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その22:椋様の抗議

一方、椋の部屋。

金糸雀の権能が影響し、浅葱の事を覚えている限り身体の自由が利かない。

ただ…。


「遅いわよ、新橋…」

「ただいま戻りました、椋様。ひっく…」


会話することは出来る。

浅葱の事を覚えていても会話はできるし、心臓は動く。

それが良かったのか、良くないのか新橋には分からない。

ただ、強いて言うのなら…。

自分の恩人が死ななくてよかったこと。

自分の友人が、恩人の死因にならずに済んだこと。

金糸雀という少女が、椋を恨んでいても温情を与えてくれたこと。

それだけは、理解できた。


「貴方また酒飲んできたのね…」

「たまにはいいじゃないでふか…」

「貴方のたまには三日に一度でついでに出来上がるまで帰ってこないじゃない…」


椋の抗議に新橋は珍しく眉を動かす。

勿論新橋は理解している。椋は新橋の身を案じてはいない。

新橋のことがどうでもいいことはあの一件で理解した。

それでも椋が新橋の恩人であることには変わりない。

だから今も仕えているが…かつての様に盲信はしていない。

浅葱の事情も、今は知っている。かつてのように、彼女の為なら命を落としてもいいなんて思えない。

今の新橋は、かつての新橋と違うのだ。


「それが何か?私の業務は終了しています」

「私がこんな状態なのに、よく遊んでいられるわねって聞いているのよ」

「仕事は終わっていますので。後は深夜の介護人に任せているではありませんか」

「そいつなら貴方の目がなくなった後、いつも出かけるわよ」


言われてみれば、深夜に椋のことを頼む介護人の姿がどこにもいない。

まあ、わかってはいたことだが。


「朝、貴方が起きるギリギリに帰ってきて掃除をこなして「なにもなかった」と報告するの。いつもよ」

「それは困りましたね。それが事実であれば恩寵を受けし者に対する不敬罪が適応されます」

「…ええ。さっさと処理を」

「貴方の言葉に嘘偽りがなければ、ですが」

「…何が言いたいのかしら」

「私は貴方が追い出した可能性も考えています。恩寵を受けし者の命令には、誰も逆らえませんから」

「こんな状態なのにそんなことするわけないじゃない…。信じてよ…」

「私は貴方に生涯仕えることを誓っていますが、信用するかどうかはまた別だと思うんですよ」

「…」

「これは貴方の起こした行動が原因です。それから」

「…なによ」


新橋は布団を持ち上げ、その状態を確認してから…小さく息を吐く。

掃除道具と着替えを取りに、別室へ行く前に一言。


「…かつての貴方は、人を導く才が光っていました。でも、今の貴方は自分の事だけ。誰かの事なんてこれっぽっちも考えていません。それでは誰も付いてきません」

「…今までだってそうよ」

「嘘偽りに塗り固められた象徴でも、私は構わない」

「なら」

「けれど、私を信用していない貴方に、私が信用を向けることはありません。いつまでも互いに上っ面です」

「…ちっ」


舌打ちをされようとも、構わない。

それが椋。かつて真紅と呼ばれ、双子の妹である浅葱に手に入れようとし…自己欲で金糸雀を傷つけ続けた少女。

身勝手な女であることは、重々承知している。

それでも新橋は仕え続ける。

彼女に命を救われたから、最後までついていく所存だ。

そして、願わくは———。


「けれど、貴方にも私にもまだ時間はある。変われる時間が、ちゃんとある」

「…ふん」


「とりあえず、先に言っておくと…私は貴方の事を信用しませんが、貴方の生涯の味方ではあります。そのことを、覚えておいてください」

「…わかったから、早く脱がせて。気持ち悪いの」

「承りました」


一人で何も出来なくなった少女は今日も、自分の粗相を他人に拭って貰う。

屈辱的な行為に赤面し、イライラして、歯ぎしりが止まらない。

綺麗にするために、触れられたくない部分に触れなければならないのだが…。


「…やめなさい。その拭き方」

「効率を重視しています」

「いやらしいったらありゃしないのよ…やめなさいってば」

「介助行為にいやらしさを感じるのですか…卑しい女ですね」

「だっ…貴方だって、他人に局部を触れられたら」

「していたのでしょう?浅葱に、何も知らない彼女の“ここ”を、執拗に触れていたのでしょう?」

「…なんで、それを」

「聞きました。あそこまで憎む理由には何かあると思い、関係を構築してしばらく…教えて貰いましたよ。貴方が何をしていたかはね」


「…浅葱とは、どんな話をするの?」

「貴方には、関係がありません」

「そう、ね」


新橋と椋の関係は一度壊れている。

しかし、まだ時間はある。

彼女達がゆっくりと前を進むのはまだまだ先の話。

今はまだ、築いている途中。

前に進むための時間を、積み重ねている最中なのだ。

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