その26:月白殿はかく語りき
今宵、金糸雀の部屋で行われる密談。
隣の部屋で浅葱が呑気に寝息を立てているハイリスクを背に、月白と琥珀はワインを片手に薄闇を過ごす。
そして…。
「ふふっ。これが以前話していた例の物よ」
「娘の前で恥を顧みず、撫子を言葉巧みに騙し、処分させたというあーちゃんのワイシャツ…。確かに処分を考える程度には古びている。最高のアンティーク品ね」
「でしょう?」
絹の手袋を嵌め、琥珀は丁寧にワイシャツを持ち上げる。
ほのかに香る浅葱の香り。長年身につけていた実績は伊達ではないらしい。
「…確かに、あーちゃんの汗の香りね」
「洗剤の香りが強くなっている代物なのによくわかったわね」
「確かに、石鹸の香りが強かったけれど、それを上塗りするように汗の香りが強くなっている。なぜ」
「振り返りなさい。ここ最近、浅葱が汗をかくようなイベントと言えば一つだけ。腕を折るきっかけになったあの日しかないじゃない…」
「まさか…!」
「小豆との模擬戦前、これに着替えさせたの」
「理屈はわかったわ。でもどうやって…?あーちゃんは着替えなんて…」
「その前に着替えさせる方法なら沢山あるわ。例えば、水浸しにするとか…」
「まさか!あーちゃんに水をぶっかけたの!?」
「その通り。これは予め買収した鳩羽に撮らせた水も滴るいい浅葱のポラロイドよ」
すっ…と、胸元から撮りだした写真。
その中には水が滴り、不機嫌そうに顔をしかめつつ髪をかき上げた浅葱がいた。
「やだかっこいい…!て、天才…!天才の仕事ね…!凄いわ、月白さん…!」
「貴方に一枚あげるわ」
「いいの?」
「日頃のお礼よ。いいものは共有しましょう?」
「ええ。感謝するわ。家宝にする」
「そうして頂戴。でも、浅葱に見つかっちゃダメよ。出所を追及されたら困るわ」
「そうね。これは私達だけの秘密にしましょう。お互い、墓場まで」
「勿論よ」
懐にポラロイドをしまって、ワインを一杯。
今、この場で酒は二人にとって「理性を取り戻す材料」として機能している。
「それよりも、どう?ワイシャツの浅葱臭は」
「最高ね。これ、言い値で…」
「売らないわよ。貴方は自分で貰えるでしょ」
「でも!このワイシャツは世界で一枚だけの…あーちゃん臭がする…」
「貴方が手に入れられるワイシャツとこのワイシャツ、浅葱が身につけたという価値は同じ。隣のワイシャツが黄ばんで見えるのはダメよ」
「そ、そうね…!でもそれをいうなら隣の芝生は青く見える…ではないかしら」
「そうね。でも、今はこれが正当表現でしょう?」
「言い返せない…!そうね。隣のワイシャツが黄ばんで見えるのはだめね。どちらも同じぐらい黄色いのだから…!」
決まった…と、キメ顔でワインを飲み干す月白。
この狂った会はまだまだ終わらない。




