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Side蓮見桂②

 男友達とファーストキスを経験し、恋に落ちたこと自覚をした次の日の朝。

 俺は気まずさに似た気持ちで教室のドアを開いた。

 

 恋するのは良しとして、やはり相手は男友達。そして、ユミはあんな表情を見せながらも、俺に特別な感情があるわけじゃないだろう。

 

 ユミは彼女がいたこともあるし、キスは「上がり」の奴らと日常的にあったようなことを言っていた。


 だけどそれなら、あんな顔で俺を見るんじゃねーよ。ユミ。

 俺はこれからどうしたらいいんだよ。普通にできるのかな……。


「オッス、蓮見」

「ぅわっ」


 後ろから来たクラスメートの幕内(マク)に肩を組まれた。マクはすぐに他の奴にも同じように挨拶して回り始める。

 マクも「上がり」だけど、ユミと仲良くなった俺にすぐに打ち解けてくれた、気さくな奴だ。


「おはよ、ユミ」


 マクは鞄を置くと、背後から両腕を回し、ユミを抱きしめて声をかけた。


 ──む……? あれ? いつもそうだっけ?


「ユミ、おはよ」


 今度は別のクラスメートの山崎(サキ)がユミの腰に手を回す。


「ユミ、英語やった?」


 成瀬、お前もか。

 最後に来た成瀬はユミの頭に手を置いて、髪をクシャクシャと触った。


 ──ん、んん??

 ユミに友達が多くて、みんなから好かれているのはもちろん知っている。 だけど……いつもそんなにみんなと近かったっけ!?


 いや待てよ。

「男友達同士でキスしたことある?」って。

「公立の共学ってそんな感じ?」って。


 マクもサキも成瀬も「上がり」じゃん。ユミはこの中の誰かと……いや、まさかこの全員とキスしたことがあるってことじゃないのか!?


 ダメだ。ユミに話しかける奴、近寄る奴。それが「上がり」なら全員がそう思えてくる。


 お前ら全員、ユミとキスしたのかよ!


「蓮見、入んないの?」

   

 ユミの隣の席に座っていた水河(スイカ)が、入口ドアに立ち尽くしてユミを囲む空間を凝視している俺に気づいて、声をかけた。


 ユミも俺に気づいて「蓮見、おはよ」とにこっと笑う。


「……はよ」


 それでやっと俺は自分の席に行き、する必要もないのに、鞄から机に教科書を移し始めた。


 いつもなら鞄の中身なんか開けずに、ユミのいるグループに混ざって他愛もない話を楽しむ。

 なのに胸の辺りがいやにモヤモヤして気持ちが悪くて、座った椅子から立ち上がれない。


 俺は皆の輪には加わらず、朝と次の休み時間を一人で過ごした。

 

 ただ、上がりも新顔も、俺の塞いでる様子を気に留めることはない。しょせんモブキャラだし「腹でも痛ぇんじゃね?」くらいのことだろう。


 ユミだって。

 朝の挨拶以降、俺に話しかけてもこないし目線ひとつ合わない。


 今日の三・四時間目は選択科目で、俺は美術、ユミは音楽なんだけれど、いつもなら教室を出る前に必ず言葉を交わすのに、今日のユミは他の奴らと話しながら、顔も向けずに俺の前を通り過ぎた。


 どうしてだ? 昨日帰るときも、朝も普通だったじゃん。昨日なんて、キスしたあとも頬染めて「またキス、しよーな」とまで言ってたじゃん。


 だけどのちのち後悔したとか? 時間が経って来るに連れ、俺の口が臭かったとか、顔がキモかったとか思い出して、嫌になってきた……?



