その4:新橋と浅葱
翌日。
白藤の説教から解放された浅葱は、帰りを心配していた金糸雀に顔を合わせた後…彼女の朝食と自分の朝食を取りに、厨房の方へと足を進めていた。
「おはよう浅葱」
「やあ新橋。調子は如何?」
「お前の不幸そうな面を見て元気が出たよ」
「いい趣味してんなホント…」
三角巾で折れた片腕を吊るす籠守…新橋は、偶然であった浅葱に声をかけてくる。
浅葱としては、この厄介な女と関わりたくないのが本音なのだが…話しかけられた手前、逃げることは叶わない。
とりあえずの流れで会話を続ける。
「そういう顔は椋様とそっくりで助かるよ」
「どこに助かる要素があるんだよ。ド変態」
「…椋様から向けられる侮蔑が最高だと思えないのか?」
「むしろ私はあの女に侮蔑を向ける側だからなぁ…」
「そういえばそうか。お前は椋様…真紅様を一方的に嫌っていたんだもんな。まあ、あんなことをされていれば気持ちは理解できる。あれはない。自分が身内なら速攻縁を切っている。流石に身内殺しは引いたぞ」
「そこに理解を示されると逆に困惑するんだ」
恩寵を受けし者の一人である椋は、浅葱の双子の姉に相当する。かつての名は真紅。
浅葱にとって、父親の死の原因となった…会いたくなかった人物だ。
しかし真紅が色々やらかしてくれていたおかげで、浅葱は月白からの依頼で鳥籠に、籠守に就任する事ができた。
金糸雀…会いたかった幼馴染である琥珀にも、再会でき…今は二人寄り添いながら過ごせている。
これも何もかも、真紅が勝手にやらかさなければ手に入れられていなかった日常だ。
真紅を嫌っている浅葱からしたら、皮肉な話ではある。
「理解ぐらい示せるさ。うちの家族仲は良好だからな」
「そうだな。命を救われた人間の聖誕祭を一族全員で計画する家庭だもんな」
新橋はかつて、恩寵を受けし者の殺害未遂の容疑を被せられ、三等親の一族揃って処刑寸前の危機に陥ったことがある。
それに助け船を出したのが椋。
椋からしたら気まぐれと、新橋には告げている。
しかし、籠守になる前は鳥籠の設備を担っていた新橋の力量はかなりのもの。
働き者で立派な技術者だった。
純粋に仕事を評価し、手放したくなかったのは…調子に乗るだろうからと椋は新橋に告げていない。
ただ、この一件を機に新橋は椋について行くため…仕事を辞めて、籠守に就任している。
籠守就任後も技術者として鳥籠の設備に口を出すことが椋の権限で許された彼女は、椋の世話に鳥籠の手入れに奔走している。
「お前も来るか?」
「死んでも行かないよ」
「だろうな。嫌いな相手の誕生日なんて祝いたくないか」
いや、純粋にお前ら一家に関わりたくないだけだよ…と、言いたい浅葱は必死に口を閉じる。
新橋の言うことも理解できるのだ。嫌いな相手の誕生日は祝いたくない。
幸いにして、真紅と浅葱は日を跨いだ双子だ。誕生日を一日違いにされている。
おかげで嫌いな相手の誕生日=自分の誕生日にならずに済んだのは…。
『普通は日を跨いでも双子は同じ誕生日にすることが多いらしい。でも、せっかくだし二人は分けておかないか?』
『そうね。二日間連続で誕生日のお祝いができるのって素敵だと思うわ』
『自分の産まれた日を大事にしてほしいだけなんだ…お祝い二日間は大変な事を理解してくれ茜ぇ…』
…常識に囚われなかった両親がいてくれたおかげだと、浅葱は思っている。
「でも、私はお前の誕生日を祝うことにはなるんだ」
「別に祝わなくてもいいよ。私はあんたの誕生日を祝うけど」
「私も祝うさ。誕生会は萌黄の発案だからな。できれば協力してやりたいんだ」
「…唯一の友達だから?」
「それもある。萌黄本人から詳細な話があると思うが…まあ、あの時萌黄が話した誕生日というのは本当の誕生日ではない」
「そう…」
「あの誕生日は、萌黄を買った翡翠様が、萌黄の名付けをした日だそうだ。だから誕生日は正確なものではないんだ」
「…買われたって」
「色々あるんだ。とにかく萌黄は「覚えていること、親から与えられたものは大事にしてほしい」と願っている。私はそれを尊重したいだけだ」
新橋と同じく籠守である萌黄は仲がいい。
同期かつ、新橋にとって唯一の友人。大事にしているのだろう。
「わかった。じゃあ、プレゼントとかいらないから私の誕生日は萌黄殿が好きそうな料理を持ってきてよ。私、好き嫌いないからさ」
「覚えておくよ」
いつか果たされるべき約束をこっそり行っておく。
その時間は「いつか」やってきてくれるのだろうか。