第4話 昔の記憶
今から3年前。僕と彼女が中学2年生のことだった。
「どう?この服かわいいでしょ!」
「……うん。かわいいよ」
「本当〜?」
白いワンピースを着て、僕に見せつけるようにくるくる回っている黒髪の彼女の名前は雪。
僕の死んだ両親と彼女の両親は昔から仲が良く、僕の両親が死んだあとでも僕を気遣ってか仲良くしてくれていた。いわゆる雪は“幼馴染”というやつだ。
その日、空はよく晴れていて、夏の匂いが風に混じっていた。
僕と雪は近くの商店街まで買い物に出かけていた。家族から頼まれたおつかい――のはずだったけれど、実際には、雪が欲しがっていたアイスを買いに行くという名目で、ほとんど小さなデートのようなものだった。
「ねぇ、あそこの新しいカフェ、今度一緒に行こ?」
「……また甘いの?」
「えへへ、いいじゃん。湊だって嫌いじゃないでしょ?」
そんな他愛もない会話を交わしながら、横断歩道の前で信号が変わるのを待っていた。
そのときだった。
キキィ――ッ!!
甲高いブレーキ音が響き、こちらにトラックが突っ込んでくるのが目に入った。
「危ない!!」
「うわぁ!」
トラックが当たりそうになったとき、体に衝撃が走った。そして目の前には、こちらに手を伸ばしている雪の姿。
「え?」
そのまま、目の前でトラックが走り過ぎ、店に衝突した。そして僕の目の前には赤く染まったワンピースを着た雪が倒れていた。
「雪っ……!!」
僕は膝をついて、彼女に駆け寄った。
「おい?雪!雪!」
周囲の音は遠く、何を言われているのかも分からなかった。
ただ、目の前で横たわる雪の姿だけが、鮮明すぎるほどはっきりと焼きついていた。
「.......みな......と?」
かすれるような声。
けれどその声は、しっかりと僕の心に届いた。
「よ、よかった。意識は......って早く治して!」
僕は彼女の手を握りしめて彼女に能力を使うのを促す。
しかし彼女は静かに首を振り、ゆっくり口を開いた。
「……ねぇ、湊……」
雪が微笑んだ。
それは、今にも消えてしまいそうなほど儚い笑顔だった。
「……わたしね、……湊のこと、ずっと……好きだったんだよ……」
「……え……?」
雪の指が弱く僕の手を掴み返す。
「ずっと、湊と……一緒にいたかった……これからも……ずっと……」
僕は必死に首を振った。
「そんなの、これからだって叶えられる!だから......早く使って!いつもみたいに」
彼女の指の力が弱わっていくのを感じながら、彼女の弱く掠れた声を聞く。
一滴、二滴と静かに落ちる涙は、やがて止めどなく流れ始めた。
「ううん.......この傷は治せないの...ごめんね」
彼女がそう言う間にもどんどん血が広がっていく。
「......湊、もし......また会えたら.......今度はずっと...一緒に...」
彼女の目から一粒の涙が滴り、少しだけ握る力が強くなる。
「もちろん......もちろんだよ。だから...生きて...」
「......湊......ありがとう」
彼女がぽつりとそう言った瞬間――
僕の指に絡んでいた彼女の指先から、ふっと力が抜けた。
あたたかかった手が、静かに冷たくなっていく。
「……雪?」
呼びかけても返事はなかった。
代わりに、彼女の頬を伝って、もう一粒、涙がこぼれ落ちた。
それはまるで――
彼女の気持ちそのものが、最後に残したメッセージのようで。
僕はその涙を、そっと拭ってから、彼女の手をもう一度、強く握りしめた。
「......うぅぅ...ん?」
目が覚めるとそこは病院?のような場所にいた。周りには見慣れない医療器具が置いてあった。
「どこだ?ここ?」
周りを見渡していると、扉が開き1人の女性が入ってきた。
「あ!目、覚めたんだ!」
見知らぬ彼女は僕の方に近づき、近くに置いてあった椅子に座る。
「どう?体調は?」
「......元気です?」
(え、誰だこの人)
青髪に黒い隊服を着た女性が僕の方を方を見ながら微笑む。背中には剣の鞘?のようなものがある。
「ならよかった。意識がなくなったときは焦ったんだから」
意識......思い出した。確か少女を助けようとして、男達に戦っているときに体が動かなくなったんだ。
「あの!僕の近くで倒れていた少女は?」
「彼女なら大丈夫。私達の組織で保護したから安心して」
「あっ、それと彼女にGPSとかってついていませんでしたか?あの男達が言ってて」
「それも問題ない。フードに付いていたから外しておいた」
とりあえず少女は無事のようだ。それにしても"組織"と言っていたが一体何なんだろうか。
「あっ!目覚ましたようだし、ちょっと待ってね〜。人呼んでくるから!」
「あ、あの!」
そう言って部屋から出て行こうとしている彼女を呼び止める。
「あの、あなたの名前は?」
「琴音。天野琴音!」
彼女、琴音さんはそう言うと出ていってしまった。
そしてこれが僕とこの組織との出会いだった。