「蓮見、キス……したのか?」


 同じ美術選択で同じ机に着いているスイカに、突然に声をかけられる。


「はっ? キス? お、お前、なに言ってんだよ!」


 俺は派手に音を立ててイスから立ち上がって、声を張ってしまった。

 途端に教室がしーんとして、皆の目線が俺に向く。もちろん先生の目線も。


「蓮見くん、寝言は夜寝てからね。今は授業中だから、しっかり描くように」


 美術の先生の冷ややかな怒りの声と、クロッキー帳に図鑑の絵を模写していた生徒の迷惑そうな視線が刺さり、静かに頷いて席に着く。


 スイカは俺に身体を寄せ、コソコソ声で話しかけてきながらニヤリと笑った。


「なんだよ、蓮見〜びっくりするじゃん。魚図鑑開いて(キス)の絵を見てるから、模写する絵を鱚にしたのか、って聞いただけなのに。……なに、あっち(・・・)のキスのこと、考えてたとか?」


 スイカは察しのいいところがある男だが、やめろ、その野次馬顔。


「あるわけないだろ、こんな俺が」

「ま、そう言えばそうか。蓮見じゃな」


 オイ! 投げ掛けといてそれかよ。

 聞けよ、突っ込めよ。その蓮見がお前らの大好きなユミとキスしたんだよ!

 ……どうせお前もユミとやったことあるんだろうな。ふん。でも俺は「またしよーな」って言われてるんだぞ? スイカは言われたのかよ。


 ああ俺、おかしい。昨日まで「男友達同士でキスなんかおかしい」って断言していたのに、なぜこんなにムキになってるんだ。

 そして、どうして他の奴とユミがキスしたのかも、って思うと胸が痛くなるんだ。


 ……わかってる。これか恋するってことだろ。

 でも、わかっててもむしゃくしゃするんだよ。恋なんか大概はうまくいかないものだと知っているのに、始まってもいない相手にやきもちを焼いている。


 俺はどうしても胸のムカムカを抑えられず、クロッキー帳に書いた鱚は、真っ黒焦げの焼き魚になっていた。


***



 選択授業から戻ってもユミと話すきっかけが掴めない。今日に限って常にユミの回りに人が取り巻いていて、全然二人で話せないのだ。


 モヤモヤがいつまでも、どうしても消えない。

 こんな感じ、嫌だ。モヤモヤしてどうするんだよ。そもそもユミに他意はなかったんだ。ただ、他の奴らともキスをしたから、俺はどうなのかなって思って試したくなっただけだろう?


 俺は……俺もこんなふうになるだなんて思いもしなかったけれど、初恋は幼稚園の先生で、それ以来恋もしていない奥手な男たから、あのキスとユミの照れた笑顔だけで簡単に堕ちてしまって。


 馬鹿だよなぁ。ユミ、言ってたじゃん。

「キスなんかコミュニケーションだろ」って。ユミにとったら男同士のキスは、なんでもない日常のひとこまなのだ。そうやってまた、次は別の男友達と遊びの延長でキスをするんだ。


 それのなのに、俺が変な独占欲を出してやきもちを焼いてたらいけない。ユミやクラスの誰かに気付かれたら、思いっきり引かれるだろう。


 だから俺もいつも通りでいないと。遊びのキスをしただけで恋に堕ちるな。忘れろ。まだ全然間に合う。この気持ちは恋愛経験が少ない俺の、一時的な錯覚だ。


 ──よし。


「ユミ、昼休み、食堂行って食べない?」


 俺はなるべくいつも通りに、明るく話しかけた。


「お、なら俺も食堂行く」


 マクがユミの隣で顔を上げる。でも当のユミは不自然に笑って「んー。今日は俺、いいや」と首をひねった。


「なら放課後は? 昨日の続き……」


 俺の言葉にユミの眉間がピクリと動いた。


「あっ、あの、昨日の! ゲームの! ほら俺、ユミに負けっぱなしになってるから」


 焦って付け加える俺。

 普段は主語述語なんて関係ない俺たちだけれど、今日はまずい。しっかりと日本語を話さなくては!

