第3話 銃声とともに現れた彼女
「うわぁぁぁぁ――!」
一発の銃声が、夜の静寂を鋭く引き裂いた。
その瞬間、男の手からナイフが滑り落ち、ガラン、と鈍い音を立てて地面に転がる。
膝をついた男は、うめき声を上げながら、そのままうつ伏せに崩れ落ちた。
(な、何が起きた……?)
目を凝らすと、男は腕を押さえながら苦悶の表情を浮かべていた。
指の隙間から、赤い液体がぽたぽたと垂れている。
「ふぅ……危ない危ない」
入口の方から、場違いなほど明るい声が聞こえてくる。
女性――いや、年の近そうな少女だった。
その少女は僕の横をひょいと通り過ぎ、血を流す男の方へと向かっていく。
「ひ、ひぃっ! お、お前は……組織の……!」
男は目を見開き、這うようにして後ずさる。
少女はそのあとをのんびりとした足取りで追いかけた。
「おっ! 知ってるんだ? それなら話が早いね」
そしてあっさりと男に追いつくと、銃口をその額にぴたりと突きつけ、声を低く落とす。
「……お前の雇い主は誰? なんでこの子を狙った? 正直に言いな」
冷たく、鋭い声だった。
さっきまでの明るさが嘘のように消えていた。
銃口が額に当たった瞬間、男の体がビクリと震える。
「くっ……俺は、ただ金で雇われただけだ……詳しいことは知らねぇ! ほんとに、それだけなんだ……!」
少女は男の目をじっと見つめた。
軽口とは裏腹に、その瞳は一切の冗談を許さない光を宿していた。
「……ふーん。じゃあ、いいや。バイバイ」
乾いた音と共に、少女の指が引き金を引く。
再び銃声が響き渡る。
男はその場に倒れた。
だが、血は流れていなかった。弾は威嚇用のゴム弾か、あるいは麻痺弾だったのだろう。
男は白目を剥き、意識を失っている。
そしてズボンの股間からは、じわりと広がる濡れた染み――彼は恐怖のあまり失禁していた。
「あーあ、気絶しちゃった。……まぁ、いいか」
そう言うと彼女は僕の方へと向き直る。
倒れている僕の顔をのぞき込んで、心配そうに呼びかけた。
「……大丈夫? ねぇ、聞こえてる? おーい」
その声には、先ほどとは打って変わって、やわらかな優しさがにじんでいた。
しかし僕の視界はだんだんと暗くなっていった。
最後に聞こえたのは彼女の明るくも心配している声であった。