その24:翡翠様の昼下がり
「もえぎどのーうでなおったー」
「絶対違うっすよね。全く。無理しちゃだめっすよ。治りかけが一番ヤバいっすからね〜」
「なぜバレた」
「バレバレっす。全く、新橋と浅葱といい…なんで腕折った面々は後に「腕もう治った」なんて見え透いた嘘を吐くんすか…」
「言えば治るかなって」
「思い込み療法が有効なのは、少なくとも骨折ではないっすよ…」
今日は金糸雀と翡翠が約束し、共に時間を過ごす日。
鳥籠に来た時から、とある依頼で交流があった二人。
金糸雀が外部との交流を始めてからは、こうして定期的に一緒に過ごす約束を結んでいる。
その関係で、浅葱と萌黄も待期中に遊ぶ仲となっている。
最も、二人の見守りが最優先事項だが。
「金糸雀、金糸雀。これはどうしたらいい」
「これは、ここをこうして、こう…こう…」
「ふむ。あやとりというのは奥深いな。ただの輪がこんな形を作り出せるとは…」
「翡翠はあやとり、したことなかったの?」
「じいさまが教えてくれた記憶はある。ただ…もう記憶が曖昧でな。どこまでできていたかすら思い出せない」
「そう…」
翡翠は能力を使用する度に、自分の精神を老化させている。
身体は若いままだが、精神に引っ張られるように老化が進み…物忘れも激しくなっている。
以前教えたはずの金糸雀の本名…琥珀の名ももう忘れ、再び金糸雀呼びに戻っていたりする。
それに琥珀自身、寂しさを覚えていないわけはなかった。
翡翠…煤竹は彼女にとって、鳥籠に来て初めて出来た友人だ。
こうして過ごすようになったのは最近。
けれど、翡翠は会えない間でも金糸雀の身を案じ続け、再会したら友と呼んでくれた。
琥珀にとって、浅葱と同じぐらいに大事な存在。
そんな彼女に忘れられて、辛いとは言い出せない。
何よりも辛いのは、辛いことすら自覚できない翡翠と…それを間近で見ている萌黄なのだから。
「忘れても、儂は構わない」
「そう?」
「ああ。覚えている金糸雀にとっては辛いことかもしれないが」
「そんなことないわ。私に出来ることなら…」
「何度でも、教えてほしい。何度でも教えてくれて、何度でも同じ時間を過ごしてくれる存在は貴重だ。価値があるものだと、儂は断言しよう」
「…そうね。何者にも代えがたい価値だわ」
うとうととし始めた翡翠の身体を自分に寄せて、琥珀は彼女の小さな身体を抱きしめる。
萌黄はそれを見計らい毛布を持ってきて、浅葱は琥珀と翡翠の回りにあった遊び道具を片付け始める
「…何度も教えて貰える友人がいると言うことは、幸せなことだよ」
「何でも教えるわ。貴方が覚えてしまうほどに」
「それは楽しみだ。金糸雀に教えられるのは好きだ。これからも、頼むよ…」
安らかな息を吐き、眠り始めた翡翠。
彼女の姉のように頭を撫で、背を撫でて。肩を抱いて…手を握る。
眠っている間も、寂しくないように。
「ありがとうございます、金糸雀様」
「いいの、萌黄さん。私がしたくてやっていることだもの。あと、何回できるかわからないけれど…できる限りの事はしてあげたいの」
「ありがたいお気持ちっす。これからもどうか、翡翠様の友達でいて欲しいっす」
「勿論」
彼女が忘れても、いつまでも。私は貴方の友達でいるわ。
琥珀はそう呟いて、目を閉じる。
暖かな日差しが、二人を優しく照らし続けた。




