第5話 疑い
「はい、診察終わりだよ」
「ありがとうございました」
私はたくし上げていた服の裾を静かに下ろし、目の前の白衣の男性――医師と目を合わせる。
その背後には、腕を組んだ琴音さんが立っていて、じっとこちらの様子を見守っていた。
「体に異常はなかった。でも、何があってもおかしくない状態だから、しばらくは安静にしていて」
「……はい」
何が起きているかはまだ分かっていないが、とりあえず流れるように診察を受けてしまった......
でも特に怪しいことはされてないから気にしなくてもいいだろう。
「診察が終わったところで悪いんだけど、ちょっと来てくれる?」
「......え?僕ですか?」
「そう。私は別に疑ってないんだけど、ちょっとね」
疑う?一体僕が何をしたというのだろうか。
「え......僕何かしました?」
彼女の方を見て首を傾げると、彼女が目を逸らして言った。
「......言いにくいけど、君、あの少女を攫った仲間の1人だと思われてるみたいでね。あとで取り調べするらしいんだ」
「えー......」
起きたばっかなのに、もう訳が分からない。とりあえず弁解しないとこれはマズイか......
そう思ってもここで出来ることはない。今は彼女に従うしかないだろう。
そうして彼女に言われたまま付いていき、一つの扉の前に止まり、中に入る。
そこにはいかにもドラマとかで見るような取り調べ室があった。そしてそこには黒髪でサングラスをした男が座っていた。
「それじゃあ、あそこに座って」
「あ、はい」
彼女にそう言われて、男の目の前の席に座る。
その途端、扉が閉まり男と僕の一対一の空間が生まれた。いや、部屋の角に1人女性がいるな。あれよくドラマとかにいるメモ係みたいなやつか。
「......」
「......」
沈黙が続く。
まるで空気が凝固したみたいに、時間がぴたりと止まっている気がした。
目の前の黒髪サングラスの若い男は、ピクリとも動かない。
姿勢も表情も変えず、ただじっとこちらを――いや、サングラス越しに僕を”観察”している。
その無言の視線が、逆に怖い。
何もしてないはずなのに、何かを暴かれているような気がして、自然と喉が渇いてくる。
……そんな時だった。
「――名乗っておこうか」
低く、落ち着いた声が部屋に響いた。
その声だけで、空気が変わった。重く、冷たく、鋭く。
「俺の名前は、"神崎護かみざきまもる"。この組織の"第4席"だ」
第4席......なんだかよく分からないけど偉い人なんだろう。
「で、君が……湊みなとくん、だったな」
「は、はい……」
僕の返事を受け取ると、彼は机の上に置かれたファイルを手に取り、ぱらりと開いた。
「月城湊。能力はない普通の高校一年生。両親は7年前の災害で他界。中学卒業まで母方の祖父母の家で生活してきたが高校から一人暮らしを始めた......」
「......!?」
「驚くのも無理はない。今回の事件の関係者である君について調べさせてもらった。ま、調べた結果一般人だとしか分からなかった。」
彼がそう言ってファイルを閉じ、サングラスを取って、目を合わせてきた。
「しかし、そんな君が誘拐組織の奴らと、その目的と思われる少女と一緒に、人気のない工場で倒れていた。ここまではいい?」
「......はい。」
口調は優しいが、顔と声からは僕を責めているように感じられる。いや、実際責められているのだけども。
「そして君には今、3つの可能性がある」
「......3つ?」
「そう。一つ目は君があの少女と一緒で、攫われた可能性。2つ目はあいつらと別の犯罪組織のやつ。だが、これはないだろう。だって君、弱そうだし」
弱そうって......まあ、今はいいや。それよりも3つ目の可能性ってのは......
「そして3つ目はあいつらの仲間という可能性だ」
「仲間!?そんなわけないじゃないですか!」
彼の視線が鋭くなる。声を荒げた俺を見据え、静かに言葉を重ねる。
「落ち着け、落ち着け。あくまでも可能性だ。だが1番可能性が高い」
「な、なんでなんですか?」
鳴り止まない心臓の音を抑えながら彼の話に耳を傾ける。
「まずあいつらは裏社会でも有名な"3人"グループの闇組織だ。誘拐から暗殺までなんでもやっている」
あれ3人...でもあの場にいたのって
「気づいたようだな。あの場にいたのはお前含めて4人。あの少女を抜いたら3人だ。それに最後の一人は素性不明。だからお前が疑われている。」
彼は、机に肘をつきながら言葉を続けた。
「――これが、上の判断だ」
「……上の、判断……?」
「そう。君を『共犯の可能性あり』として、しばらく拘束、もしくは“監視付きの隔離”に置く、ってな」
息を飲んだ。拘束……? 隔離……?
やってもいないことで、そんなことをされるなんて。
「待ってくださいよ……俺、本当に、何も――」
「……だが、俺の見解は違う」
彼の声が重く、そして少しだけ優しくなった。
「さっき言った通り、俺は君は無罪だと考えている」
彼は手元のファイルを軽く叩きながら、視線だけで僕を射抜いた。
「君は、たまたま現場に遭遇したんだろ?目を見れば分かる。それに......」
「……え?」
彼がそう言って視線を扉の方に合わせた時、勢いよく扉が開いて一人の男の姿が見えた。