きなんだよ。

 花の話になるといくらでも話せる。けど、さすがにこれは公開処刑だ。


「も、やめてユミ……」


 俺はユミの頬から手を離して、両手で顔を覆い直した。


「なんで?  俺、あれで救われたんだよ。みんなとは違うけどそれでもいいんだって思えたし、本当にあのブーケに癒された。それでさ……高校に上がったらいたんだよ。フラワーショップ蓮見の息子が」


 ユミは再び俺の右手を取り、顔を半部出させた。つられて左手もシーツの上に降りる。


「すっごい嬉しかった。すぐに声をかけて名前を聞いて、友達になる努力をした」


 ──蓮見っていうの? 名前は?


 入学式で、瞳を輝かせて名前を聞いてくれたことを思い出す。


「蓮見は全く俺を覚えていなかったけど、全然構わなかったな。一緒にいるだけで楽しかったから。けど、一緒にいる時間が増えるとだんだん欲張りになってきて……。楽しいだけじゃなく、くっつきたい、とか触りたいとか……蓮見と……キスしたい、とか……。それで初めて恋をする、ってことがわかった。今まで俺がその()があったのにわからなかったのは、本気で好きな相手に巡り会えてなかったからだったんだって」


 う……ユミ……どうしよう。俺の顔の火照りがマックス。火を噴きそう。  

 恋。ユミが、俺に、恋を……。本気で好きな相手だと……。


「上がりの皆にはカミングアウトしてたから、成瀬が俺の気持ちに最初に気づいてさ。そしたら他のみんなも協力してやる、って言い出して……サキが……蓮見はその……絶対に恋愛経験皆無だから、キスのひとつでもすれば簡単に意識してくるはずだ、って……」

「あいつ……」


 あんのゲス野郎……。他の奴らも結束が固いとか、上がり組の絆とかだけじゃないだろ。絶対に面白がってる!


「それで俺、あの日にサキの指示通りに、蓮見に仕掛けたんだ」


 ユミはきまりが悪そうに小さくなって、声もまた小さくなって、あの日のことを話し始めた。


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