 俺はしつこいくらいに「ゲームな。昨日の続きの」と続けた。


 ユミはちょっと戸惑う様子を見せて、斜め横にいた成瀬を気にする。

 成瀬はすぐにそれに気づき、ユミと目を合わせると、小さく頷いた。


 なんだろう。意味有りげな空気が漂っているように感じるのは気のせいか。


「わりぃ、ユミは今日は、俺と二人だけで遊ぶ約束をしてるんだよ。な、ユミ」


 成瀬は朝みたいにユミの頭に手を置いた。

 こいつ、背が高いせいか人の頭や肩に手を乗せる癖があるけれど、今、凄く得意げな顔をしているように見える。

 いや……さっきも今も、俺がやきもちを焼いているからそう見えるだけかもしれない。


「うん……ごめんな、蓮見。また次、な」

「そっか。わかった。また次な」


 また、胸がモヤモヤモヤモヤしていたけれど、ユミにすまなさそうに言われて、俺はすぐに引き下がった。

 でも……「また次」は全然やって来なかった。


***


 あれから一ヶ月とちょっとが経過した。


 朝夕の挨拶はちゃんとする。移動教室にもみんなで一緒に行く。昼休みも一緒に食べたりしている……みんなで。放課後、たまに遊ぶ……みんなで。

 そうやって普通に話すし、つつき合ったりもする……キスする前みたいに。


でも、なんか避けられてるんだよな……。


 ユミは俺と二人きりになるのをうまいこと避けている気がする。体育の授業でだって、柔軟体操のときに俺と組まなくなった。


 ふう、とため息をついて、窓際で会話しているユミがいる輪を眺める。

 そろそろ教室移動なんだよな。声、かけに行ってみるか……。


「蓮見、移動教室一緒に行かないか?」


 そう言って椅子から立ち上がりかけた俺に声をかけたのは、同じ「新顔」の三人グループだ。


「ああ……うん」


 なんとなく断り辛くて、俺は誘われた流れのままに教室を出た。

 すると、いきなりの話題。


「蓮見、最近堀内となんかあった? あんまりニコイチにならないよな」


 いきなり急所を付いてくる。まあ、だから声をかけてくれたんだろうけど。


「いや、まあ。みんなで、って感じになってるって言うか」

「けどなんか、なんか蓮見だけ浮いてるっていうか……あ、悪い意味じゃなくてさ」


 核心を突かれて顔色が変わってしまったのだろうか。言ったクラスメートは慌てて取り繕う。


「”上がり”はやっぱ、仲間意識強いじゃん。俺たち新顔とは距離がある。堀内も気分屋っぽいところあるし。でも、周りの奴らは堀内中心って言うか……その中で蓮見だけが新顔だし、最近は上がりに気を遣ってる感じもして……」


 クラスメートは「ごめん、変な言い方として」とすまなそうに言葉を締めくくる。


「……いや、そうだと思う。なんでか、今までユミが俺に構ってたから周りも仲良くしてくれてたとこあると思うし。……なんとなくだけど、ユミもそろそろ俺に飽きてきた感じあるんだよなー」


 ギュン。ググギュン……答えた途端に、胸が捩れに捩れる音がする気がした。


 あー、胸いてぇ。喉が熱い。自分で言って自分で傷ついている。


「……ははっ。なんかこれ、男の会話じゃなくね? 男子校マジックかよ。でもまあ、俺なんかそうやって人に飽きられるモブ陰キャだけど、良かったらこれからも誘ってよ」


 気まずい場と、傷んだ心を収集すべく、早口で言った。頼む、空気よ変わってくれ。

 情けなくも泣きそうになってくる。


「蓮見、なんかごめん! 俺たち、単に新顔同士で蓮見とも仲良くやりたいな、って前からずっと思ってたんだよ。変な感じに言って悪かったな。マジで男子校マジックかも。中学の時、女子がこんな感じだったよな」


 相手も早口で一生懸命だった。本当に俺とうまくやりたいだけなんだ、ってちゃんと伝わってくる。

 そう、悪気なんかない。誰も悪気なんかないんだよ。


 マクだって。

 サキだって。

 成瀬だって。

 スイカだって。

 ユミだって……ただ一緒にいて、楽しくて気が合う奴といるだけ。


 ユミが俺と距離を取り始めたのは、あのキスの翌日からだ。やっぱり変に意識しすぎている俺に気づいて引いたのかもしれない。

「遊びにマジになる奴、つまんねぇ。もう離れとくか」って、きっとそんな感じなんだ……。


 俺達が移動先の教室の廊下の前で団子になったまま喋っていると、後ろからユミのいる「上がり」の輪がやって来た。

 新顔の奴らは気まずそうに教室に入る。こいつらはこいつらで気にしすぎだとは思うけれど、それは今まで俺が上がりの中に入っていたからそう思うのかもしれない。俺もユミが気まぐれに声をかけてこなければ、あの中の一人だったのだろう。


 上がりは……なんと言うか、花束に例えるとメインの花だ。

 華やかで都会的。小学校からいる生徒は特に、家柄が良いのが多い。男子校だからそれでマウント取りはないけれど、スクールカーストに置いてみれば、絶対に上位人だ。

 ホント、俺なんか下位も下位だもんな。なんたって、筋金入りのモブキャラだから。


「蓮見、先に行ってたのか? 誘うつもりだったのに……」


 カスミ草のように可憐なユミの横によくも平気で並んでいたよな……とぼんやりとユミを見る俺に、ユミ本人が声をかけた。ちょっとだけ気まずそうな顔を向けてくる。


 あ……気ぃ、使わせちゃったかも。新顔の奴らは「気分屋」なんて言ったけど、ユミは少し人見知りがあるだけで、仲良くなった相手にはとことん優しいし、仲間たちには結構気を配っているのだ。


 だけど今は、それが俺にみじめさを与える。


「うん、友達になろうぜぃ、みたいに声かけられた。だからこれからはあいつらともツルもうかな、って思ってる。だからユミ、俺のことはもうあんま気にしなくてもいいよ」


 みじめさを気づかれたくなくて、大げさに明るく、ニカッと笑顔なんか作っておどけてみる。

 そうしたら一瞬、ユミが泣きそうな顔になった気がしたけれど、本当に一瞬で。

 すぐに「ふーん」といつものトーンで言って俺に背中を向け、山瀬達のところに入って行った。


「はあぁぁぁぁ」


 ユミが去った廊下。始業チャイムの音に溜息を混ぜて吐いた。


 つら~~。なんなんだ、このどこにも行けない窮屈な感じ。もう、ユミとは前みたいには戻れないんだろうか……でも俺は、ユミと前みたいに戻りたいと本当に思っているのか? 前みたいに馬鹿を言い合う友達に戻りたい? 本当に?


 ──違う。


 前よりも友情を分かち合える親友になりたい?

 それも間違いではないけれど、そうじゃない。俺の中にある、忘れようとして努力してきた気持ち……恋心。キスをした日以来、それがあるのは事実で。

 やっぱり忘れられずに、心の中でくすぶり続けているのは確かで。


 俺はあれから、何度もユミとのキスを思い出している。ユミの唇の柔らかさや滑らかにこすれた肌。それから、いつも身なりに気を使っているユミの、シャンプーなのだろうか、爽やかな香り。

 それを思い出して夜、一人のベットで感傷に浸っている。


 もう一度ユミとキスしたい……これからは他の誰ともしてほしくない。キスの相手には、必ず俺を選んでほしい。そして、もっと、その先へも俺と……。


「うわ。俺、キモ……なに考えてんの。最低じゃん……」


 今は英語のリスニング中。全員がヘッドフォンをしているのをいいことに、俺は小声で自分をけなしていた。

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